第107話
「どんな別荘になってるんだろうな?」
「私も楽しみよ。」
「ひとみはどんな別荘だと思う?」
「あえて純和風の平屋造りの建物。」
ダニエルの購入した建設中の別荘に向かう4人は道中の車中でそんなことを話していた。
「そろそろつきそうだぞ。」
「おっ、あれじゃないか?」
さすがはダニエル。別荘のおおよその完成形を知っているのだろう、すぐに見つけた。
「おぉー!これかぁ!」
「立派!」
「なかなかいいじゃないか!」
「素敵だと思うわ!」
4人は車を降りて建物の前に立ち、それぞれの感想を漏らした。
ダニエルの別荘は嵐山の駅から北に行ったところにあり、山と川に囲まれていた。
もちろん、前もって不動産会社に連絡していたので、担当の営業さんに中を案内してもらった。
まず玄関から入ると広い玄関ホールがあり、たくさんの靴が収納できるようになっている。
玄関ホールからは中庭が見え、こちらはまだ作庭中とのこと。
玄関ホールからリビングに向けては廊下が続いており、途中には和室のゲストルームがあった。
リビングに入るとまず目に飛び込んでくるのは大きな窓。
そしてその大きな窓からは広い庭が見え、庭には楓や桜の木が植えてあり、四季折々の風景が楽しめるようになっている。
どうやら有名な作庭家の作らしいが寡聞にして知らなかった。
その作庭家の名前は知らずとも、彼がすぐれた作庭家であることは素人目にも理解できた。
彼の作ったその庭は奥行きを感じさせつつも、外の景色が見えないように配慮されており、同様に外からも中が見えないように配慮されている。
それでいて京都らしさが凝縮された、静謐さをたたえた庭となっていた。
これらのことにしか気づかなかったが、庭のことはわからない素人ながらも、とてもいい庭であるということは理解できた。
ちなみにこちらもまだ完成ではないらしい。
「いい庭だなぁ…。」
ダニエルがしみじみと呟く。
「そうねぇ…。」
マーガレットも顔に慈しみの表情を浮かべ呟く。
「やっぱり一軒家って良いね。」
「うん、俺たちも庭に凝って純和風の家作ろう。」
東京の家はもう建設中だが、帝塚山の家はまだ設計段階に入ったばかりなので元々の設計計画から大きく変更することにした。
二階には風呂場と主寝室、洋間がいくつか、そして星を見るための広めのバルコニーがある。
風呂場は広く、全体は石造りのように見え、高級な作りになっていた。
天井は透けており、夜空がよく見えるようになっている。
そして浴室には様々な機能をつけてあり、それを逐一説明してくれたが、冬場には風呂場が寒くないということしか覚えていない。
冬はダニエルの家にお風呂を借りに来よう。
バルコニーは天井がちゃんとあり、雨でも大丈夫らしいが、雨の日に星を見ることはないと思う。
一通り家の中を確認したところで、一行はダニエルハウスを後にした。
「ダニエルの家、庭最高だったな。」
「俺もそう思うぜ。」
「私たちもマーガレットさんちみたいな庭作ることにしたよ!」
「まぁ!じゃあ完成したらちゃんと呼んでね?」
「もちろんよ!」
宿をチェックアウトしたのがチェックアウトタイムギリギリで、それからまた旅館でランチをしてから別荘を見学に来たのでそろそろいい時間となっていた。
「じゃあ大阪に帰りますか!」
「そうしましょう!!」
「じゃあ帰りはセントレジスの前で降ろしてもらって大丈夫だから!」
「了解!」
ダニエルとマーガレットは仮住まいのセントレジスホテル大阪で!と申し訳なさそうに言うが、俺たちの家の目と鼻の先なので何も問題はない。
帰りの道中に沢山のサービスエリアに寄り、B級グルメを堪能し、夕方の琵琶湖を眺めたり寄り道をしながら眺めの時間をかけて大阪に帰ってきた。
セントレジスで2人を下ろし、ドアマンに荷物を引き継いだ。
「ありがとな、ブラザー!」
「京都楽しかったわ!アキラ、ありがとう!」
