第94話

この大宴会ののち、後日改めてひとみの家で結納しましょうという運びになった。








そしてやってきた結納の日。


結納を受ける準備のため、数日前からひとみは実家に帰っている。


自分も実家に帰って結納の準備を進めた。






本日もメルセデスベンツS65 AMGロングで結城家へと向かう。

霧島家から結城家へは公共の交通機関を使うと地味にめんどくさい距離なのだ。

近くもないが、遠くもない。

新幹線もつながっていないし、飛行機飛ばすような距離でもない。



今度JR西日本を買収して直通の新幹線でも作ろうかと父が言っていた時は冷や汗が出た。

笑いながらできるの?と聞くと、金額だけの問題でいうとできると言われた。

知らない間に自分がどれほど稼いだのか恐ろしくなった。




結納品は霧島家の伝統セットが13品があるらしく、それを持参。

酒肴料などといった最近の方式ではなく本物の現物。鯛も生の明石海峡で取れた鯛。


今回はそれに加えて反物を。そして結納金。などなどなど。


結納金に関しては今回は現金で10億円用意した。

めちゃくちゃでかい。

ヴィトンのアルゼール2つにパンパンに詰めてトランクに放り込んである。

それでも入りきらなかった分は紙袋に入れてトランクのギリギリ残っている空きスペースに入れている。


結納金とはこちらの資力を示すもので、相手の親に、あなたの大事な娘さんに貧しい暮らしはさせませんよ、という意思表示のようなものらしい。




そして服装。


父と自分は五つ紋付の羽織袴。


母は黒留袖の五つ紋付だ。


五つ紋付とは両胸両袖背中の中心の五箇所に家紋が入ったタイプで、一番格式が高い着物だ。





昔はなんで着物の着付けなんかさせられるんだろうと不思議に想っていたが、やはり歴史が古い家ということだったんだろう。


今では自分で着付けができるようにしてくれた家のしきたりに感謝している。


「黒のAMGロングでさ。」

おもむろに私が切り出す。

「うん」

父が答える。



「現金トランクに突っ込んでさ。」

「うん」


「誰か手打ちにするん?」

「なんてことを。」


「紋付着てたらアウトだったから今回私服で行ってんのよ」

母が答える。

「確かに一発で車止められそう。」






ひとみは今日は振袖着てくれるらしい。

こちらが五つ紋付で行くと伝えておいたため、幸長さんとあやめさんも五つ紋付にするようだ。




そして、ひとみの家に着いた。

ひとみの実家の大邸宅、通称「御殿」に到着してから思ったのだが、玄関ってどこだろう。




するとイチが来た。

一とは結城家筆頭従者の一だ。




「お久しぶりですあきら様。


本日はおめでとうございます。」




「あぁ、一ありがとう。車どうしようか。」




「ご案内いたします。」




一の案内に従うと、いつも入城する入り口の真横に車を横付けで止めさせられた。


ちょうどスペースシャトルが宇宙ステーションとドッキングするような形だ。




「車の鍵はそのままでお願いします。」




「う、うん。」




「荷物はございますか?」




「一応トランクと後部座席に。」




「かしこまりました。」




運転席と後部座席のドアが開けられる。


左ハンドルなので、降車するとそのまま真っ直ぐ進むだけで入城だ。




「それではご案内申し上げます。」




「お願いします。」




「まずは更衣室に。」




「はい。」




一行の後ろには車に置いてきた荷物を全て持ってついてきてくれる従者の方々がいる。




「こちら結納品はもう準備してきて構いませんか?」




「あ、私行きます。」

母が手を挙げる。

霧島家のしきたりの一切は、既に母が取り仕切るようになって長い。

母に任せれば問題ないだろう。

うちの持参した結納品も品数が多く、その結納品のセッティングには霧島家のやり方があるらしい。




「かしこまりました。ではお着替えなど準備が整いましたら更衣室のベルでおしらせください。」




「はい。お願いしますね。」





「すいません、嫁さんの実家の人に手伝わせて。」




「いいえ、私は結城家の人間ではありません。私は霧島家の従者でございます。」


あきらはなるほどと思った。

これが結城家のもてなしなのだと。


家がでかすぎて、普通の常識が当てはまらないこの家ではどうしても相手に気を使わせてしまう。

恥をかかせてしまうこともあるかもしれない。

だからスムーズに事が運ぶように従者を貸し出す。


