第99話 霧島 結婚式を挙げる

結婚式前日、ひとみは独身としての最後の日を過ごしていた。




籍自体はすでに入れているので、すでに独身ではないのだが。


なんにせよ結婚式というものは一つの節目である。




その節目の前日を共に過ごすのはもちろん両親だ。






「あんなに小さかったひとみがもうお嫁に行くのね。」




「もうお嫁には行ってるんだけどね。」




「とは言いつつも、やはり結婚式は大きなけじめになる。


立派な旦那さんを捕まえてきてくれてありがとう。ひとみ。」




「あきらくんが1人で挨拶に行った時に日本刀振り回してた人と同じ人が話す言葉とは思えないね。お父さん。」




「いや、それは…。」




「そうよ?パパ。


私はまだあきらくんにした仕打ちを忘れていませんからね?」




「ママぁ…。」




「お父さんすごく気持ち悪いよ。」




「すまん…。




そういえば、こんなこともあろうかと、ひとみのアルバムを持ってきたのだよ。」






「露骨にごまかしたな…。」




「ほら、すごいだろう。」




3人の目の前に鎮座しているのはひとみの20年史と銘打たれた立派な装丁のフォトアルバム。


200冊ある。


数えたので間違いはない。10冊1束に積み上げられており、それが20ある。






「え、なんでこんなに?」




「パパ…。」




「ひとみが生まれたその日からこっそり撮りためておいたのだ。


ちゃんと年代別に区分してある。」




「やることがストーカーじみてるよ…。」




「いくら実の娘でもこれは…。」




「ちなみに動画もある。」




「どれくらいあるの?」




「50TBのHDDがそろそろ満杯になる。


全て高画質化してあるぞ。今流行りのHD化というやつだ。」




「「すごい引くわ。」」




「ちなみにあきらとはよくこの動画を見ながらホームバーで酒を飲み交わしている。」




「なんてことを…。」




「むしろそんな親と仲良くできるあきらくんの度量がすごいと考えましょう。」




「そうね、お母さん。」




やいのやいの言いつつも、3人は昔のひとみの動画を見ながら、この時はこうだった、あの時はどうだったと昔を懐かしんだ。




映像を見終わり、ひと段落するとふと沈黙が落ちる。




「いよいよ、明日だな。」


口を開いたのは父だ。




「うん。明日。」


噛みしめるようにひとみがつぶやく。




「明日ね。」


母もしみじみとしている。




「そんな、戦争に行くわけじゃないんだから。」




「それはそうだけどやはり親としては感慨深いものがあるわ。」




「そうだぞ。パパも寂しいぞ。」




「お父さんも泣かないでよ。


式の一発目から出番あるんだから。」




「そういうひとみも泣いてるじゃないか。」




「お母さんなんかぐじゃぐじゃだよ。」




なんとなくの寂しさから3人は涙を流していた。




「おとうさん、おかあさん。


私を産んでくれてありがとう。


あきらくんと出会わせてくれてありがとう。


私のおとうさんとおかあさんは世界一です。


私も世界一のおかあさんになります。


あきらくんを世界一のおとうさんにします。


これまでありがとうございました。」




「うん…うん…。」


母は泣きながら笑顔でうなずいていた。




「おぅっ…えぐっ…ウッ…。」


子供のように泣きじゃくる父は言葉を発せないでいた。








一方その頃あきらは。






「お前もとうとう旦那になるのか。」




「そうやね。」




「まさかあんたがあんないいお嫁さん見つけるとは思わなかったわ。ねぇ?中村さん。」




「いやぁ私としても驚きだ。


あきらくんとの付き合いは私が倒れてかららだからもう一年が過ぎたのか。


一年とは思えないくらい濃密だったなぁ。」




「自分も中村さんとの出会いがなければここまで来ることはできませんでした。」




「私の方こそ。いや、あの時は死を覚悟したが、まさかあの時の君がここまで上り詰めるとは。」






「それもこれも全部中村さんのおかげですよ。」




「ほんとうに腕時計だけの力でここまできたと思ってるかい?」




腕時計のことを知らない両親や清水、ダニエルはポカンとしている。




「えぇ、もちろん。」




「あれはあくまでも君の補助でしかない。


きっと霧島くんがこれまで積んできたものが、あるきっかけで爆発しただけさ。


あの時計はあの引き金でしかないんだよ。」




とは言いつつも、あきらとしてはそんなちっぽけな効果しかなかったとは到底思えない。


競馬や株、スキーなどはもちろん、日常生活ほぼ全て時計の力でのし上がってきたと思っている。




