第112話 霧島 夏が始まる
学生結婚を果たしたある夫婦は、ちょうど大学が夏休みに入り、履修していた科目のテストが終わり、フル単の手応えを感じている。
この霧島夫妻、三年前期がフル単であれば、あとはゼミの出席と卒論の提出で卒業に必要な単位数を全て取り合える計算である。
「これでやっと身動きできる。」
「あきらくんは忙しかったよねぇ、この一年。」
「ほんとだよ。」
普段は車を買ったりブランド品を買ったりする姿しか馴染みがないように思えるが、このあきらはなかなかに働き者で、時間をなんとかやりくりして仕事をこなしていた。
月に数度はマカオに行くし、月に一度の経営幹部を集めたミーティングも欠かさない。
テスト前などでどうしても時間が取れなかった時などは大学近くのファミレスでzoomミーティングをしたこともあった。
その節は非常に申し訳ない。
長期の休みなどは集中的に仕事をいれて、やれる時に一気にこなしたりもした。
しかしどんなに忙しくとも休みだけはきちんと取ることができたのは海外の会社だと感心したものだった。
その忙しい日々も日を追うごとに自分無しでもだんだんと仕事が回るようになったのは、ひとえにエマやひとみ、マミちゃん、支えてくれる幹部たちのおかげであることは重々承知している。
おかげさまで弊社は本年上期だけで前年度売り上げを突破した。
ちなみに前年は下期だけで前々年度売り上げを凌駕している。
まさに破竹の勢い。
それら全ての業績向上を受け、本年上期は様々な種を蒔いた。
会社としてはもはやこれ以上に儲けても仕方がないので、会社の内部留保は必要最低限にとどめ、社員にドンドン還元している。
一例を挙げるなら、本年夏のボーナスは全社員一律で1500万円を支給した。
自身の教訓から、税金で困ることがないように、税務セミナーを全社員に受けてもらったりもしている。
そして有給取得率や育児休暇取得率など社員のクオリティオブライフ向上に関するコンペを昨年下期行なった。
各社事業部ごとのチーム分けを行い、どうすれば社員のQOLが上がるかの施策を考えてもらう。
その施策通りに半年行動し、QOLが上がって尚且つ、何かしらの分野でトップの結果を残した事業部には部員1人ずつに100万円の報奨金。
そしてそのコンペで優勝した事業部全体には翌年から予算枠を二倍に広げる試みをした。
もちろん、この試み以前から優良な労働環境を維持し続けている事業部にはボーナスポイントを付与するなどした。
その試みは世界のメディアで取り上げられたことで話題になり、またたくさんの優秀な人材が流入してきた。
副次効果としてさらに業績が上がり、さらに儲かった。
弊社グループ社員の子女のための奨学金財団などの慈善事業もローンチした。
それらの施策のおかげか弊社基幹会社のサンズは株式時価総額も今や林檎社につぐ世界二位につけている。
来年こそは林檎社を追い越す気持ちで全社員一同頑張ってくれている。
新たにローンチした霧島重工業と霧島ファブリックはまだまだ世界100位を切ったところだが、重工業では現在開発中の技術が実用化する見込みなので来年くらいには、
ファブリックではだんだんと販売規模が拡大しておりアパレルの世界ではそろそろ世界を取れそうなので二年以内には林檎社に肉薄しているだろう。
ゆくゆくは弊社、弊グループで働くということがステータスになる世の中になってほしいものだ。
そうそう、個人資産ではとうとうアジア1位、世界の30歳以下でも1位、そして世界で7位を獲得した。
その取材が殺到したが全てシャットアウト。
そんなことに時間を使うくらいならひとみと過ごすにきまっていることは間違いない。
と言いつつもほぼ毎日ずっと一緒にいるけど。
これで来年には間違いなく世界一位になっていることだろう。
今年の夏からは大学のウエイトが無くなる分、少し時間的に余裕ができる。
「じゃあ出発しますか!」
「はい!」
「「いざ!!!ミコノス島へ!!!」
ミコノス島へは直通便はもちろんないので、関西国際空港からアテネまでチャーター機で向かう。
ひとみちゃんジェットはまだ完成していない。
「「ついたぁ!!」」
「やっぱ専用機は違うな!」
「早く飛行機来るといいね!」
「もう何ヶ月かはかかりそうだって言ってたなぁ。」
「ひとみちゃんジェット。」
「え?」
「飛行機の名前。ひとみちゃんジェット。」
「おいまじか。」
ここで初めて飛行機の名前を知らされたあきら。
「もう決めちゃった。まぁ約束だもんね。」
ひとみがニヤニヤしているが仕方がない。男に二言はない。
「うむ、受け入れよう!」
