第108話 霧島 暇になる。

「ひっさびさにすることがないなぁ。」




「私は忙しいんだけど。」




「手伝ってあげたいけど、手伝ってあげられないからなぁ…。」




「そりゃそうだ。」




ひとみは今、人事計画に頭を悩ませている。


上期の決算と下期のスタートに向けての人員転換や、新卒採用の報告が上がってきているのだ。


ひとみは今、専務取締役人事担当役員という肩書きに落ち着いている。


そのため、全社の人事関連の情報が全て上がってくるようになり忙しさを増している。


もちろん優秀な秘書を数人つけてあるので、ひとみの仕事は最小限に抑えられているのだが、それでも忙しい。


つい先日も腕時計にピンときた重工業系の会社を数社買収したということがその忙しさの理由の大半ではあるのだが。






「じゃあ久々に買い物でも行ってきたら?


最近忙しくてどこも行けてなかったじゃん。」




そう、逆につい先日まではあきらが忙しかったのだ。


旅行のセッティングや企業の買収、合併、取材、授業。


寝る間も惜しんで用事をこなしている毎日だった。

その辺がやっとひと段落ついて、暇になったのだ。

昔と違って、忙しさにもメリハリが付けられるようになってきたので

こういう日もある。




「まぁそうっちゃそうなんだけど。」




「私なんか甘いもの買ってきてね!」




「それが目当てでしょ。」




「だってあきらくんのお土産外れないから。」




「そう言われると買ってきちゃいたくなるね。」




「お待ちしておりまーす!」


お土産を楽しみにしてそうな表情でひとみに送り出されてしまった。




本日の車はAudi R8。


普段はひとみの足になっているため、ひとみ好みの改造が施されている。


車高はほんの少しだけ下げられており、塗装もパールが入った青に『純正で』塗られている。


本当はできないのだが、Audi社に掛け合って、特別に作ってもらった色らしく、たいそう気に入っているらしい。


クルマ好きな自分から見ても惚れ惚れするような色に仕上がっており、羨ましいと思う。


そして、いたるところにドライカーボンパーツが多用してある。


ひとみにとっては軽量化目的で使っているカーボンパーツだが、ひとみのセンスがなせる技で、その一つ一つがアクセントになっており、カーボンカラーと車体カラーの対比が一つの調和を形成している。






