第43話 霧島 一人旅に出る③
激動の一日の翌日、オテルドゥパリに予約してもらった部屋のテラスで、
私はアフタヌーンティーをいただきながら、ため息とともに、今日の出来事を思い返していた。
いつも通り、早朝に起床して、シャワーを浴びる。
朝食はルームサービスで。
食後は柄にもなくストレッチなんかしたりして。
後は、することもなく暇になったのでカジノに向かった。
朝食を食べたあと、
昨日買ったキーケースに鍵をつけようとしたのだが、i8の鍵が大きすぎて付けられなかったため少し不機嫌である。
どうして店で試さなかったのか。
ちなみにキーケースのデザインの名前はベアンというらしい。
エルメスにおいてはよく見るデザインだが、それは財布だけを指すものと思っていた私にとっては目から鱗だった。
「この形のことをベアンっていうのか。」
エルメスで教えてもらった時、思わずそう口に出していた。
カジノに入ると、黒服が駆け寄りVIPフロアでの案内を開始しようとしたが、それを制し、単なる時間潰しなのでここでいいと伝えた。
しかし、その黒服にはそれが言葉どおりに伝わらなかったらしく、これは大ボスによる抜き打ち検査だと受け取ったらしい。
検査だと言われると、頑張らなくて良いことまで頑張ってしまうのは人間の性である。
そうして一般フロアにいたにもかかわらずVIP並みの待遇を受けてしまった霧島。
一般フロアの霧島だけがその扱いというのも、逆に霧島の不興を買う恐れがあると考えたカジノスタッフは、他の一般客の扱いもVIP同様に接した。
VIPフロアでの接客はさらにその上をいく。
なんか気を遣わせてしまったな、と逆に恐縮する有様の私。
今日はロレックスを休ませる日と思って遊びで勝負しているため、勝ち分も大きくない。
なんだか落ち着かないなと心の中で苦笑いしたが、スマートフォンにエマからの連絡が入った。
1時間後に迎えにいくから準備をしておいてくれとのこと。
「急すぎるだろ。」
換金する暇もないので、すぐに手持ちのチップをすべてディーラーに渡し、みんなで上手いことやってくれと一言。
周りは沸いたが、そんなことにかまっていられず、急いで部屋に戻る。
飛行機に乗る時の緩い服装に着替え、財布に前もって準備していたユーロ紙幣を封筒から出して2〜30枚くらいぶち込む。
多分日本円で100万円くらい。
200ユーロ紙幣で、1ユーロ160円として
1枚3万2千円か。
でかいな。
と思いつつ準備を進める。
するとエマがくるまで約15分を残したあたりで準備が完了したので、部屋に備え付けのネスプレッソマシンでコーヒーを淹れる。
コーヒーを飲み始めたところでエマが部屋にやってきて、エマの分もコーヒーを淹れてやる。
「今からのタイムスケジュールをお伝えします。
まずこれから車に乗って香港国際空港に向かい、飛行機に乗ります。
ニースのコートダジュール国際空港まで直行なので10時間ちょっとくらいです。
空港に着くとそのままヘリに乗ってモナコまで直行します。
所要時間は10分ほどです。
モナコのヘリ着き場に到着しますと、車が待機しておりますので、車に乗ってそのままオテルドゥパリに向かいます。
オテルドゥパリに到着すると、ドアマンが荷物を持ってくれますので、そのままフロントに直行して名前を言うだけです。
それでは向かいましょう。」
エマが私のスーツケースを持つと先導し始めた。
「スーツケースくらい自分で持つよ。」
「私はボスの秘書です。仕事を取らないでください。」
エマはそういうと快活に笑った。
ベネチアンマカオの車止めで待っていると、黒塗りの高級車がやってきた。
「これで行きます。」
「ま、マイバッハS650」
マイバッハとは走るホテルとも言われる高級車である。
マッサージ機がシートについていたり、とにかく至れり尽くせりの高級車。
ロールスロイスと並ぶレベル。
1時間ほどすると、香港国際空港の自家用機専用ターミナルまでにやってきた。
ターミナルに着くと、そのまま真っ直ぐ歩くだけで車に乗せられ、飛行機に乗せられた。
荷物はすでに中に積んでありますので。
「モナコでの武勇伝を聞かせていただけるのを楽しみにしてお留守番しておきますね。」
エマはそういうと手を振って別れた。
流れに身を任せて飛行機の中に入ると、その内装の豪華さに度肝を抜かれたが、サンズグループの上客を乗せるためだけの飛行機だから、という理由で納得した。
中に入ると、専属のCAに出迎えられ、自己紹介された。
「本日霧島様の空の旅をお手伝いさせていただきます、リーと申します。
何かが不明な点などございましたらなんでもお申し付けください。
お暇な時は、暇つぶしにも付き合いますよ」
CAのリーさんは無邪気な笑顔でそう言った。
「ありがとうございます。
こちらこそよろしくお願いしますね。」
そんなアイスブレイクの会話からリーに内装の説明を受ける。
基本的にホテルでできることはここでもできる。と説明され納得した。
リーと暇つぶしに世間話をしたり、食事をしたり、風呂にはいったり、昼寝をしたりしているうちにコートダジュール国際空港に到着しヘリに乗り換えた。
エマの言う通り、10分ほどでモナコに到着すると、マカオで乗ったメルセデスと同型のマイバッハが止まっていた。
運転手から挨拶をされ、助手席に乗り込むとすぐに出発し、オテルドゥパリへ。
オテルドゥパリに到着するとドアマンが運転手から荷物を受け取り、フロントに案内する。
フロントでは、「こちらが霧島様のモナコでの足になる車の鍵でございます」と封筒に入れて車の鍵が渡された。
乗りたいときは鍵をドアマンに渡せば、ドアマンが車を回してくれるらしい。
そのままベルボーイに荷物が受け継がれ部屋に案内される。
部屋ではベルボーイがダイヤモンドスイートのお部屋です。
と案内を開始する。
怒涛の展開に、もはや理解が追いつかないままベルボーイにチップを渡す。
思考が働いていなかったため財布に入っていた200ユーロ紙幣をそのまま渡したが、そのことにはついぞ気づかなかった。
だって細かいのないんだもん。
ベルボーイの案内が終わり、部屋に一人取り残された私はクローゼットを見る。
約束通り、オーダーメイドのタキシードとシャツ、ネクタイ、靴が全て揃っていた。
エマに連絡する。
「エマ?全部が全部豪華すぎない?」
「私はしかるべき対応をしただけですので。
私としても自分のボスが舐められるというのは耐えられませんので。
モナコ、たくさん楽しんでくださいね。」
エマはお得意のいたずらな笑みで笑ったような口調だったが、その厚意によるものだと思い、感謝しておいた。
電話を切った部屋のドアをノックする音が響いた。
ドアを開けるとホテルのスタッフがアフタヌーンティーの準備が整いましたのでと、ケーキや紅茶が乗ったワゴンを押してスタンバイしていた。
「お願いします」というと、テラスにアフタヌーンティーの準備がなされ、どうぞごゆっくりと、スタッフは去っていった。
そして冒頭のシーンに戻る。
「今日一日強行スケジュールすぎるだろ……。」
とりあえずゆっくりした。
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