それも結城家の施しとして従者を貸し出すのではなく、結城家に来られたお客さんのお家の方というテイで。


本物のおもてなしの心を感じた気がした。






更衣室に案内され、紋付袴に着替えると、黒留袖に着替えた母が準備を終え戻ってきた。




「大広間すごかった。」




「まじか…。」




「なんか俺まで緊張してきたよ。結納するのあきらなのに。」




「そろそろお準備、よろしいですか?」




「大丈夫です。」




「かしこまりました。それでは大広間までご案内申し上げます。」




「はい、お願いします。」




案内される道を進んでいくと、どうやら前と違う道を進んでいる。




「今回は以前の大広間ではないんですか?」




「以前の大広間は、実は大広間ではありません。」




「!?」




「あれは大旦那様の執務室です。


時々あそこで会議されることもあるためあのような狭さになっているのです。」




「なるh…狭い?」




「今からご案内する広間はもっと広いです。」




「わぁ…。」




「それでは到着致しましたので御入室を。」




新郎側から大広間に入室し、後から新婦側が入室する。




入るとでかい。


金持ちの家が丸々すっぽり入るくらいでかい。


天井もアホみたいに高い。


庭側の襖が全部空いており、春の暖かな日差しが部屋の中まで差し込んでいる。

庭には赤い毛氈もうせんが引かれ、雅楽の生演奏が行われていた。




「さっきから聞こえてた音はこれか……。」




横を見るとアホほど広い床の間があり、大木のような咲き誇る桜が飾られている。

よく見ると鉢植えでもなんでもなく、床の間をぶち抜いて地面から生えている。

どうやら桜に合わせて部屋の大きさを変えてきたらしい。




桜に合わせた結果この広さというわけだ。


春は室内で花見ができて良い。

ちなみにこの大広間は春の間しか使わない大広間らしい。

四季に応じた大広間がある家、それが結城家だ。




しばらくすると幸長さんとあやめさんに連れられて美しい振袖姿のひとみが現れた。

その美しさは言葉を絶するほどで、この世の全ての芸術が束になっても叶わなかった。




しばらく見とれていると、父幸隆の咳払いとともに結納の儀が始まった。






式自体はつつがなくすすんだ。


特注の家紋入りの桐箱に入れ、家紋付きの正絹の布 (袱紗ほどの大きさではないので布としか言いようがない。)で包んだ結納金現金10億を出した時は流石に幸長さんあやめさんの顔も引きつった。


初めてそんな顔をした2人を見たのでとても満足できた。






結納の儀が終わると、庭に出て、先程結納品として出した茶を使って野点のお茶会に移行した。

ちなみにこのお茶は我が家で所有している茶畑のお茶だ。

めちゃくちゃおいしい。




マナーはよくわからんがそれなりなそれっぽくできたと思う。




そして最後はやはり宴会。


宴会に関しては専用の宴会場があるらしい。




結城家の従者の方々も入り混じっての大宴会だ。


従者の方々はひとみが小さな小さな頃から面倒を見てきた。


そのひとみがとうとう結納。


感極まらないわけがない。


感極まった男衆が、あきらに飲み比べを挑んだ。




それをたまたま見つけたひとみは頭を抱えた。

ひとみはあきらの酒の強さを知っている。

あぁ。屍がまた量産される。


悲劇は繰り替えす。


さまざまな感情が己を駆け巡る。




霧島の男衆は鬼ほど飲む。

しかし、ひとみの父も負けてはいない。

なんと、酒が強くないのにかなり飲む。

いわゆるゾンビなのだ。飲んで潰れてまた飲む。




女性の従者の方々やあやめさん、母ひろみは馴れ初めエピソードやラブラブエピソードを聴きにひとみとのところまでやってくる。




みんながみんなキュンキュンしていた。


あきらもそれに気づいていたが巻き込まれると顔から火が出て一気に酔いが回りそうだと思ったので、聞こえないフリをして従者の方々との飲み比べを続ける。




しばらく女子トークに興じていたがふと気づいた。

あきらはどこだ?


いた。



「あれー、最近酒しか飲んでないぞー?」


四斗樽が四つほど転がる大宴会場で、酒に潰された若き命たちを眺めながら、空になった四斗樽の上に半分だけ蓋をして腰掛け、柄杓でまだ中身のある樽から酒をすくって飲むあきらだった。




楽しい夜は更けてゆく。

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