第59話

「大阪大学法学部教務係の西村と申しますが、こちらは学籍番号22〇〇〇〇〇〇の霧島さんの携帯電話でお間違えございませんでしょうか?」




「はい、そうですけど…。」


この時、内心は荒れ狂っていた。


特に何か悪いことをしたわけでもないのに、突然の教務係からの連絡など、悪い予感しかしないからだ。




俺なんかしたっけ?と思いつつ、向こうの返事を待つ。


「先日は、神戸アマチュアゴルフ選手権大会での優勝おめでとうございます。


つきましては総長室で表彰式を行いたいので、秋学期が始まってから空いている日はありますか?」






すっごく安心した。すっっっごく安心した。


なんだよ、ゴルフかよと思いつつ、安心したら安心したで表彰されて目立つのが煩わしく感じられた。






「あー、ありがとうございます。


でもあまり目立ちたくないので、その表彰って断れますか?」




「霧島さんのおっしゃることはわかるんですが、少し難しいですね。」




ただのゴルフの市民大会レベルの大会で大げさなと思うが、実はそうではない。


先日優勝した、神戸アマチュアゴルフ選手権大会とは、西日本で一番歴史が長く、権威がある大会である。


今日本で活躍するトッププロの中にも、アマチュア時代に出場経験がある人が何人もいるほどだ。


大学側からすれば、阪大生としてははじめての神戸アマ優勝選手だ。もちろん大学の手柄ということにして、ゴルフ部が活気付いて欲しいという思惑もある。






「まぁ、そうですよね、わかりました。じゃあ10月1日でお願いします。」




「ありがとうございます。では当日はスーツでお願いしますね。ご面倒かもしれませんが、よろしくお願いします。」




めんどくさいことになったなぁと感じていた。








「ということで、一旦日本に帰ります。」


と、エマとひとみに伝えた。




「学長表彰はめんどくさそうよね。」


と、ひとみ。


「でしたらお持ち帰り用の荷物を準備させていただきます。」


と、相変わらず仕事が早く的確なエマ。






ベネチアンマカオの経営も、私の思いつきを実行して改革を続けた結果、開業以来見たこともないような月間経常収支を叩き出し、とりあえずひと段落ついた。


「私もいつの間にか出世したよねぇ」


そう呟くひとみは、もともと私の秘書だったが、サンズの本部が、それだけでは対外的にも対内的にも動きにくいだろうということで出世させてくれたのだ。


秘書から、秘書室長、経営企画戦略室顧問、営業本部長、非常勤執行役員へと、約1ヶ月で豊臣秀吉ばりの出世街道を駆け抜けた。




「本当に早かったよね。早回しの映像見てたみたいにトントン拍子で駆け上がっていった。」


「嘘みたいだよね。」


「ねぇ〜」




そして、日本へと一時帰国し、一応大学生の身分に戻る日がやってきた。




今回の2人はかなり身軽である。


手荷物は、細々した荷物がそれなりに入ったバーキンと、

エマが用意してくれた、大容量のブリーフィング社のガーメントケース に入ったダンヒルの秋物のスーツだけである。

ガーメントケースにはちゃんと靴も入るのだから驚きだ。


対するひとみは、化粧道具までも霧島のバーキンに詰め込んだため、手ぶらである。




そんな状態で2人はプライベートジェットに乗り伊丹空港に帰ってきた。

2人で駐車場のレクサスLXのところまで向かい、荷物を後部座席に乗せる。




「やっぱでかい車は快適だわー。G65もいいけど、レクちゃんはその上をいく快適性よねぇ。」




「その点に関しては本当に同意する。」




霧島はまずひとみの家に向かい、ひとみを下ろそうとした。


するとひとみが






「うち広いからまぁうちでゆっくりしていきなよ。」






というのでお言葉に甘えて、上がらせてもらった。


ひとみの家は、私のアパートとくらべるとほんとうに広い。

新居に引っ越せば、その広さは超えるのだが、今の部屋の大きさを比べると、家と部屋ほどの格差がある。




「この広い部屋さ、寂しいから、新しい家に引っ越すまでうちで暮らしたら?


