第31話

昨日の勝負でそこそこ勝った私だが、

その日のうちにカジノのスタッフから説明を受け、滞在日数間で、もし勝ち分が大きければ日本で納税する手続きを済ませた。

もちろん負ければ税金だのなんだのは関係ない話なのだが・




そのことを思い出し、本当の意味で準備万端だな、と改めて気合いを入れ直し、自分の中ではもはや勝負服となっているアルマーニを着た。




ちなみにこのアルマーニは、昨日部屋に帰ってからホテルのクリーニングサービスに出し、今朝部屋に返ってきたものだ。




昨日と同じ勝負服でカジノに向かう。




「昨日はパラッゾで勝ったから今日は違うところで昨日より大きく勝ってやろう。

とりあえずラスベガスに来たんだからベラージオだな。」




そう考え、自身の泊まっているホテルを出てベラージオに向かった。




パラッゾからベラージオはさほど離れてはおらず、strip通りを南に歩けば数分で右手に見えてくる。




「これがベラージオ…。」




その豪華な雰囲気に飲まれかけていたが、そこはさすがWIN5で大きく勝った男、すぐに己を取り戻すと、堂々とカジノに向かった。




昨日と同じようにパスポートで身分確認と年齢確認をすませると、また昨日と同じようにルーレットの台に座った。




唯一昨日と違うのは、そのレートだ。


昨日座ったルーレットは最低レートのルーレット。


しかし今日座ったのは最高レートのルーレットだ。




霧島は空いている席に座り、一万ドルをディーラーに渡し専用チップを受け取る。




左腕のロレックスを撫でながらさてどこにかけようか考えた。




回るルーレットをぼーっと眺めていると、なんとなく赤に入るイメージが湧いた。


どうしても黒が入る姿を想像することができない。




私は確信を持って赤に1万ドル分全部掛けた。




ディーラーは一瞬驚いていたが、さすがはプロ、それほど珍しいことではないのだろう、すぐに平常通りに戻った。


しかしギャラリーはそうはいかない。


アメリカではただでさえ若く見られる日本人の、その中でもかなり若いこの霧島という男が、いきなり1万ドル分も賭けたのだ。

一発で全部かけるということは資金に余裕があることの裏返しでもある。


隣に座っていた美しい北欧系の女性からは、ねっとりとした妖艶な笑みでじっと見つめられ、後ろに立っていた豪快そうな南米系の男性からはシャンパンをプレゼントされた。




そうしている間にベットが締め切られた。




あるものは祈るような気持ちで、あるものは確信を持って、ルーレットの玉が入るその先を見つめる。




ルーレットが入ったのは、もちろん赤。


その卓は小さく沸いた。




見事二万ドルを手にした私。

心の中でガッツポーズをする。

しかしあくまでも余裕を崩さない。


「平常心平常心。」


次も先ほどと同様にどこに落ちるか考える。


今度は色はわからないが、若い数字がくるような気がした。


私は前半に、その中でも36ある数字の中で1~12までの数字が来ることに賭け、チップを置いた。

賭けた額は1.5万ドル分。当たれば3倍。




卓の周りの人が驚いていた。


さっきシャンパンをくれた後ろの南米系の男性からは、掛け金を上げてさらに倍率も上げてくるとはディーラーを挑発してるのか?と聞かれた。


確かにそう取られても仕方がないということに初めて気づいた。

しかし初めてのカジノ経験中の私はそんなこと知りもしなかった。


恐る恐るディーラーを見てみると、

ディーラーの顔色は先ほどと変わらない。

ほっとした。



周りから期待のこもった熱気が伝わってくる。


そしてベットを締め切られ、にわかに熱気づく卓の客とギャラリーの期待を乗せたボールは、ころんと5番に入った。


卓は先ほどよりも少し大きく沸いた。




南米系の男性からは肩を大喜びで叩かれ、隣の北欧系の女性からは手を握られ、空いていた逆隣にはドイツ系の大柄な美しい女性が座ってそのままウインクをされた。

私の手元には5万ドル分のチップが積まれた。




「おもしろくなってきた…!」


私はネットの数字を追いかけるマネーゲームよりも、ディーラーとの勝負をする現実的な金のやりとりの方が好きなのかもしれない。