「ダニエルもマーガレットも、楽しんでくれたみたいで、こちらこそありがとうだよ。またみんなで旅行行こう!」
「2人ともまたね!」
「おう!またな!ありがとう!」
「えぇ!また近いうちに女子会でもしましょ!ありがとう!」
ダニエルとマーガレットに見送られて俺たちは家に帰る。
駐車場に車を止め、荷物を出し、エレベーターを待つ。
数分待つとエレベーターがやってきて、最上階までノンストップで駆け上がる。
最上階を全て買い占めたことにより、霧島家しか住んでいない。そのため、最上階へは指紋認証でロックを解除せねば行くことはできない仕様になっている。
エレベーターのドアが最上階で開くとすぐに玄関があり、そこをまた指紋認証式の鍵で開く。
玄関扉を開くと、広い玄関スペースがあり、そこにはアンディウォーホールの直筆のサインと通し番号付きのシルクスクリーンが飾ってある。
とりあえずその玄関スペースに、今回の旅行で使用した大きなリモワを置いて、リビングに向かう。
「あぁー、お疲れ様、ひとみ。」
「あきらくんも三日間運転お疲れ様でした。」
「いや、みんな楽しんでくれてよかった。」
「というかあきらくん詳しいね、なんでも。」
「いや、昔からそう言う雑学好きでね。
高校時代には高校◯クイズの全国大会にも出場したんだよ。優勝はできなかったけど。」
「えっすご、えっ?」
「ほんとに。」
「えっすごい。えっ、すごい!」
「でしょ?」
「なるほどだなぁ。」
「もっと尊敬してくれてもいいよ?」
「これ以上もう尊敬できません!
リミットです!」
「あらま!」
そんなアホな話をしながら、ひとみは晩御飯の用意を始める。
「あきらくんお腹減ってる?」
「そうでもないかも。」
「じゃあ軽めにしとくね。」
「じゃあ荷物整理してくる。」
「お願いしまーす。」
「はーい、お願いしまーす。」
そう言ってリビングを後にすると、玄関に向かい、スーツケースを開く。
まず使用済みの下着類や服を取り出し全てをランドリースペースにある洗濯機に放り込む。
この時、ひとみの下着類などはネットに入れることは忘れない。
そして重要なのがここで濡らした雑巾と湿らせたゲキ落ち君を入手すること。
そしてまた玄関に戻り化粧品のトラベルキットなどをスーツケースから出すと、スーツケース全体を雑巾で綺麗にする。
タイヤももちろん綺麗に拭き上げる。
そしてスーツケースについた雑巾で落ちない汚れをゲキ落ち君でこそぎ落としていく。
それらの過程を経てピカピカになったスーツケースと、横に置いておいたトラベルキットを持ってスーツケースなどトラベル用品をおいておくためのウォークインクローゼットに向かう。
この家の中には5つのウォークインクローゼットがあるが、トラベル用のウォークインクローゼットがまた遠いのだ。
家の中を数分程度歩く必要がある。
家の中を徒歩数分というのはどんな家なのだろうか。こんな家である。
そんな益体も無い事を考えつつスーツケースを引いているとウォークインクローゼットに到着した。
扉を開くと、小さいものから大きなものまで、色とりどりのいつの間にか増えた9台のリモワが出迎える。
そこに10台目のリモワを置き、棚にトラベルキットを収納する。
この棚の中にはトラベル用の化粧品がぎっしりと詰まっている。
なぜかというと、ひとみは新しい化粧品が出るとすぐに欲しくなってすぐに買う癖があることに起因している。
ひとみは、前のものが残っている状態で新しいものを買うと決まって後悔をするのだが、その前のものを捨てるのはもったいないということでトラベル用として活用している。
これを我が家ではトラベル行きと呼ぶ。
このウォークインクローゼットの中にはトラベル行きの化粧品が銀座三越の化粧品売り場に売り場を開けるほどある。
銀座三越の化粧品売り場がどれくらいの化粧品を扱っているのかは知らないが、とにかくたくさんある。