駐車場もあるし、エレベーターもあるし。」




「いいの?」




「もちろん。」




喜んでその申し出を受け入れた。

ひとみの家で暮らし始めるにあたり、荷物を少しずつ搬入し、粗方終わったところで秋学期が始まった。

前の家は解約して、駐車場も引き払い、新しくひとみのマンションの空き駐車場を2台分契約した。車庫証明も取り直した。





秋学期が始まった1日目である10月1日に霧島は普段の豊中キャンパスとは違う、吹田キャンパスにある教務係に向かう。




「霧島ですけど…」




「あ、霧島くんね、ちょっとまってね!」


コテコテの関西イントネーションの返事が返ってきて、教務係の窓口から出てきたのはかなり若い女性だ。




「じゃ行きましょうか!」


そう言って女性は私を総長室まで引率する。


どうして大学の教務係は可愛い系の若い女の子が多いのだろうか?と、益体も無いことを考えつつ教務担当者についていく。




コンコンコン。


総長室のドアをノックして少し間が空いて返事が返ってくる。




「どうぞ。」


「失礼します。」




「こんにちは霧島くん。今回はおめでとう。」


そう言って総長は右手を差し出す。


「あ、ありがとうございます。」


なんとなく気の抜けた返事になってしまったが、初めて間近で総長を見て初めて総長と握手をするのでそこは勘弁してほしい。




そこで初めて気づいたが、総長室に法学部長も同席しており、さらにかなり大きな写真カメラを持った大学広報らしき人もいた。




「では表彰式に移りましょうか。」


教務係の人がそう言うと、すぐに式が始まった。




「学籍番号16〇〇〇〇〇〇、霧島あきら。


貴公は先般行われた、神戸アマチュアゴルフ選手権大会において、優勝という輝かしい成績を表したため、ここに表彰する。


令和〇〇年、10月1日。


大阪大学総長、平田雅章。




おめでとう。」




「ありがとうございます。」


2人はガッチリと握手をしたが、


その瞬間の写真が学校中の学内広報誌に掲載され、しばらくは私の下にたくさんの阪大ゴルフ部員がほぼ毎日のように現れたとか現れてないとか。






表彰式が終わると、総長とゴルフの話で盛り上がったため、ランチに誘われた。


総長ってどんな飯食ってんだろ?と気になったので二つ返事でOKした。




「じゃ時間もいい頃だし今から行こうか!」


「はい。」




車で行くということなので、総長が普段乗っている車に乗せてもらえることになり、総長室のある事務管理棟の玄関に出ると車が滑り込んできた。


総長ともなると大学側から運転手付きの車を割り当ててもらえる。


車種は黒塗りのレクサスLSの最新型だった。




「レクサスなんですね」


霧島がそう言うと


「僕が就く前は型落ちのクラウンだったけど、結構年期が入ってたし、かなりたばこ臭かったしで、買い換えてもらったのさ。」


と総長は笑いながら言った。




そうして、総長が私を連れてきたのは日本料理屋だった。




二人は個室に案内され、何も注文してないが、次々と会席コース料理が提供される。


どれも文句なしに上手い。




「霧島くんは普段どんな店に行くの?」


なんとなく京都のイントネーションがあるなぁと思いつつ答える


「最近はさえきとか行きましたね。ほんとにごくごく最近まで海外にいたので日本はあまり…。」




「さえき!?大学生が行けるような店じゃないでしょ…。


海外にいたんだ?旅行かな?」




「そうですね、ラスベガスとマカオとモナコに行ってきてそのあと一旦帰国してゴルフの大会出てまたマカオ行ってました。」




「え、ギャンブル旅行かな?」




「そうですね、もともとちょっと社会勉強のつもりだったんですけど今はマカオにカジノ経営してます。」




「もう意味わからないよ。


よく見りゃそのスーツもダンヒルかな?靴も相当いい靴っていうのはわかったけど。腕時計もロレックスだし。


霧島くんって何者?」




「ちょっと前まで普通の大学生だったんですけどね。でも投資から始めました。」




「あー、株かぁ。」




「いろいろ投資してるうちに資産が膨らんじゃって。」




「言ってみたいもんだねそんなこと。」




話してみてわかったが総長は相当話しやすく、接しやすい人物だった。


今度一緒にゴルフに行こうという約束も取り付け、大学に帰ってきた。




「じゃ霧島くん。しっかり励むように。」




「はい。ありがとうございます。」


私は総長にそう伝えて車に戻る。




吹田キャンパスから豊中キャンパスまではそれほど離れてはおらず、車で30分もかからないほどだ。




豊中キャンパスに戻るとまたいつも通りの授業を受け、ひとみの待つ家に帰る。




「おかえり、あきらくん。」




「ただいまひとみ」




「ごはんできてるよ。」


そんな会話をしつつ、家に帰ると人がいるのっていいなと思いながら幸せを噛みしめる霧島であった。

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