「え!?」
「垂直尾翼にはひとみの顔をプリントしよう。」
「えっ。」
「両翼にはひとみに対する愛の言葉をプリントしよう。むしろ痛ジェットにしよう。」
「飛行機は流石に日本の恥だよ…。」
「まぁ外装のデザインもひとみに任せる。」
「わ、わかった。」
そんな感じで痛ジェットについて話してたらアテネについた。
そこからは小型飛行機に乗り換えてミコノス島に向かう。
「おー、やってるやってる。」
「わー、すごい。」
「じゃ、俺たちも車出すか。」
「はーい!」
前もって予約しておいた貸し倉庫に車をすでにスタンバイしてある。
「私たちの車はこれです!!!」
そこに鎮座するのはランボルギーニUNICO。
ボディは真っ白で、ボンネットには真っ赤な日の丸。
日の丸はガムボールペイントが施されている。
車体のいたるところに弊社グループのステッカーが所狭しと貼ってある。
「すごい!ド派手!」
「これなら負けないっしょ?」
「うん、勝ってる勝ってる!」
ひとみは案外こういうとこで負けず嫌いだ。
「さ、乗り込みましょう!!」
「おー!」
エンジンに座り、ボタンプッシュでエンジンをかける。
猛牛の唸り声が倉庫の中にこだまする。
「しゅっぱーつ!!!」
「しんこー!!!」
爆音を轟かせた霧島夫妻はミコノス島に躍り出た。
ミコノス島中がハイパーカーやスーパーカーで埋め尽くす中、自分たちのウニコが一番目立っていたと思う。
バシャバシャ写真も撮られまくった。
ドアを跳ね上げたまま徐行するのもかなり現地人ウケした。
まるで自分がハリウッドスターになったような気分だった。
ハリウッドスター……?
新たな事業のタネが浮かんだ。
これは帰国した折にはブラッシュアップして企画を通そう。
当たる予感がする。
しかし今は楽しむ時。
あくまでも最大限今を楽しむのだ!
ガムボールのスタートは明日。
本日は前夜祭がある。
前夜祭では飲み過ぎて翌日に響かないようにアルコールが出ないのが第一回からの由緒ある伝統だ。
ちなみに後夜祭は死ぬほど飲む。
ミコノス島をド派手な車で練り歩いていると、前夜祭会場の超高級ホテルに着く。
一泊100万円からという漫画のような単位のホテルだ。
ちなみにダニエルグループのホテルなので、弊社グループの一社である。
このイベントのためだけにホテルを建築したらしい。そして、そのこけら落としが本日である。
前夜祭では世界的な歌手やDJが場を盛り上げる。
そして挨拶。
そう冠スポンサーであるあきらの挨拶が控えている。
司会者からお呼びがかかり壇上に登る。
ちなみにこの司会者も、アカデミー賞のプレゼンターを務めたことがあるような超大御所ハリウッド俳優だ。
あれ、だんだんと意識が…。
………!!
会場のあちこちでグラスをぶつける音がする。
意識が戻ってきた。
気を失っていたようだがなんとかスピーチをこなしたようだ。
なんとかやり過ごした…。
「ヘイブラザー!!!」
「よぉ!ダニエル!!!」
「いいスピーチだったぜ?」
「ほんとk
「あきら!!!」
「おぉ、清水!」
「久しぶりだなリュー!」
「ここで結婚式以来の三人まとめて揃う構図ができたな。」
「中村さんもいりゃあなぁ。」
「そんな清水に朗報。」
「お?」
ダニエルと目を合わせて2人でニヤッと笑う。
「「中村さんも参加しまーす!!」」
「おぉ!」
「ちなみに車種はFerrariの250GTO。」
「えっ。」
「世界に一台しか残ってないレース仕様車。本物の。何回かレースにも出たやつ。
もう何十年も大事にしてきたんだって。
動態保存だ!とか言いながら普通に走らせてるらしいけど。」
清水の顔から生気が抜けていく。
250GTOとは世界中のスーパーカーマニアを虜にしてやまない、世界一美しい車と呼ばれる、名車中の名車。
つい先日はオークションで55億円の値が付いたのは記憶に新しい。
「それもう文化財じゃん!世界遺産じゃん!」
「でも好きだから走らせるんだって。」
「ミスター中村には恐れ入ったぜ。
今回誰よりも注目集めてるのは間違いない。」
「中村さんすげぇ…。」
「世界の名だたる企業のトップやら泣く子も黙る大御所ハリウッドスターなんかが子供みたいにはしゃいで写真撮らせてもらってる。
泣きながらミスター中村と握手してるマフィアのドンもいたぜ。」
「中村さんはやっぱりすげえ。」
「そうだな。」
「明日は2人とも期待してるぜ?」
「「まかせとけ!!」」
前夜祭の夜は賑やかに過ぎていく。
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