ちなみに、俺はそのことに関して文句を言うつもりは全くない。
なぜなら俺は化粧品をほとんど買わないが、靴を親の仇ほど買ってしまう癖があるからだ。
足は2本しかないのに。
俺はトラベル行きの化粧品を持ってはいないが、トラベル行きの靴がある。
そう、俺は毎日違う靴を履いたとしても、1年間は被らないくらいの靴を持っている。
なので文句を言えないし、言うつもりもない。
むしろひとみがさらに綺麗になるのならもっと買ってもいいくらいだ。
ご飯ができるまでは暇なので、トラベル用ウォークインクローゼットの中の革靴の手入れをする。
今日手入れをするのはTricker'sのカントリーブーツと、Church’sのフルブローグシューズだ。
靴を手入れするのは好きなので、ワクワクしてきた。
前に塗った靴墨を取り除くためにステインリムーバーを使い磨く。
革の栄養剤を塗り、ブラシで磨く。
革を光らせるクリームを塗り、さらに磨く。
そして爪先には鏡面加工をするためのクリームを塗り、さらにさらに磨く。
爪先が上品に光り輝いてきたところで、ふと我に返ると、ひとみがじっと靴を見ていた。
「あ、ひとみ。」
「お、あきらくん。」
「どうしたの?」
「いやご飯できたから呼びにきたんだけど、あきらくんが熱心に靴を磨いてたから。
見てたらなんか気持ちよくなってきたからずっと見てた。」
「あぁ、なるほど。」
「靴磨き見てるのってなんか気持ちいいね。はまりそう。」
「あ、わかる?なんか気持ちいいよね。」
「あとあきらくんの手つきもなんかカッコいい。
それと、ブラシで靴を擦る音が耳に心地いいね。」
「そうそう、ブラシかけるのも気持ちいいよ。
擦ってみる?」
「うん!!」
「はいどうぞ。」
ひとみに、擦るだけでツヤが出るほどによく育った仕上げ用の豚毛のブラシと最近手入れしたばかりのアレンエドモンズのパークアベニューと呼ばれる内羽ストレートチップのモデルを手渡す。
ちなみにこの豚毛ブラシは3万円くらいする特注品だ。
ウォークインクローゼットの中には、シャコシャコという靴を擦るブラシの音ががこだまする。
「あー、これはハマるわ。」
「こっちはどう?」
次にひとみに渡したのは埃落とし用として使っている馬毛ブラシと、近いうちに手入れしようとしていたドイツの革靴メーカー、ハインリッヒディンケラッカーのリオというモデルの靴を渡す。
「いや、靴重っ!」
「でもすごく歩きやすいんだよ?」
「へぇー。
あ、これもすごい気持ちいい。
あっ、おー、気持ちいいよ音がいいね。」
「そうでしょうそうでしょう。」
数分擦っていると、ひとみが大事なことを思い出した。
「あ、ごはんできたから呼びにきたんだった。」
「おお、そうだった。」
靴磨きセットを所定の位置に片付けるとすぐにリビングに向かう。
台所で手をよく洗い靴墨の汚れを落として食卓に着く。ちなみにうちのハンドソープはAesopだ。
無事旅行から帰ってきたので、特別な日に飲むことにしているすぐに冷酒で飲めるようにして日本酒専用セラーで保管しておいた十四代の龍泉を徳利に入れる。
十四代の龍泉とはプレミアが付いているような、大変に素晴らしいお酒らしいが、大学の近所の酒屋さんでたまたま見つけた。
やはり運が良い。
酒の用意ができたところでひとみと乾杯。
「「乾杯!」」
ちなみにひとみは大好きなジャスミンティーを冷やして飲んでいる。
今日の献立は、辛味を効かせたきんぴらごぼうとナスの揚げ浸しと、豚汁とご飯である。
これにつまみとして、カラスミを少し切ってもらった。
控えめに言って最高である。
「ひとみのご飯美味しすぎてほっぺたなくなりました。移植お願いします。」
「これはひどい。今夜が山ですね…。」
相変わらずアホな話を繰り広げながら夜が更けてゆく。
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