第45話
VIPルームは一般ルームのちょうど反対側に位置し、入り口も一般ルームとは異なる。
一般ルームには割とカジュアルな服装の客も見受けられたが、VIPルームにカジュアルな客は一人もいなかった。ディーラーも勿論蝶ネクタイだし、お客さんもほとんどがタキシードだ。
案内されながら、建物の説明を受けてた。
普通の人間ならカジノモンテカルロの内装にも、外観にも飲まれてしまうだろう。
その圧倒的な風格は見る人を圧倒する。
シャルルガルニエ設計のベルエポック様式の建物や、はかの有名なエッフェル塔を設計したギュスターフエッフェルによる豪奢な劇場もある。
見るだけでも満足してお腹いっぱいになってしまう。
おそらく、なんのプレッシャーも無い普通の精神状態であったなら、私も心から景色や建物を楽しむことまで来たのだろうが、今は勝負の時である。
程よい緊張感が身を引き締める。
まず私はヨーロピアンスタイルのルーレットに案内してもらい、空いている座席に座った。
ヨーロピアンスタイルとはアメリカンスタイルと異なり、ルーレットの数字が0〜36までの37個の数字で構成されている。
ちなみにアメリカンスタイルは0に加えて00もあるため38個である。
これも、アメリカにはアメリカンスタイルしかないし、ヨーロッパにはヨーロピアンスタイルしかないというわけでもなく、大体どこのカジノにも両方ある。
卓に着くと、ディーラーの顔が一瞬引きつった。
それもそのはず。
私はすでにルーレットで、実質的に、カジノを1つ潰したことがあるからである。
そんな話が伝わってないわけがない。
カジノにおいてはJRAなどの日本のギャンブルとは違い、誰がどれだけの額をかけようともオッズの変化はない。
そのため、ルーレットで1万ユーロを一つの数字に賭けようと、1ユーロを賭けようと、オッズは両方同じ32倍なのである。
これは洋の東西を問わず変わらない。
そのために、「理論上は」カジノが潰れるという話があり得るのだ。
そんなことはまず普通はありえないことなのだが。
こと、私に至っては、それが可能であることが実証されているために、カジノから恐れられる。
しかもタチが悪いことに、私の爆勝ちは全て運によるものなので決してイカサマでは無い。
カジノとしてもルーレットはイカサマができないゲームであるためにイカサマを疑うこともできない。
ルーレットでイカサマを疑ってしまうと、そっくりそのまま、そのカジノの信用に関わるのだ。
BJなど、ディーラーとプレイヤーの心理戦のようなゲーム、テクニックが必要なゲームであるならイカサマのしようがある。
しかし、物理法則に従って動くボールの行方は誰にも操作できない。
カジノ側ないしプレイヤー側が、予知または操作できてしまうとなると、もうそのカジノに信用はない。
以上のことから、カジノ側は私を疑うこともできない。
ちなみに、ギネスブックには黒が連続して24回出たという記録もある。
私は手始めに手持ちのユーロ紙幣のうち5000ユーロをルーレット専用チップに換えた。
「黒、オールイン」
ボールは黒に入る。
「赤、オールイン」
ボールは赤に入る。
「赤、オールイン」
ボールはまた赤に入る。
この時点で私の手元には4万ユーロ分のチップが積み上がる。
あっという間に日本円で600万円以上のチップが積み上がった。
ラスベガスやマカオなら少し卓がどよめくところだが、ここカジノモンテカルロにおいて、それは全く珍しいことではない。
世界中の富裕層が集まるここ、モナコで、さらにその中の限られた一部の富裕層のみ立ち入りを許されるVIPルーム。
掛け金の額も半端ではない。
一晩で1億ユーロ負ける者もいれば、一晩で1億ユーロ勝つ者もザラにいる。
このカジノモンテカルロに来ている人物が桁外れなのだから、もちろんそこで動く金額も桁外れだ。
伊達にロールスロイスが渋滞する街でナンバーワンのカジノの看板を背負っているわけではないということである。
そんな雀の涙みたいな多少の金額が動いたところでだれも何も気にしない。
