第9話

料理を食べていると、バーテンダーの方が声をかけてきた。




「こんばんは。ようこそ、シャングリラへ。」




「あ、どうも。」




なんや、どうもって、もっと気の利いたこと言えや!!




と、体の中のリトル霧島が怒っていたことは霧島しか知ることができない事実だった。






「緊張されておられるようですので、お声をかけさせていただきました。ここは、お客様がゆっくりと過ごされる場所でございますので、どうかリラックスしてお楽しみくださいませ。」




私は内心で感嘆の声を上げていた。


「なんて素晴らしいホスピタリティなんだ」と。






「こんな高級なホテルに泊まるの初めてで緊張してしまって…。


でも記念だからと思って奮発してここに泊まったんですけど、やっぱり泊まってよかったなって思います。」




「ありがとうございますお客様。何も緊張されることはございません。むしろ我々の方がお客様方に何か粗相があってはならないと日々緊張しておりますので、お客様が緊張されておられると、我々までもっと緊張してしまいます。」




なんとユーモアに富んだ返し方であろうか…




私は、またここに泊まりに来ることを心の中で約束した。




「そう言ってくださると、こちらも心がほぐれます…。心からここに泊まってよかったなと思いました。またここにもきたいと思いますので、バーテンダーさんのお名前を伺ってもよろしいですか?」






「ありがとうございます、お客様。私、このロビーラウンジのマネージャーをしております吉村と申します。お客様のお名前もお伺いしてもよろしいですか?」




「私は大阪から来ました霧島といいます。吉村さんのホスピタリティに感激しました。ここに泊まれて、このバーに来れて、あなたに出会えて嬉しく思います。」






「霧島様ですね。私もここで霧島様に出会えて嬉しく思います。バーの出会いは一期一会と申しますが、この出会いがまたありますように祈念しまして、私から霧島様に一杯プレゼントさせていただいてもよろしいですか?」






「ぜひ!ありがとうございます!!」

大人の世界とはこういう世界なのか。

もっと大人になりたいぞ。私は。





「どうぞ、クローバークラブです。


また会えることを願って、再会の約束という意味を込めて作らせていただきました。」




もう抱いて!!!!!!!

私の心の中の女子大生が顔を出し始めた。






「なんとロマンチックな……。


美味しいです、とても。」

きっとこの時の私はの顔をしていたに違いない。



「ありがとうございます、霧島様」






そうしてロマンチックな夜は更けていった。



バーでの楽しいひと時を過ごし、店を出て

ホテルのフロントで朝六時モーニングコールを頼み、部屋に戻り、私は就寝した。



モーニングコール通り、朝6時に起きた霧島は身支度を整え、ホテルのレストランで朝食を食べていた。








「こんな贅沢をしたからには絶対に勝って帰らないとな。頼むぞロレックス!」




心の中でロレックスに語りかける。




気のせいだとは思うが腕時計が一瞬輝いた気がした。






朝食を食べた後、震える手で現金を出し精算をしてチェックアウトをし、東京駅まで歩いて向かった。




東京から船橋法典までは乗り換えなしで行けることはすでに調べている。


気合いを入れ直して電車に乗り、船橋法典に着いた。


船橋法典から中山競馬場までは地下通路で歩いて10分ほどだ。




かなり大きいレースが行われると言うこともあり、中山競馬場はものすごい人出だった。


中山競馬場の係員の方に聞いてみると、指定席というのがあるらしく、空きがあるかどうかを調べてくださり、たまたまS席に空きがあることがわかった。席料を払い、いよいよ、さて、馬券を買うかという段取りとなった。






どうやら、今日のレースではWIN5という買い方が出来るらしく、それは、指定された5つのレースの1着を当てることができれば配当金がもらえるという買い方のようだ。


競馬場でWIN5を買うにはUMACAというものを使うらしい。

UMACAとはスイカみたいな事前チャージ式のプリカを想像してもらうとわかりやすいかもしれない。






係員の方に、そのWIN5とUMACAとやらの買い方を聞き実践してみることにした。




私は、やり方が合っているのかどうかわからないが、腕時計に意識を向け、5つの数字を思い浮かべる。


しかし、何も思い浮かばず、やり方が違うのかと、ふっと気を抜いたその瞬間、5つの数字が頭の中に思い浮かんだ。




霧島はそれをとっさにメモし、頭に思い浮かんだ順番に並べ、その通りに買うことにした。




「頼むぞ、ロレックス!」


霧島は神ではなく、ロレックスに祈る気持ちで


その順番通りに200円分購入した。




WIN5の結果が気にはなるが、あえて気にしないことにし、その日の中山競馬場のレースを大いに楽しんだ。


せっかく競馬場に来たのだから、紙の馬券で楽しみたく、マークシートで予想をして馬券を買った。



馬券の買い方にも慣れ、買ったり負けたりを繰り返しながら、やっとやってきた第11レース皐月賞。

4月なのに?

と思わないこともないがそういうこともあるのだろう。


「このレースは取りたい!」

強く思った私は腕の金時計をさすりながら心の中に問いかける。


「これだ!!!」

多分この時私は声に出ていたと思う。

なぜか絶対に来ると思った馬がわかった。

確信に近いものがあった気がする。


震える手で買った3連単。

購入金額は10万円。

紙屑のように吸い込まれていく万札。

心臓の鼓動は鳴りやまない。


「買ったものは仕方ない。

勝てば天国。負けてもまだ次があるし、株もある。傷は浅いぞ。

気をしっかり持て!」

心の中で自分をしっかりと鼓舞してレースの行く末を見守る。


馬たちがスタート位置につく。

ドキドキしながら見守る。


ファンファーレが鳴り響き、緊張感をあおる。


ガシャン!という音とともにゲートが開き馬たちが一斉にコースを駆ける。

行け!行け!!声に出ていたかもしれない。

でもそんなことは良い。


この競馬場に詰めかけたたくさんの人間が馬たちを応援する奇妙な一体感が

心地よい。

まぁこの応援には下心も多分に含まれているのだが。


そうこうしているうちにレースは一瞬で終わった。

いや一瞬ではなかったのだと思う。

集中しすぎてよくわからなかった。


「ふぅ・・・」

集中しすぎて入れ込みすぎて勝ったのか負けたのかもよくわからない。


「とりあえず当たったのかわからないけど換金しよう」

とりあえず換金機?に買った馬券を突っ込んでみるとまさかのカウンター行きを案内された。


わけもわからないまま最終的に手渡された現金は約1000万円。


わけがわからなかった。

何が起きたんだ?


紙袋に現金を突っ込んで、もともといた席に帰る。

紙袋を持っている私を見ておー!という拍手が起こる。

周りを見ると他にも紙袋の人がいる。

おめでとうといった声も聞こえる。


よくわからないがそういう世界らしい。


後で調べたが

配当は10000円行くか行かないかだったらしく

約1万円×1000口(1口100円の10万円分)で約1000万円とのこと。

とんでもねえ世界だ。





WIN5を買ったことなどさっぱり忘れ、様々に馬券を購入しては勝ったり負けたりを繰り返した。



ホテルに泊まり15万円程減った手持ちはホテル代と交通費を鑑みても大きく黒字が出すぎる程度まで回復した。

回復というか爆増であるが。


その日の中山競馬場での勝率はまぁまぁと言ったところだった。

勝ち額は大きく黒字だが。




そして、その日の最終レースが終わり、いよいよWIN5を換金する時がやって来た。




買っていたことも忘れていたが、パンツのポケットに入れていたUMACAに触れてやっと思い出し、

いよいよか、という表情で、払い戻し機の方へ向かう。

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