第103話 霧島 お披露目をする
「あきら、地元でのお披露目いつやるの?」
と父に言われて、すっかり忘れていたことを思い出した。
「完全に忘れてた。どうしよっか。」
「期間だけ指定しといてくれたらこっちでセッティングするよ。」
「じゃあ6月中でお願いします。」
「了解」
というやりとりがあって実現した、あきらの地元で行われた結婚お披露目。
地元ケーブルテレビ局で生中継されるらしい。
恥ずかしすぎる。
その当日、あきらは大名行列の真ん中のひときわ立派な籠の中にいた。
服装はもちろん五つ紋付袴姿である。
朝四時に叩き起こされ、いつの間にか庭にできていた井戸の水で水垢離をさせられ、あれよあれよという間に袴姿に着替えさせられ籠にぶち込まれたのだ。
「どうしてこうなった。」
太鼓の音や、錫杖の音に包まれて行き着いた先は正月もお世話になったあの神社。
少し見ないうちにさらに立派になっていた。
あと神社の名前が変わっていた。
今は「霧島神社」というらしい。
元々はその名前だったらしいが、色々あって名前が変わっていたらしく、今がいい機会だからということで名前を戻したとのこと。
神社のネーミングライツでも買ったのかと思った。
神社の入り口にあたる、ひときわ大きな門を抜けると、赤い毛氈が一直線に境内まで伸びていた。
門から境内までの真っ直ぐな道なりの中には途中、888段の階段がある。
末広がりで気持ちがいいね!
今からこの紋付き袴姿で888段も登るのかとげんなりして籠を降りると、担ぎ手の1人から耳打ちされた。
「このまま、毛氈の上を歩いて境内まで行ってください。
途中の大階段はかなり急ですが、絶対にこけないでください。進行に支障が出ます。」
「はい…。」
そのまま前に進み続ける。
普段みんなは神社の裏にあるアスファルト舗装された方の道で、車に乗って来るくせになどとぶつくさ文句を言いながらも、階段を半分ほど登りきったところで雅楽の生演奏が聞こえてきた。
「ご立派なこと…。」
やっとの事で階段を登りきると、そこには数百人規模の参列者が真ん中に大きな通路だけ開けて小さな椅子に座っていた。
あきらはすでに汗だくだったが、さらに嫌な汗をかいた。
すると宮司さんの補佐をする感じの人が普段よりかなり豪華な衣装を着て待っていた。
付いてくるように指示され、行き着く先は井戸のそば。
「またか…。」
また水垢離である。
六月の初夏とはいえ真水はなかなかに冷たい。
しかも山の中腹にあるため、神社の境内は涼しく木陰もある。
しかもしかも今日は六月の初夏にしては考えられないほどひんやりしていた。
風邪ひきそうだなと思いつつ、水垢離を済ませ、用意されていた真新しい五つ紋付袴に着替える。
先ほどの宮司さんの補佐の人に付き従って、先ほどの参列者の開けてくれていた真ん中の大きな通路を進む。
数百人の目にさらされてそのまま本殿まで入る。
するとすでに霧島家、結城家の親戚一同が集まって正座して座っていた。
宮司さんの補佐の人の指示で、すでに祝詞をあげているよく見知った顔の宮司さんのななめ後ろに座る。
すると宮司さんがこちらに向き直り宣言する。
よくみると耳にインカムのようなものが入っており、式の進行を確認できるようになっている。
ハイテクだ…!
「ただいまより、霧島家、結城家の御婚姻披露の儀を始めます。一同、礼。」
「花嫁様、お輿入れ。」
その言葉と同時に外が騒がしくなった。
太鼓の音と、錫杖の音、鈴の音色も聞こえてきて、子供たちの歌う声も聞こえる。
だんだんとそれらの音が大きくなり、立派な
輿の上の屋根付きの蓮台には白無垢姿のひとみが鎮座している。
神輿の周りにはひとみのサポートをする役であろう、女官姿の人々が侍はべっている。
もはや開いた口が塞がらない。
後から聞くと、ご近所の爺さん婆さんたちから、昔の霧島の風習を全部やってくれと言われたことが原因らしい。
なんでも、昔世話になった霧島のじいさんとこのボンが嫁さん連れてきたのに祝わないわけにはいかない!と大騒ぎだったとのこと。
昔の霧島の祝い事といえば、近所の人たちもみんな手伝うような一大イベントだったらしい。
何百年前の話だよとは思ったが、小さい頃から世話になっている近所のジジババが喜ぶならいいかと思うあきらだった。
女官の案内に従い、静々と本殿の中に入ってくるひとみ。
自分の隣に座ると、宮司さんが声を発する。
「
頭を下げると、頭の上を御幣がシャンシャンやられている気がする。
「お直りくださいませぃ」
「それでは、祝詞をあげさせていただきます。」
この祝詞が長かった。
じっとしているのが苦痛な自分にとって一時間にも二時間にも感じられたが、実際は30分くらいだったらしい。
祝詞が済むと、今度は榊が1人に一本ずつ配られ、それを時計回りに半回転させてお供えして、よくわからないいろんなしきたりに振り回されて、神社での儀式を終えた。
「疲れた……。」
みんなは車で帰るらしいが、花嫁と旦那は同じ立派な籠で家まで帰るらしい。
2人で籠に入る。
「「お疲れ様です。」」
どちらからともなく、そんな声を掛け合った。
「大丈夫だった?ひとみ。」
「なんか非日常感ですごい楽しいよ!」
「肝の座り方がすげえ。」
「なんか経験したことないことだから、疲れよりも楽しいが勝つよ!」
「すごいな。」
「しかも、この後は雄次さんのお料理でしょ?」
「まぁそうだね。料理の一式は雄次兄さんの担当になってる。」
「今雄次さんのお店すごいの知ってる?」
「なんか流行ってるってことだけは。」
「東京の雄次さんのお店、ムシュランで5つ星獲得したみたいよ?」
「!?!?!?!?