そんな素敵なR8に乗って地下駐車場を出発する。




「とりあえず春夏物の服買わないとなー。」


そう呟きつつ、とりあえずGUCCIに向かう。

季節は徐々に春のにおいがしてきて、もうすぐそこまで来ているような気がするのだが、朝晩はまだまだ春に遠いなと思う。






やってきたのはハービスENTの中にあるGUCCI。


梅田阪急とはいい勝負だとは思うが、おそらくこっちの方が大きい気がする。


そしてレアものが多い、気がする。




「いらっしゃいませ、霧島様。」




「あ、どうも島崎さん。」


こちらはいつも対応してくださる島崎さん。


GUCCIの店員さんではなく、その親会社のケリングジャパンの社員さんだ。




「そろそろきてくださるかと思って春夏物用意しときましたよ。」




こういう、抜け目なく仕事をしてくれるところがすばらしい。島崎さんに接客してもらうとストレスがないのはこういうところだろう。




「いやー、全部いいなぁ。」




「ありがとうございます。」




島崎さんが用意してくれていたのはあまり主張が激しすぎないシャツを数枚と、主張が激しめの大きなイチゴがプリントされたTシャツなど数枚。




「じゃこれ全部お願いします。」




「はい、かしこまりました。


商品はいつも通りでよろしいですか?」


たくさん買うと手荷物になるのがめんどくさいので、最近はマンションの宅配ボックスに入れてもらうことにしている。


「はい、お願いします。」




「かしこまりました。」




「じゃよろしくお願いしますね〜。」




「はい、ありがとうございました!」




島崎さんに見送られながらグッチを後にしたところで次に向かう店を思案する。




「夏ジャケでも買うか。」




そう思い立って来店したのは阪急メンズ大阪のボリオリ。


ボリオリはカシミヤなどの素材であってもあえて洗いをかけてあり、少しくたった感があるのが特徴だ。


ゆえに、高級衣料らしさがいい意味で抜けていて、普段使いしやすい。




ちなみにこの阪急メンズ大阪のボリオリは初来店である。


にもかかわらず、店員さんはいろんなことを楽しそうに説明してくれ、商品愛が伝わった。




「でしたらこのアンコン仕立ての春夏物のジャケットください。」




「えっ。」




「あと、そっちのアンコンも。」




「あっ。」




「あとさっき出してくれた夏素材のスラックスも4本ともください。」




「はっはい!」




「お会計はいくらですか?」




「えっと、ろ、62万4800円です。」




「じゃこれで。」




「っ!はいっ!お支払い方法…




「一括で。」




…かしこまりました!」




やはりダイナースのププレミアムは強い。


社会的信用度が増す気がする。




「あら!霧島様!」




「ああ!吉田さん!よく来てるのわかりましたね!」


吉田さんは阪急メンズの統括マネージャーだ。


ちょこちょこ買い物に来ているうちに仲良くしてくれるようになった。




「集中レジにいたんですけど、突然大きな額がレジに入ってきたので霧島様かなー?と思ったらやっぱり霧島様でした。」




「ここだとそんな大きな額でもないでしょう。」




「いえいえ、そんなことございませんよ。


昨今の紳士服市場は冷え込んでおりますから。」




「なるほどねぇ…。」


ここで一つ思いついた。


紳士服市場を活気付かせるためにもっと自由なデザインの服をもっと簡単に手に入るようにしたい。


そして服をもっといろんな方法で楽しめるようにしたい。


動かねば!!!




「いや、いいアイデアを頂けました。


ありがとうございます、吉田さん!!」




「???」




「服はいつも通りでお願いしますね!!!」




「はっはい!」




「それでは!!」




吉田さんは何が起こったのかよくわかっていなかったが、この数年後に理解する。

むしろ理解できてこの時のことを思い出した吉田さんはやはり敏腕なんだと思う。




この時私は自分で服のブランドを立ち上げることを思いついた。


世界中のデザイナーになる素地はあり、まだ売れてないが、天才的なデザイナーはごまんといる。

しかし、デザイナーでさえ、売れるかどうかという問題は運にのみ左右される。


自分ならそのデザイナーを確実に発掘できる自信があった。

運の勝負ならだれにも負ける気がしない。




エマとまみちゃんにトークアプリの同時通話で連絡する。




「霧島です。」




「エマです。」




「マミです。」




「突然ですがアパレルメーカーを作るのでアパレルデザイナーを募集します。


身分は学生、現業を問わず、もちろん性別も年齢も問わない。


そのためのコンペを開催してください。




最優秀者にはブランドをもたせます。


待遇として、役職はクリエイティブディレクター。初年度から年俸1億が最低ラインであとは経験と実績を考慮。


そして、向こうの雇用待遇に関する全ての条件を飲む。」




「えぇ!?!?」




「かしこまりましたボス。」




「詳しい話は追って連絡するから、世界中から募集してね。」




「かしこまりました。」




「か、かしこまりましたっ!」




あまりの急な話にマミちゃんは目を回していたが、そこはエマのフォローに期待しておこう。


さて、楽しみになってきたぞ!






〜〜〜数年後のとある経済雑誌の記事〜〜〜〜




アパレル業界の巻き直し。


霧島グループがアパレルを立て直す。




数年前までは考えられないほど、近年のアパレル業界は活気がある。


その全ては霧島グループがアパレル業界に参入したそのときから始まった。




Kirishima Fablic Plc.




霧島代表肝いりで始めたこの会社の本社はイギリスにある。


世界中で埋もれているデザイナーを発掘し、どんどん商品を作り出し、どんどんブランドを立ち上げる。


そして世界中で広告を打ちまくる。


一つのブランドをローンチするまでにいくら金がかかってもいいという考え方には敬服せざるを得ない。


今や全てのデザイナーの憧れの的となった会社といっても過言ではないだろう。




霧島氏のアパレルメーカーは業界人の助けをほとんど必要とせず、全て手探りで操業を開始した。まずデザイナーを発掘するために、賞金総額15億円のデザイナーコンペティションを開催した。そのコンペでグランプリなど賞を取ったデザイナーにブランドを持たせ、その出身国でまず展開するという方式が大当たりした。


実際のブランド運営は経営のノウハウが豊かな霧島グループが行い、デザイナーはデザインだけに集中できる環境を用意される。


この方式でグループの持つ莫大な資金力をバックに会社はどんどんと急成長をしていった。


特に、RAZAというスペインで立ち上げたブランドと、スウェーデンで立ち上げたK&Mは日本でも瞬く間に大流行した。


Kirishima Fablic Plc.は創業から10年足らずで世界中の人々に愛されるアパレルメーカーを作り上げた。


今や霧島の服はなんでも売れると言われ始めて久しい。昨今では、各ご当地でKFPの限定アイテムなどを取り扱う百貨店業界も賑わいを見せている。

「安いと売れない。」はバブルのころによく言われた言葉だが、その言葉は今でも通用するようだ。


先日のプレスリリースによると、来春にはまた新規ブランドをローンチするとのこと。

ブランド名は「funny clothing」略称はファニクロになる見込みだ。


アパレル業界は、これからもっと熱くなるだろう。

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