周囲のプレッシャーを感じることなく、黙々とプレイしていく。
その状況が私にとっても心地よいため、その雰囲気を壊さずに頑張る。
適度に負けて、大きく勝つ。
これをひたすら繰り返すだけである。
これからはオールインなどと目立つような発言は控える。
すると1時間ほどで4万ユーロが80万ユーロ(約1億3千万円)に。
チップを目立たないようにさりげなく高額チップに交換する。
側から見ると、そんなに枚数が多いようには見えない。
しかしながらそのチップ1枚が1万ユーロの価値を持つことに気付けるのは一部の遊び慣れた富裕層だけである。
そしていま私の目の前で山のような100万ユーロチップを並べて、1億ユーロ規模の勝負を楽しんでいる本物の大富豪はチップ1枚がどれほどの価値を持つのかなどそもそも気にもしない。
私も、分散して掛けたり、負けてみたり、大きく勝ってみたり、隣の席の紳士や淑女と会話をしてみたり、自分からの注意を逸らしにかかる。
これがなかなかスリルがあって面白い。
なかなか勝ってるようですねと紳士に言われれば、たまたま調子がいいだけですよと、社交辞令を返す。
そのすぐあとに少し負けてみれば紳士の興味もほかに移る。
紳士も別に私を糾弾しているわけではないのだが、これは気分の問題である。
横断歩道の白くないところを踏むと死ぬ自分ルールと似たようなものだ。
そうして順調に勝ち進み、溜まったチップは300万ユーロほど。
日本円だと5億円弱くらいか?
5万ユーロチップが60枚と端数の少額チップが数枚だ。
5万ユーロチップを2枚だけ換金してもらい、端数の少額チップはディーラーにチップとして渡す。
換金すると10万ユーロ。200ユーロ紙幣で500枚。100の束が5だから、これくらいならギリギリ持てるなと思って愛用のルイヴィトンポルトフォイユブラザに入れられるだけ突っ込む。入りきらない分は内ポケットとクラッチにねじ込む。
ちょっと格好が悪いくらいパンパンになった。
残りの58枚のチップのうち10枚をカジノの他のゲームで遊ぶための共通チップに交換する。
残り48枚はカジノに預けておく。
明日も遊ぶためだ。
交換した10枚の共通チップを持って向かったのはバカラのテーブル。
ここ、カジノモンテカルロではプントバンコという名前である。
このプントバンコも、プント(プレイヤー)に賭けるかバンコ(バンカー)に賭けるか、タイ(引き分け)に賭けるかの3択しか無いためほぼ完全に運任せである。
しかしそのルールを考えると、バンコの勝率がわずかに高い。勝ちに行くならタイに賭けるのはまずありえない。
なので微妙なときや迷ったときはバンコに賭けるのが基本である。
ちなみに、プントに賭けて当たると2倍、バンコに賭けて当たると1.95倍、タイに賭けて当たると掛け金が戻ってくるのがオーソドックスな倍率だ。
ここでもオールインなどと目立つ掛け声はせず、大人しく勝負を楽しむ。
なんとなくなのだが、この場所で必死に金を稼ぎにかかることは、ひどく無粋に感じられた。
とは言っても負けるのは嫌だという煩悩はまだ捨てきれないでいるが。
豪奢な調度に囲まれ、ゆっくりと流れる時間を大切にする。
時折運ばれてくる一流のシャンパンを口に含み、香りを楽しむ。
まだ二十歳そこそこの私に味の違いは大してわからないが、うまい。ということだけはわかる。
もとは5万ユーロチップが10枚を握りしめて卓についたが、気づけば40と数枚、少額チップがほどほどに。
少額チップを全て心付けとしてディーラーに渡すと、40枚と少しの5万ユーロチップを先ほどと同じようにカジノに預ける。
預けるまで数えてなかったが42枚だったらしい。
現在の預けは90枚。
金額にして450万ユーロ。7億3000万円。
ぶっ飛んでるわ。
まだ時間はそれほど経ってないように思えたが、夕食には少し遅いくらいの時間になっていた。
「いったん切り上げるか。」
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