霧島は、このロレックスがなければこの大きな勝負の舞台に立つことすらできなかった、と改めてロレックスに感謝し時計を撫でた。




次の数字は何にしようか、霧島はそう考えたとき、ディーラーの首筋に汗が一筋流れるのを見た。




「もしかして動揺してるのか…?」




チャンスとばかりに霧島はディーラーをじっと見つめ、ボールがルーレット卓に投げ入れられるのを待った。


いよいよ、もうすぐベット締め切りという時が来た。




「オールイン、16〜21。」

たくさん増えたチップを前にズッと突き出す。




ディーラーは明らかに動揺した。


ギャラリーからは言葉にならないざわめきが生まれた。




後ろの南米系の男も、右に座る北欧系の女性も、左に座るドイツ系の女性も固唾を飲んでその勝負の行方を見つめた。




ボールは17番に入った。6倍だ。

私は30万ドルもの大金をほんの1時間ほどで手に入れた。




なんとなく波が生まれた気がした。

気づけばたくさんのギャラリーに囲まれていた。

南米系の男性からは、なんて肝が座ってるガキなんだと気に入られ、両隣の2人は卓を立ち霧島の肩にもたれかかった。




ドキドキしつつも考えるのをやめない。

ここまでくればもう行くしかない。

私は腹をくくった。



その次の勝負でも先ほどと同様にベットの締め切り時間ギリギリでベットした。


掛け方もさっきと同じ、オールインだ。


しかしその倍率は違う。


これまでにないほど明確な1つの数字のイメージが浮かんで来た私は1つの数字にかけた。その数字は6。そして倍率は36倍である。






ボールが止まるのを待つディーラーの手は震えていた。


私も自身の首をつたう一筋の汗を感じていた。




私の肩に手をかける南米系の男性は知らず知らずのうちに強く握ってしまっているようだが、それさえ気にならないくらい集中して、じっとボールの行方を追っていた。




両隣の女性はもはや霧島の腕にしがみついていた。




卓の周りには、私のベットした数字をコールするたくさんの人がいる。



ちょっとした祭りのような熱気をはらんだその異質な空間は不意にしんと静まりかえった。

かわいらしくコロンという音とともにボールが入ったポケットの数字は、私のベットした数字、6。




先ほどとは比べ物にならない大きな歓声。


1080万ドルを手に入れた霧島。


顔色を悪くして交代したディーラー。






そこで初めて私は息ができたような気がした。

自分がどんな状況にいるのか気付き、1つ息をついて、南米系の男性を見た。


南米系の男性は品のあるスーツをビシッと着こなし、2人の女性を侍らしている私の倍、4名の美しい女性を侍らしていた。




南米系の男性は、その名をダニエルというらしい。




「気に入ったよ、東洋のサムライボーイ」




言い回しがなんとなく古臭いが、ワイルドなのに人懐こいその彼の笑みで「気に入った」と言われれば、私も悪い気はしない。




「ありがとう。知らない人たちだらけだったけど、みんなのあったかい空気が、味方がいると思えたから大きな勝負に出られたよ。」




さすがにチップが多くなりすぎたので、カジノのスタッフに1080万ドル分の大量のチップを交換用の高額チップに変えてもらうと、

先ほどまで大量にあったチップが大きさは変われど数枚に変わってしまったことに驚いた。


しかし、そのうちの一枚が、プラチナ製で豪華な宝飾がなされた1000万ドルチップですとスタッフに言われれば、さもありなんと納得する。




すぐに換金しに行こうかと思ったが、ダニエルに止められた。


「VIPルームを取ってある。ちょっと話をしないか?」




何をされるのかと思いビクビクしてどうしようかと思っていると、スタッフから耳打ちをされた。




「ダニエル様はカジノをいくつも経営されているカジノ王で、信用できる方です。




日本びいきの方ですので、怖がらなくても大丈夫ですよ。」




そうスタッフから告げられた霧島は警戒しつつも、そのダニエルからの謎の誘いを受けることにした。


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