あれ三つ星までじゃないの?」
「そうなんだけど、もう三つ星の評価に収まらなさすぎるときはそういう特例があるらしいの。
フランス以外では初めての五つ星で、ムシュランの出版から150年の歴史の中でも雄次さんのお店含めて6店舗しかないらしいよ!」
「すげぇ、雄次兄さん。」
「タヒチの結婚式の料理でもみんな普通にバクバク食べてたけど、美味しすぎてほっぺた取れるかと思ったもんね。」
「まぁ美味しいとは思ったけど…。」
タヒチの結婚式でも、やはり雄次兄さんが料理の総指揮を取ってくれた。
美味しい美味しいと大絶賛ではあったが、お世辞もあると思っていた。
まさかそれほどとは。慣れって怖い。
「だから私は本当にそれが楽しみなんだよ!」
「俺も期待しておこう。」
そんな話をしていたら、霧島本邸についた。
このお披露目をするに当たって実家に帰った時に知らされたが、家を増築増築に加え土地を買い増し買い増しの結果、霧島本邸という地名ができたらしい。
だから、うちに手紙を書くときは、〇〇県〇〇市霧島本邸 だけで届くと親戚たちは笑っていた。
市議会なんかでは、市の名称を霧島市という名前にする案も出ているとかそうでないとか。
その広さはひとみの家には及ばないまでも、それに準ずるほど大きい。庭もなんか金沢の兼六園みたいになってる。
田舎なので土地は有り余ってるとのこと。
今日はその兼六園もどきの庭で船を浮かべて写真撮影なんかするという話も聞いた。
家に着くと、二条城の唐門のような、とても大きな門から中に入り、庭に出る。
庭には真っ赤な毛氈がたくさん引かれており、先ほどの数百人の参列者が思い思いに酒を飲んでいる。なんか園遊会みたいだ。
主役の俺たち2人はその全ての毛氈を周り、酒を注ぎ世間話をしていく。
肝心の雄次兄さんの料理だが、参加者一人一人に重箱入りのお弁当が渡されたらしい。
それに加えて、料理スペースを庭に設け、そこでたくさん出来立てを振る舞う形だ。
雄次兄さんはお弟子さんたちもたくさん連れてきていて、皆で料理を振舞っている。
昼間から酒を飲み、みんな大騒ぎをしているが、敷地が広すぎて誰の迷惑にもならない。
地元ケーブルテレビ局の取材も、地元のローカルテレビ局の取材も新聞社の取材もあったが、あくまでもこの催し物は近所の人々を集めてのお祭りということにして通した。
流石に個人の結婚式っていうのも恥ずかしいからね。
主催ということでインタビューもされたが、当たり障りのないことを言って通した。
めんどくさそうな人は清水に回した。
そもそもこんな面白そうな場面で清水が来ないわけはない。
もちろんダニエルも中村さんもみんな来た。
有名な政治家もたくさん来たし、ここでつながりを作っておきたいと考えた有名企業の重役連中もやってきていたが、周りの親戚や知り合いたちがシャットアウトしてくれていたので、その辺りは快適に過ごすことができた。
それを抜きにしてもだいぶ疲れたなぁ。
「お疲れ様でした。」
「「「お疲れ様でした!!!!」」」
招待客が帰った後、みんな楽な服に着替えて、本邸の中で打ち上げをした。
年配の親戚たちは
ビールを片手に式次第の反省会をしている。
小さい子たちはもう船を漕いでいる子たちも多い。
女性たちはひとみを囲んでガールズトークに花が咲いている。
そういう自分は雄次兄さんと親父と重弘おじさんで、雄次兄さんが作ったつまみを片手に日本酒を飲んでいる。
「いやぁ、あきらも立派になったなぁ。」
「それタヒチの時も言ってたよ重弘おじさん。」
「いや、今日の立派な姿を見て俺もそう思ったよ。」
「雄次兄さん顔ニヤついてるじゃん。」
「まぁ何はともあれ!お疲れさん!」
自分たちはもう何度目かわからない乾杯をして盃の中を開けた。
今日はなんだか酒の回りが早い気がする。
新たに縁を繋いだ者たちを迎えた、めでたい日の長い夜は始まったばかりだ。
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