「あきら、時計ってなんのことだ?」




「今俺がしてる時計は中村さんからいただいたものなんだ。


その時計をつけるようになってから運が向いてきたっていう話。」




「なるほど。験担ぎみたいなものだな。」




験担ぎほど気休めでもないのだが、そう納得してくれたならそれで良い。




「それでも、引き金をくれたのは中村さんですし、私自体が幸運体質になれたのも時計のおかげです。」




「その奢らない人柄と成功者になっても謙虚な気持ちがみんなを惹きつけるのさ。」




「だといいですが…。」


元々はこれほどの成功者になるとは毛ほども思っていなかった。


せいぜいパチンコや競馬で大勝ちして、遊んで暮らせるほどの幸運でよかった。


しかし今では、幸運どころか豪運だ。


運だけで兆に手が届くほどの資産を築き上げ、愉快な仲間も手に入れた。




率先して金を使う霧島家のおかげで日本は空前の好景気に沸いている。


その空前の好景気の引き金となった、日本中の名だたる大企業の株式を親の仇のように取得しまくっている霧島家には、重役交代の折に新しい重役が「霧島詣」といってわざわざ挨拶をしに来るようになった。




結婚式を前に資産管理会社はプライベートバンクをスイスに設立した。


いまこうしている間にも資産は億単位で増えていっている。






「それでも自分は中村さんのおかげで運を拾うことができました。」




「そう言ってくれるとありがたいね。」




「中村さんには感謝してもしきれません。」




「ありがとう。」




「もちろん父さんと母さんにも感謝してる。




俺を産んでくれてありがとう。


ここまで育ててくれてありがとう。


ひとみと出会わせてくれてありがとう。




そして、これからもよろしく。」




父と母は目頭を押さえていた。


なぜか清水とダニエルとジェニファーも目頭を押さえていた。




「みんな泣くなよ。特に清水。」




「俺はお前と友達でいれてよかったよ。


これからもよろしくな。」




「バカ当たり前だろ。


互いが死ぬまで走り続けるぞ。」




「俺のことも忘れてもらっちゃ困るぜ!」




「もちろんダニエルもよろしくな!」




「おう!ゴブノサカズキだからな!」




「そうと決まれば!」




「「「「「カンパーイ!!!!」」」」」






大宴会が始まった。








「ねぇ、霧島くん。」




「おぉ、マミマミ。」


振り向けば懐かしい顔だ。


今日はおめかししていつもより少し綺麗に見える。


「またマミマミって呼ぶ!」




「仕方ないだろ、マミマミはマミマミなんだからマミマミのままだよ。」




「まぁいいけど。」


不承不承というふうを装っているが、嬉しそうである。






「そんなことより、今日は来てくれてありがとう。マミマミは飛行機組だったよね?」




「うん、今日着いたよ。飛行機のビジネスクラスなんて初めて乗ったよ。」




「まぁ貸切だからな。」




「お金持ってるんだなぁ。」




「そりゃあそれなりにはね。」




「無駄遣いしちゃダメだよ?」




「しないよ。」




「その顔はしてる顔ですねぇ。」




「してないしてない。」




「まさかこの島も買ったとか…。」




「っ…!」




「そして結婚式場も建てちゃったとか…。」




「っっ…!!!」




「図星ですね。」


幼馴染の慧眼には恐れ入るばかりである。


「御見逸れしました。


なんでわかんの?」




「何年一緒にいたと思ってんのよ。」




「幼馴染ってすげぇ。」




「まぁいつか気が向いたら霧島くんの第3夫人くらいにはなってあげるよ。


その時までちゃんとお金があればね!!!」




「はいはい、期待しないで待ってるよ。」




「またそうやって子供をあやすみたいに!」


マミちゃんは肩を怒らせて何処かへ去って行った。








〜〜〜〜〜〜〜〜〜


マミside




言ってしまった!!!!


明日結婚式を迎える既婚者の幼馴染に第3夫人なんて言ってしまった!!!!


テンパり過ぎた!!!!




しかもなんで第3!?!?




第2を飛ばしたのはなぜ!?




せめて正妻の座を奪うとか言えばかっこよかったのに!!!


いや奪わないけど!!!


いや奪いたいけど!!!




顔が火照って火照って仕方ない。


これは恥ずかしいからではない。


飲んだこともないような高級シャンパンをガブガブ飲んでしまったせいだ。


そうに違いない。

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