第84話



私はひとみの両親と初邂逅を果たしたのち2週間ほど御殿に滞在した。




意外にも、イチとも仲良くなった。




自分が麻雀を打てるということがバレたので、幸長さんとひとみと一と自分で麻雀を打つことになり、その場で打ち解けられた。


なんで一は一って名前なんだ?って聞いてみたら


覚えやすいでしょ?と言われた。


18で高校を卒業した時、先代の一から名前を継いだらしい。




本名はももと言うらしい。ちなみに背は高いし声も低くてハスキーだが女だ。


自分も麻雀を打って砕けて会話している時に初めてわかった。

最初は男装で執事服を着ていたのでわからなかったけど。




1やら100やらややこしい名前だと思うけど、かわいいと思うよと言ったら照れながら怒っていた。


ひとみもそれをみてかわいいかわいいと言っていたら、一からロンされて涙目だった。




一発狙いの大博打打ちの打ち筋である一は当たると大きい。


この時も四暗刻単騎でダブル役満 (この時はローカルルールにより、ツモロンどちらもダブル役満。このルールを提案したのは一だった。)をぶち当てられ、独走状態だったひとみの牙城が崩された。






ちなみにその時の麻雀大会では最下位があまりの人と交代するルールだった。


ひとみはそのまま最下位まで落ちあやめさんと交代した。


あやめさんは鬼強かった。

ブラフも読みも人間より一段階上にいるような気がする。






そんなこんなで濃密な2週間を過ごした。




「あきらくん、また来てね!」




「あきら、フイユモルトにも会いに来い。」


例の、私に懐いた気性の荒い馬の名はフイユモルトという。


フイユモルトはフランス語で朽葉色。


綺麗な栗毛を持つ彼女にはぴったりの名前だ。


ひとみにフイユモルトが懐いたことを伝えると嫉妬しながら羨ましがられた。

まさか馬に彼氏を取られそうになるとは思わなかったのだろう。


しかも、気性が荒すぎて自分には乗ることができなかったフイユモルトがあきらにベタ惚れとなれば、羨ましさもあるが、あきらが一目置かれるので鼻が高くもある。


なんとも難しい心境だったようだ。




「ありがとうございます、あやめさん、幸長さん。」




「ちょっと!わたしには?」




「ひとみにはいつも言ってるだろ。」




「そうよ。電話もしてるじゃない。」




「それもそうか。」

なんかちょろくないか?ひとみ。



例にもよって、私とひとみは持ちきれないほどのお土産をレクサスLX570の後部座席に積めるだけ積んで帰った。


キロ単位のキャビアやフォアグラ、ケース単位のサロンのシャンパンなど、ありとあらゆる高級食品を業者レベルでひとみの実家から仕入れることができたので、しばらくは食卓が賑やかになりそうだ。




「帰りに検問所で通行証もらっときなさい。」




「わかりました。」




幸長さんとあやめさんの推薦を貰えたので、自由に検問所を通過することができる通行証を発行してもらうことができた。


これで自分一人でもフイユモルトに会いに行くことができる。






二人でご両親に挨拶をすると車に乗り込み、御殿を後にした。






「ね?心配なかったでしょ?」


ひとみはそんなことをあきらに言う。




「アホか。初日は日本刀で真っ二つにされるところだったわ!」




「ほんとに!?」




「しかもひとみと別れろとか言われるし!」




「え?その話詳しく!」




「あれ?聞いてたんじゃないの?」




「あきらくんがお父さんに啖呵切ったって話しか…。」




「あぁ…。」




「詳しく話してくれるよね?」




「アッ、ハイ。」




あきらは詳しい話をせざるを得なくなり、話した。途中から相槌が減り、ひとみの方を見るのが怖くなった。


怖くてたまらなかったので、意を決して信号待ちでふとひとみの顔を見ると、そこには般若がいた。



あやめさん、あなたの娘はしっかりとあなたの血を継いでいます。






「そう。そんなことがあったのね。あきらくん。


辛かったでしょう。日本刀を向けられて。これはいただけませんねぇ。」




ひとみはスマホを取り出し電話をかける。




「お父さん?今度会う時にはじっくり話を聞くからね?




どうして抜き身の日本刀を人に向けたのか、じっくりと、それはもうじっくりコトコト話し合いましょう。」




用件だけ伝え相手に恐怖を与えるやり口が幸長さんによく似ている。


幸長さん、あなたの娘はこんなに立派に育ちましたよ。


心の中で幸長さんの冥福を祈る。




その電話を受けた幸長さんは家で泡を吹いて倒れたらしい。






電話を切るとひとみはスッキリとした、晴れやかな表情だった。




「幸長さん。


今ならあやめさんに凄まれた幸長さんの気持ちがよくわかります。わたしも尻に敷かれる夫となるでしょう。





あきらはこの時すでにひとみとの結婚を視野に入れていた。


しかしまだお互いが学生という身分のため、学生結婚というものに忌避感があった。


それ故にあえて、ひとみに直接は結婚を意識させないように気をつけていた。


その気遣いが余計にひとみをやきもきさせることになるのである。


二人の運命やいかに!」




「あきらくん一人で何言ってるの?」




「いや、ちょっとナレーション。」




「あ、あぁ。」




あきらのナレーションという言葉を聞いて流した風な感じを装っているひとみだが、その実全く逆である。




尻に敷かれる夫。


敷かれる夫。




『夫。』




その一言がひとみの気持ちを大きく揺さぶっている。


結婚できるならあきらくんみたいな人がいいなぁとは漠然と思っていたひとみ。


しかし、あきらも言う通り二人はまだ学生。


結婚などはどこか遠い世界の話だと思っていた。




その考えを打ち砕く、あきらの突然な夫宣言。






ひとみは動揺した。


動揺しすぎてスマートフォンを裏表逆に持ち操作しようとしている。


下策。圧倒的下策。


あきらに動揺がバレてしまう。


その危機感がさらに焦りと動揺を誘う。




負のスパイラル。




しかしあきらは気づかない。


O型マイペース人間のあきらにこちらの気持ちを察することなどできるだろうか。

否。

断じて否

圧倒的不可能。




そこに気づいたことにより落ち着きを取り戻すひとみ。




「新婚旅行どこにする?」


落ち着いたが故のミス。


普段から考えていたことがつい口から出てしまった。


どこに行きたいか、何をしたいか、普段から暇さえあれば常に妄想していることがバレてしまう。


脳みそ妄想お花畑女だと思われてしまう。


そんな危機感がひとみを襲う。






「もう決めてるよ。」




「君がチャンピオンさ。」

ひとみは負けた。

負けを認めた。

圧倒的敗北。

この少し強引なところがたまらない。

二人で行く新婚旅行なのに、行き先はあきらがすでに決めている。

最高。

尊みがメルトダウンしている。


ウチの推しってすごいでしょ?って信号待ちで隣に留まっている車の運転手さんに伝えたくなる。


おっと、鼻血も出てきた。


あきらにバレないように止血しなくては。

首後ろトントン。




「ちなみにどこなの?」




「それは教えられないな。」




「もぉ〜いじわる!」


もぉダメだ。

普段はそんなぶりっ子みたいなことは言わないが、今日という今日はもうダメだ。

よくわからんが、ダメな気がする。


偏差値が2まで下がった。








一方私はその頃、ひとみがなんか変だと言うことは感づいていたが、あえてスルーした。


可愛ければ良いのである。

可愛ければ何でもいいのだ。

今日もうちの嫁がかわいい。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る