第96話 霧島 入籍する

新たに夫婦となる2人とその両親。


都合6人は中央区役所にいた。




そう、入籍である。




なんでも、2人の結婚式は海外、そしてその式場も現在急ピッチで建設中という珍しい状況である。


これから式場が完成に近づくにつれどんどん忙しくなることは自明。


海外のためそのまま役所に届け出を出すこともできず、帰国後というのもなんとなく締まりが悪い。




幸長「だったらもう入籍しちゃいなよ。」


ということである。



あきらを逃したくない結城家とひとみを逃したくない霧島家からの熱烈猛プッシュにより、時間があるときでいいかなと思っていたご両人は


じゃあそれなら。




ということで今日のめでたい日が実現したのだ。






「はい、おめでとうございます。」




なんともあっさりした役所の人だが、実際の婚姻届受理の人とはこんなもんだ。






「これで2人は晴れて夫婦ですね!


ねぇ、結城さん!」




「いやぁめでたい!ねぇ、霧島さん!」




盛り上がる男親2人。




「これからもどうぞうちのバカ息子を…」




「えぇ、どうぞうちのバカ娘を…」


感極まり目頭を抑える女親2人。




「これからもよろしくね、あきらくん。」




「うん、俺の方こそよろしくね、ひとみ。」




晴れやかな表情の娘息子。






この後は、せっかくなので4人を新居のマンションに招待し、お食事会となった。


あきらの両親は新幹線で来阪、ひとみの両親は車で来阪していたので、あきらの両親だけあきらの車に乗る。


余談だが、ひとみの両親はマイバッハS650で来た。でかい。


これを見てまたマイバッハが欲しくなったのは秘密だ。






幸い駐車場にはまた5台分空きがあるので大きな車でも楽々駐められる。




なかなか高級感のあるマンションの外観に、ご両親も納得していた。




部屋に入ると3LDKの部屋に品のある家具がまとめられている。


しかし、どうにもふしぎな様子。




「どうしましたら、幸長さん。」




「いやぁ…ねぇ?」


困ったようにあやめさんに話をふる。


「ねぇ?」


あやめさんも困って母ひろみに話をふる。




「うーん。」


返答に困って父の方を見る。




父は口ごもっていたが意を決して口を開く。


「この家狭くないか?」




「えっ?」




「いやな、お前ももう一廉の人物になった。


たしかに、このマンションにしては広い家に好立地、眺めもいい。成功者の証かもしれない。


でも高々1億2億くらいの話だろう。


値段の高い低いでどうこういうものでもないんだが、息子のおかげでいい暮らしができているという意識が少なからずある私からすると心苦しい。」




「別に俺が父さん母さんを食わせてるってわけじゃないでしょ。」




「食わせてもらってるというわけではないが、あきらに恩は感じているよ。


両親はあんなに大きい家に住んでいるのに、息子はこんな小さな、マンションの一室に住んでいるというのに居心地の悪さを感じる。


お前には海外からのお客さんも来るのにゲストルームの一つもないじゃないか。


しかもマンションじゃ満足にゲストも呼べないだろう。」




「もう建物自体がうちの物だよ。


このフロアも買い占めた。」




「でもどこまでいっても集合住宅じゃないか。


あぶく銭を手に入れたIT長者じゃないんだぞ?」




内心ではあぶく銭と同じようなものだけどな、と思いつつ先日ダニエルからも同じ点を指摘された。


「まぁここはセカンドハウスにしてもいいんじゃないの?」


母ひろみも言う。




「母さんまで。ひとみはどう思う?」




「私はあきらくんと同じ家ならどこでもいいよ。でも、広いと家の中を移動するのがめんどくさい。」




「たしかにあの家は移動がめんどくさいな。」


幸長さんもそう言う。




「大きな一軒家のお家があると便利よ?」


あやめさんは大きな家派の人のようだ。




「そうだな、便利だ。」


幸長さんも大きな家派に変わった。






「ここで一つ提案があります。」


父幸隆から提案があった。




「東京都中央区に我が家の土地があります。」




「そんなんあったの?」




「昔から持ってる土地だったんだけど、遺言で売らずに貸してる土地だったのよ。


死ぬ気で守り通してきたのよ?


バブルの頃はデベロッパーが3000億っていう提示してきても蹴ったんだから。」


母ひろみが裏話を披露する。


とことん狂気じみた時代だ。土地が3000億でも元が取れたんだから大したもんだ。




「広いの?」




「約1000坪だな。今の価値でも100億くらいある。」




「おー。ひろい。で、その土地を?」




「あげるから家建てなさい。」




「いいの?今何があるの?」




「何かの店がたってたけど契約満期で移転したからって空いてる。」




「じゃあそうしようかな。ひとみもいい?」




「1000なら手頃だね。庭も作れそう。」


1000坪の一軒家を手頃というあたりやはりお嬢さまなのだなと実感する。




「じゃあ決まりだな!手続きはしとくから。あとでメールが届くから適当にやっといてくれ。」




「わかった。」




「じゃあ霧島さんがそう来るならうちも!」


幸隆さんが勢いよく宣言する。




「え?」




「帝塚山にうちの空いてる土地があります。」


帝塚山とは大阪市阿倍野区にある地名で、高級住宅地である。


「広さは?」




「800!」




「おー!」




「それをあげます!!」




「じゃあこのマンションどうするのよ。」




「セカンドハウスにしたら良い。」




「そんな贅沢な。」




「贅沢じゃない。」




「そうなんですか?」




「この前ファイブスに掲載されてたぞ。」




「あっ…。」




そう、取材の話は着々と進められており、あきらが取材を受けた号がとうとう発刊された。


時代の寵児だとか、兜町の風雲児だとか、新しいリーダーとか身に覚えのないことが書かれ過ぎていてびっくりした。


幸い、顔写真もちゃんと出ていなかったので特定には繋がらないと思うが、日本のメディアは目敏く、すでに数十件の取材申し込みが殺到していた。


中には帯で昼飯時にやっている番組のMCが夜のゴールデンタイムに放送している下世話なテレビ番組への出演オファーもあった。


どんな内容に編集されるかわかったもんじゃないのに怖くて出られないといってもちろん断ったが。






「そろそろ世間から注目されはじめてるんだから、私生活は守ったほうがいい。


避難先もいくつかは用意しておいたほうがいい。」




「そういうことですか。」




「うちの業者に話つけといたから。


あとはもう連絡するだけ。家具屋さんは贔屓のがあるんだろ?


全部やっといてくれると思うから。」




「わかりました。」




こうして二家族から入籍祝いに家をもらった。


ガレージは大きめにして車をたくさん買おう。




そのあと、ひとみの実家でもらった高級食材をふんだんに使ったごちそう料理を、6人で食べた。


こういう場でよくある、子供はどうだとかなんとかかんとかは全く無かった。




そのかわり、あきらはすごいだとか、いい男だとか、自分以外の5人がみんなそういうから居心地が悪くて悪くて仕方なかったのはまた別の話。




泊まっていってはどうかと言おうとしたが、この家では泊まるスペースが無い。


やはり皆が言うように不便だということを今初めて実感したあきらだった。

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