第2話

いつものように、スマホをいじりながらテキストを広げ、窓の外を見ていた私、霧島。

四月の桜なんぞはとっくに散り去って、やや殺風景となっている大学構内。

見ていても面白いものなんて全くないのだが、ぼーっとしているのが好きなのだろう。なぜか心ここにあらずといった風でつい見てしまう。



するとどうだろう。犬の散歩をしているご老人が通りかかった。




「そいえば、大学の中に普通に近所の人が通ってるっていうことも、大学入るまで知らなかったなー」


と、益体もないことを考えていると、そのご老人が突然転んだ。




「うぉぉい!?まじか!?」






田舎育ちで、ご老人に囲まれ、可愛がられて育った霧島はその様子を見て見ぬふりをすることなどできもしなかった。




そのご老人の犬も逃げた。


逃げたというか、そのご老人のことを放置して自分で散歩に行った。




「ダブルパンチ!!!!!」






すぐに裏口から講義室を抜け出した霧島は、まず犬の方に行った。


人が倒れてるのは誰か他の人が助けることはできるが、犬までは気がまわらないだろうと思ったからだ。


幸い動物には好かれやすい体質ということもあり、外に出ると犬の方から寄ってきてくれた。




犬を連れてご老人の方に向かうと、ご老人はまだ倒れていた。




「いや、これやばいんじゃないか?」


と思いつつ、ご老人に声をかける。




「おじいさん、大丈夫ですか!! おじいさん!! 意識ありますか!?」




意識がない。


本格的にやばそうだと思い、携帯ですぐに救急車を呼ぶ。




少し離れたところにいた男子生徒を呼び、事情を話しAEDを持ってくるように指示した。


内心で、予想外に大きいことになっていることにドキドキしながら、車の免許の救急救命講座をちゃんとやってて良かったと感じていた。






救急車を呼んだときから繋がっている電話で、救急救命の指示を受けつつ、四苦八苦していると救急車が到着し、その救急車に同乗し病院まで向かう。




講義どうしよう…と、普段なら全く思わないことを考えている霧島だったが、まぁそれはどうにでもなるか。と考えることを放棄した。


救急車の中では、救急隊員から状況など、様々なことを聞かれていたが、あまり答えられることはない。




そうこうしているうちに、ご老人の容態は安定し、どうやら命に別状はないことがわかった。


病院に到着し、ちゃんと各種検査を済ませ、正式にお医者様から命に別状はないというお墨付きをいただくことができ、やっと一安心した。




帰ろうとすると、ご老人の意識が戻ったらしく、挨拶をしたいとのこと。




もちろん断るつもりは毛頭ないので、ご老人の元に向かう。





「失礼します」


そういって霧島はご老人の部屋に入る。






「おぉ!君が霧島君だね!助けてくれてありがとう。

私は心臓に持病があるから、あそこで君が助けてくれなかったらおそらく大変なことになっていたと思う。

私の母校でもあるあの大学で死ぬようなことにならず、本当に良かったと思う。ありがとう。」




予想外に元気そうなご老人の様子に、私は多少面食らった。






「阪大ご出身なんですね、じゃあ大先輩だ。後輩として先輩を助けられたことを誇りに思います。

大先輩のお力になれたようで嬉しく思います。お体に気をつけてくださいね。」





「そういえば、自己紹介がまだだったね、私は中村義秀と言います。一応会社を経営しているよ。お礼と言ってはなんだが、何が良いだろうか?

最近の子の好みは、恥ずかしながらよくわからなくてね。

遠慮せずに言ってほしい。」






「いや、気にしないでください。おそらく、誰でもあの場に居合わせたら、中村さんを助けたと思います。だから、どうぞお気になさらず!


でも、どうしてもというなら、お食事でもいかがですか?貧乏大学生なもので、美味しいものとはとんとご無沙汰でありまして。笑」






しれっと、食事を要求するあたりが図々しいなと自分でも思う。




「若い者はそうでなくちゃならんな。よし、ぜひ美味しいものをご馳走しよう!日にちについては追って連絡するので、それでも良いかな?」




「やった!ぜひお願いします!それでは、くれぐれもお体に気をつけてくださいね!」






「そうだね、もう若くないんだから、くれぐれも体には気をつけて若い者には迷惑をかけないようにするよ笑」






「お食事楽しみにしてますね!それでは失礼いたします。」






病室を後にした霧島は、中村さんから頂いた名刺を眺めつつ、一食浮いたことを喜んで、食事に行くのを楽しみにしていた。


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