第82話
突然すっと横のふすまが開いた。
「パパ?」
襖が開いて横から若い女性が現れた。
「ママ!?!?!?!?」
目の前の覇王色をまとった魔王
からは似ても似つかない声が出た。
「パパ?」
状況を把握して、段々と雰囲気が冷え込むママ。
「いや、違うんだよママ。ちょっとした余興だよ。」
「その手に持っている抜き身の日本刀は何かしら?」
「いや、ちがうんだ、これは。
その、ちがうんだよ。いや、ね?
模造刀だから。」
そう言ってパパは手に持った剥き身の模造刀を放り投げた。
すると剥き身の模造刀は、ドスッという音とともに、刀身の半ばあたりまで畳に突き刺さった。
(ちがう。絶対にこれは模造刀じゃない。)
私は内心で確信した。
しかしここが私の勝負所。
「大旦那様。早くその模造刀で私を真っ二つにすれば良いではないですか。
それとも天下の結城の大旦那様は吐いた唾を飲み込むつもりでございますか?」
霧島はひとみと別れろと言った名も知らぬひとみの父をまだ許してはいなかった。
「バカっ!てめぇっ!!!」
すると明らかにひとみの父の顔色が変わった。
明らかに青ざめていたし、冷や汗の量も尋常ではなかった。
きていた羽織袴の色は汗で滲み、本人がかいた汗で畳の上に小さな水たまりができ始めた。
「…パパ?」
一気にママのオーラが膨れ上がった。
さっきまでのパパのオーラが児戯に等しく見えるほどのオーラと存在感と殺気だ。
そばにいるあきらでさえこの殺気に気を失いそうなのに、それを直接ぶつけられているパパの気持ちはいかほどか。
それに気を失わず、あまつさえその前に立ち続けているその心意気には感服させられる。
さすがは天下の結城の大旦那なだけある。
「いいのね?パパ。」
「いや、それだけは…!!
それだけはどうか…!!」
大旦那がママに許しを乞い始めた。
「今から私は霧島くんとサシでお話をします。
あとはわかりますね?」
「はい…かしこまりました。」
「一。パパを。」
「はっ!」
一が天井から降りてきて、パパの首筋に手刀を打ち気絶させ、どこかに運んでいった。
「ごめんね、霧島くん。
パパも悪いひとじゃないんだけどね。」
「…いえ。」
状況が全く読めていなかったがかろうじて返事だけは返せた。
「じゃあご飯にしましょう。」
気付くとすでにその場にお膳が用意されており、昼食と相成った。
「ではまず自己紹介を。
ひとみの母のあやめと申します。
先程のバカは父の二代目日与右衛門(ひょうえもん)。本名は幸長(ゆきなが)よ。幸長さんって気軽に呼んでいいからね。」
「あやめさんと幸長さんですか…。はい。
私はひとみさんとお付き合いさせていただいております、霧島あきらと申します。
よろしくお願い申し上げます。」
「ちなみにパパのこと幸長って呼べる人は世界に5人しかいないから。」
「4人!?!?!?」
「お義父さんと、お義母さんと、わたしと、ひとみ。」
「あと1人は…?」
「あなたよ。」
「や、やったぁ…。」
「さっきの啖呵は良かったわよ。とても痺れたわ。」
「いや、腹をくくってしまったのでもう…。」
「これなら安心してひとみを任せられるわね。」
「え?それって…。」
「うちのひとみはあなたにお任せします。
どうか、うちのひとみをよろしくお願い申し上げます。」
あやめは御膳の横に膝をついて頭を下げた。
「や、やめてくださいあやめさん!
畏れ多いことです!!!」
霧島は必死にあやめを起こそうとするが、体幹の鍛え方が違う。
ビクともしない。
「いいえ、私達夫婦はそれほどの責任と信頼を持ってあなたにお預けいたします。
煮るなり焼くなり、どうぞお好きにして下さいませ。」
「あやめさん…。」
あきらも、御膳の横に膝をついて頭を下げた。
「この霧島あきら、責任を全うし信頼に応えるべく、精進して参ります。
そのお申し出、お受けさせていただきます。」
その返事に満足したのか、あやめは体を起こした。
「期待していますよ、あきらくん。」
あやめはにっこりと笑ってあきらのことを初めて名前で呼んだ。
「それではご飯にいたしましょう。」
2人はご飯を食べながら最近の様々なことを話した。
ロレックスのことは話していないが、ほとんどの話を全て洗いざらいお話しした。
あやめはその全てを楽しそうに聞き、時には手に汗握り、時には涙ぐみもしたが、満足そうに聴いてくれた。
するとおもむろに近くの襖が開いた。
「あきらぁ!!!
風呂行くぞ!!!!」
「はい!!!」
「一は手加減をしたようね…。
2日は覚めない力加減でお願いしたのだけど。」
物騒な声が聞こえたがスルー。
世の中には知らない方が良いこともあるのだ。
あきらは幸長について歩く。
その間はもちろん無言。
突然角を曲がると大きな脱衣所に出た。
銭湯と同じ、脱衣籠に服を入れるスタイルだ。
そこで幸長はおもむろに羽織袴を脱ぐ。
まだ着替えてないのか、汗を多量に含んだ肌着はもちろんのこと羽織袴さえ含んだ汗でまだら模様になってしまっていた。
それが床に落ち、べちゃっと音を立てる。
私もジャケット、シャツ、ネクタイなどを外し、脱衣籠に入れる。
幸長は手に何も持たずに風呂場に入るので、あきらもそれに倣ってついて行く。
風呂場に入ると露天風呂だった。
芦屋の高台というかほぼ山の上にあるため、瀬戸内海が一望できる。
その景色が一望できるところに掛け湯をしてから、先に入った幸長の隣に入る。
また無言。
「あきら。娘をよろしく頼む。」
「はい。幸長さん。」
「ママ怖かったなぁ。」
「はい。幸長さん。」
あきらは同じ返答しかできていないが、そこに込められた気持ちは両方とも感じ取ってくれたらしい。
そこからまた無言が続くが、最初ほどの息苦しい無言の空間はなかった。
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