第77話 私の思い出話

 二人の距離は十センチほど。大樹がちょっと右手を動かせばすぐに茜の手に触れることができるだろう。


 大樹はその右側にある小さな手をとりたい衝動に襲われながらもルールを破るわけにはいかず悶々としながらも歩みを進めた。




 学校の近くではちらほらと同じ制服の高校生がまた取れる。その中の男子が大樹を見かけて


「おいあれ草宮だよな……?」

「バレンタインの日にすげえイケメンムーブかましたって聞いたけど」


 こそこそと会話を交わす。聞こえてるんだが。もっと声を落とせ声を。茜が警戒してるだろ。


「え、草宮くんの隣にいる女の子って誰……」

「あんな子見たことないよ!」

「付き合ってるのかもね」


 茜が所在なさげに目線を彷徨わせる。まあ確かに中身はそのまま変わらず佐渡茜らしいからな。


「不安?」

「……はい」

「手、繋ぐか?」


 悪戯っぽく茜に聞くと彼女はしばらく唸ってから申し訳なさそうに左手を差し出してきた。

 大樹はその手を取り少しだけざわめきの大きくなった通学路を通るのだった。




「おー!確かに話には聞いてたけど付き合ったんだ!おめでとー!」


 校門では美羽が佇んでいた。美羽は大樹と茜を目ざとく見つけると満面の笑みで駆け寄っていた。


「はい。ありがとうございます美羽さん。それと……ごめんなさい」

「いーよいーよ。こういう運命だったってことなんでしょ。まあタジュには今度何か奢ってもらいますか。茜ちゃんを泣かせた罰として」

「それ俺関係……してたわ。俺がもっと早く動けばなんとかなってたわ。ごめんな茜」

「大樹君。私はあの時庇ってくれて本当に嬉しかったです。なのであんまり自分を責めないでください」

「分かった。ありがとうな」


 そのまま大樹と茜は互いに見つめ合い


「ふふ」

「ははっ」


 互いに笑みを漏らした。


「朝からお熱いねー。二人の世界に入っちゃって」


 そう美羽にからかわれて大樹と茜はハッと正気に戻り二人とも勢いよく俯いたのであった。




 教室に入る。するとドアの前にいた楓哉と皐月がこちらに気付き


「おはよう大樹と佐渡さん」

「二人ともおはよう。その様子だと色々うまくいった感じ?」

「ああ、おはよう。そうそう。全部なんとかなったわ」

「二人ともおはようございます。そうですね。大樹君に助けられちゃいました」



 先ほどの挨拶、皐月が『佐渡さん』の部分を強調したのは彼女の狙いだろう。見覚えのない女子生徒の登場に戸惑った様子のクラスメイトがざわめき始める。


「え、佐渡さん……?」

「佐渡さんってあのいつも髪の毛で顔隠してる?」

「嘘だろ。普通に可愛いじゃん……」


 その声に大樹はニヤリと笑みを浮かべてその男子の方を向き


「茜可愛いだろ?」

「草宮と佐渡さんの関係ってなに?」


 別方向から飛んできた女子の質問に大樹が答えようとしたら茜が大樹の右腕をくいっと引っ張った。

 茜は器用に大樹の腕に自分の腕を少し絡ませてそこで恥ずかしくなったのか真っ赤になってフリーズしてしまった。

 静まり返るクラスと茜の様子に苦笑した大樹は左手で頬をかきながら


「まあ見ての通り、恋人、だよ」


 一年四組を様々な声の混ざった音が埋めた。




「草宮くん、佐渡さん借りるよ!」

「あっ!ちょっとま!早すぎるな……」


 お昼休みになった瞬間私は女子に拉致されました。なんとそのリーダーは三枝さん。びっくりです。


 そんなわけでやってきました屋上前階段。ここは人が寄りつかないスポットとして有名です。なんでもそこにある鏡が秦明七不思議の最後の一個だとかとまことしやかに囁かれているんだそう。


 そういえば文化祭準備日の夜に大樹君と脚立を旧校舎に返しに行った帰りに誰もいない教室で机が動いた音がしましたが、あれも幽霊だったりしたのでしょうか。


 確か二年一組でしたか。来年はそれ以外のクラスでお願いします神様。


「ズバリ、二人の出会いは!?」


 女子生徒、ポニーテールが可愛らしい子が私に筆箱をマイクのように突きつけてきました。

 なぜか冷静に思考できている私に私がびっくりしながら思い出して、私たちの繋がりのきっかけになったものを取り出します。

 周りの女子生徒はなぜ私がスマホを取り出したのか分からないそうで首を傾げています。

 私は指紋認証でスマホを開き、そのアプリを開きます。

 そしてそのホーム画面を彼女に見せます。


「これです」


 彼女はじっと画面を見て


「HELL FIRE BLUE?なんか見たことある気がする!あれだ!ストーリーすごいって話題のやつ!」

「それです」

「あ、じゃあそれを草宮くんもやってたわけだ」

「そうですね。それで、九月くらいに美羽さん主催のカラオケがあったじゃないですか」

「あったねー」


 これは別の女子。髪の毛がツンツンしており、見た感じカラーコンタクトも入れているのでしょう。まあそんな子です。


「それで私が歌った曲がこのゲームの歌だったんですよ」


 理由としてはあまり流行りを知らなかったというのと有名どころを歌って下手と思われたくなかったからです。


「そのことに大樹君は気づいていて、その次の日話しかけてきてくれたんですよね」


 私の思い出話はまだ続きます。












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