第15話 文化祭準備②

 柊木美羽は必死に原稿を覚えていた。


「南の空に赤く輝く星はさそり座アルファ星であるアンタレスです。その名前の由来は火星に逆らう者、anti aresから来ております……」

「柊木さん。もっとハキハキ喋りつつ柔らかさも持ってね」


 録音するとはいえそんなんじゃリラックスもできないよ。と美羽に辛辣な評価を下すのは天文部の、メガネをかけたインテリ風の男子。確か名前は寺田光希てらだみつき。どちらかといえば運動の方が得意な生徒。


「てらっちが喋ったら良いじゃんー」

「ボクは緊張に弱いから……」


 ただ、気弱である。


(大樹みたいに堂々としててよー)


 に、

(はあ、好きになりすぎでしょ。あたし)


 自分に呆れるように心の中で嘆息した美羽は再び原稿に目を通し、唇を震わせるのだった。


(あれ、あたし、大樹のこと文化祭に誘ってなくない?)


 まずい。そう思った時には既に原稿を読み上げ始めていた。

 内心ですっごく後悔。




 さて、うまく行くか?

 大樹は楓哉と一緒にトンカチを使って角材の組み立てをしていた。

 先程から大樹の居場所がバラバラなのにはきちんと理由がある。


 それは単純。男手が足りない。


 今年の秦明学園の合格者の男女比は大体四対六であり、女子の方が少し多い。

 そして、運悪く大樹のクラスの男子で力仕事ができる人が少なく、動ける男子の負担が重たくなったのだ。そのため大樹を含む数人の男子は学校中を駆け回っている。


 それに対して大樹はあまり嫌悪感は抱いておらず、むしろ、やりがいが増えるためウェルカムだと思っている。


 コンコンコンコンコンコン。何も考えずに大樹はトンカチを釘の頭に打ち付けて角材同士を繋ぎ合わせていく。


「お、良い具合だな」

「まだ終わらないんだけど?」


 楓哉の横には大量の角材の山が積まれている。この中でも使うのは半分ほどだが、備えあればなんとやらだ。

 だが……


「暑いな」

「そうだね」


 九月で夏は終わりを告げたのだが、とにかく残暑が厳しい。楓哉は額に浮かんだ汗を拭い、空に燦々と輝く太陽を睨みつけた。


 やはりイケメンは何をしても絵になる。その証拠に他クラスの中庭にある女子たちが惚けたように楓哉を見ている。あ、誰か一人走り出した。


「あ、あの!水無月くん!」


 楓哉はその女子を柔らかい視線で眺めて、


「どうしたの?」


 柔らかく、傷つけないように包み込む声。そんな声に女子はくらりとよろめいて、しかしすぐ持ち直して、


「明日の文化祭、一緒に回ってくれないかな……」


 その言葉を少し離れたところで聞いていた大樹はその女子を少し気の毒に思っていた。そして楓哉は困ったように眉尻を下げると、


「ごめんね。もう先約があるんだ」


 優しく、断った。


「そ、そうだよねっ!急にごめんねっ!」


 そうして走り去っていく女子を申し訳なさそうに眺めている楓哉の肩を大樹は軽く叩き、


「その断り方したら多分もっと惚れられるぞ?」


 なにも見知らぬ初対面の女子に対してまで意識してイケメンムーブをする必要などないのだと伝えると、


「そうかな。僕としては皐月との対応と同じようにした方が良いのかなって思ってるけど」


 これが水無月楓哉という男だ。全員に対して楓哉にとって一番の対応をする。大樹としてもその裏表のない性格はすごく好感が持てるが、こうやって相手を無自覚のうちに惚れさせる、いわばタラシの気質があるところはちょっと困っている。


「ところで、皐月とはうまくいきそうなのか?」


 再びトンカチを釘の頭に叩きつけながら尋ねた。小気味のいい音を響かせ、その代償に腕に猛烈な負担がかかる作業。大樹と同様にちょっと腕を休ませながら横でペットボトルのお茶をがぶ飲みしている親友は


「ぶふぉっ!」


 お茶を吹き出した。その射線にいた大樹は大きくのけぞってそれを避けて


「きたねっ!」


 咳き込んでいる楓哉の背中を軽く何度か叩き、落ち着くまでそれを繰り返していた。




「いや、大樹のおかげで助かったよ」


 キラキラスマイルを浮かべて感謝の言葉を口にする楓哉に対して


「その顔は女子に向けとけ」

「いやー冷たいね」

「生憎俺にはBLの趣味はないんでね」

「安心してくれ。僕もだ」

「それで、皐月とはどうなったんだ?」


 再びその質問を繰り出すと本当に嬉しそうな顔をして


「ちゃんと誘えたし、了承ももらったよ」

「おお!良かったな!」


 大樹は両手をあげてバンザイの姿勢をとって親友の勇気と成果に喜んだ。


「ちゃんとエスコートしてやるんだぞ」

「誰目線だよ。まあそうするけどさ」


 大樹の忠告を苦笑混じりに受け、そして、逆に


「大樹は誰と文化祭回るの?」

「さあ、誰だろうな」


 含みのある口調でそう告げた大樹に楓哉はニヤリと笑い


「あれ、大樹って彼女いたっけ」

「いないしいたこともない」

「じゃあ美羽?」

「違うな」

「大樹の好きな人僕知らないんだよね」

「居ないからな」

「クラスの男子とか?」

「いや」

「ねえ、大樹」


 楓哉は無感動な目でこちらを見てきて


「そんな誰とも関わらない系のキャラだっけ?」

「い、いや。安心しろ。ちゃんと回る相方はいるぞ」

「誰だよ」

「言わねえ」

「言ってくれたらジュース奢るから!」

「150円と秘密を天秤にかけた結果秘密を守ることにした」

「ハーゲンダッシュ!」

「教えない」

「今度ファミレス僕の奢りで行こう」

「っ。中々に良い提案だが、却下する」


 そもそも本人から、『絶対に言わないでください』と何十本も釘を刺されているからな。


 時は数日前に遡る。

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