第32話





専用のエレベーターでVIPルームに案内され、その華やかさに驚いた。


たくさんの見目麗しい女性に囲まれ、噂には聞いた事あるドンペリのゴールドがキンキンに冷えた状態で、船のような大きいワインクーラーに、黒ひげ危機一発もかくやと言わんばかりに刺さっており、その部屋から見るフロアの景色もカジノ全体を高い位置から見渡せるようになっていた。




「俺はダブルオーのイギリス男のつもりはないんだがな。」




私はダニエルにそう言うと、ダニエルは笑いながら、それなら俺はCIAか?と言う。




「若いニイちゃんが、あの平和な日本で、どうやってそんな太い肝を座らせてきたのか、話を聞かせて欲しいんだよ。」




「まぁ日本では毎日5億ドルの金を動かすトレーダーをやってる。1000万ドルどうこうで動くような肝じゃそんな勝負を毎日なんかできっこないさ。」




霧島は少し虚勢を張って答えた。

ほんとは株もあまり動かさず寝かせているだけのくせに。




ダニエルは目に見えて驚いて、


「そんな戦争みたいな毎日なのか!?日本は平和な国だと思ったが。」




「日本はニンジャ、カミカゼの国だぜ?心は毎日戦場さ。」




あまりに驚くダニエルが面白いものだから、私も気を良くしてまた話を少し大きくして話してしまう。




「まだまだ日本は奥が深いということか…。




日本のことを知れば知るほど大好きになるぜ!




おい、霧島。お前のことは兄貴と呼んでもいいか?」




「年はだいぶダニエルの方が上だろ!?


イーブンの兄弟ということで行こう。


俺もダニエルもブラザーということでいいじゃないか!」




霧島は五分の兄弟というヤクザのしきたりを思い出し、ダニエルに伝えた。




「兄弟なのに、五分…。


ヤクザ…。Oh…ジャパニーズマフィア……!


そんな考え方があるんだな!日本ってすごいな!


やっぱり日本は知らないことばかりだ!


ありがとう、ブラザー!何か困ったことがあったら是非連絡してくれ!」




こうして私はダニエルと五分の兄弟となり、連絡先を交換し、ベラージオのVIPルームで打ち解け、食事を共にした。





カジノという戦場で打ち解けた2人の間には妙な絆のようなものができ、私は久しぶりに深酒をしてしまい、ダニエルもそれは同じだった。




南米男のステレオタイプなイメージのそれに違わず、ダニエルは驚くほど酒豪だった。

日本では酒豪のことをザルというが、そのザルを超えるダニエルはまさにワク (枠) と評するにふさわしかった。




しかし私も負けてはいない。


実は私はビール好きで有名である。

それも近所の酒に強いおじさんレベルで有名なのではなく、大阪の繁華街で「霧島さんお断り」の店があるほどビール好きで酒に強い。


霧島と清水が2人で3時間飲み放題の店で、その店の在庫のビールサーバーの樽を全て空にしたという噂もある。



もっともその噂の出所は清水で、

大学で友人に噂の真相を確かめられたとき、

そもそもその時はほとんど清水が飲んでいたという、よくわからない言い訳をした記憶がある。




ダニエルは、その私が驚くほど酒が強い。




VIPルームに入った時にはあれほどあったドンペリの山はとうになくなり、追加で2人に投下されたクリュグのクロ・デュ・メニルという燃料も早々に尽き、

カジノ側からは「もうこれで潰れてくれ」と言わんばかりに大量のサロンが出てきた時には、私は逆に狂喜乱舞し酔いがさめ、用意させたダニエルはどうだと言わんばかりの顔をしていた。




なぜサロンという名を持つシャンパンが出てきた時に狂喜乱舞し、カジノ王ダニエルまでもがドヤ顔をしていたのか。

それはサロンのシャンパン自体の希少性にある。


サロンのシャンパンは原材料ブドウの出来が相当良くないと製造されず、この100年で36回しか製造されていない。そのため、購入ルートも限られ、購入できたとしても、素人が手に入れる頃にはいろんな店を経由したため莫大なプレミアがついているというわけである。




無敵モードに入った私がサロンを味わってゴクゴク飲んでいる時に、とうとうダニエルは倒れた。ダニエルの最後の言葉は、「やっぱり俺の兄貴はジャパニーズサムライだったぜ…」というあまり意味のわからないものだった。


それを見届けた私は、自身のグラスに入っていたサロンを一息で飲みきると、ダニエルのグラスに入っていたサロンも飲み切ったところで、

ぷつりと緊張の糸が切れ、ダニエルと同じように酔いつぶれて寝てしまった。

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