第4話
お店の中に入ると他にお客さんはおらず静謐な空間が広がっていた。
「もしかして・・・貸し切りですか?」
「もちろん!
霧島君は命の恩人なんだから。
ざわざわしたところだとちゃんとお話しできないでしょう。」
確かに貸し切りなら普段着だろうと作業着だろうとなんでもいいけども・・・
中村さんの気遣いに余計に気後れしてしまいそうになる。
気を取り直してカウンターに腰掛ける。
中村さんは貸し切りでもカウンターに座る方が好きみたいだ。
中村さんは大将と2、3言葉を交わして料理を持ってくるように伝えていた。
さっきまでの気後れのことなんか忘れて、私の心は期待と気合でいっぱいになった。
~~~~~~~~~
さえ喜でのお食事は
一言で言うなら夢のような時間だった。
ネタは口の中でとろけ、シャリは口の中で解ける。口の中で様々な喜びが融合され、後に残るのは至福のみ。
そんな夢のひと時だった。
日本でも有数の魚どころに生まれ、物心ついた頃からうまい魚ばかり食べて来たが、もはやそれとはわけが違うといった寿司を堪能した。
「仕事がしてある料理」とはこういうことなんだと実感した。
店を後にし、車の中で中村さんは私にこう切り出した。
「命を救ってもらっておきながら、寿司程度で恩返しができたとは私は考えてはいないよ。でも話して思ったが霧島君はこれ以上の恩返しは逆に恐縮してしまうようだね。」
中村さんは苦笑気味に話した。
「いや、まさにその通りで。たまたまあの場に居合わせただけの自分がこれ以上のものを要求することなんかできませんよ!!!」
「だとしても、妻もいないし、もちろん子供もいない僕にはその優しさが何よりもありがたかったんだよ。
今僕が斃れてしまうと会社も、会社が関わっている仕事も何もかもが大混乱になってしまう。
だから遠慮しないでくれていいんだけどね。
だから、僕から君にこれを渡そうと思う。」
中村さんが天涯孤独だということは、寿司を食べながらいろんな話をしているうちに知ることができた。
仕事が楽し過ぎたせいで結婚に興味が湧かなかったらしい。
自分が結婚について考えられるようになった頃には全てが遅過ぎたとは本人の談だ。
混み入った話になるがパートナー的な存在は長年ずっといるらしいのだが、もはや妻というよりは相棒。
パートナーの方がしっくりくるらしい。
そう言いながら中村さんは私に一つ腕時計を渡した。
その腕時計を見て、ブランドに驚愕した。
「ろ、ろ、ろ、ろれっ、ろろろ、ロレックス……!」
「これは僕が大事にしてる、ロレックスの時計だよ。幸運の時計だと思っている。僕がまだ若い時に苦労してなんとか貯めたお金で、このロレックスを買った。そこから運が回り始めて、僕は今の地位を築いた。だからこそ、命を救ってくれたお礼にこの幸運の時計を君にあげるよ。
あ、僕はまだ幸運の〇〇シリーズまだたくさんもってるから気にしないでね!」
「そ、そんな!いいんですか!?ほんとに頂いても!?!?!?高価なものなのに!?!?」
「大丈夫だよ、僕は時計も好きでたくさんもってるからね。
なんとなく霧島君とは趣味も被りそうだからと思ってこれを選んだんだけど、霧島君好きでしょ?これ。
だからもらってくれないかな?」
「……わかりました。いただきます。もし、この時計のおかげで僕も中村さんと同じくらいの地位を築けたら、中村さんをお寿司に連れて行きますね!!!!ありがとうございます!!!!!」
中村さんは、それでこそ僕の見込んだ若者だと、満足気に笑いながら私に時計を渡した。
車は石橋駅に到着し、私は中村さんと別れた。
とんでもないものをもらってしまったと思いながらも、人助けはやはりしてみるものだなと感じていた。
同時に、高級品をいただいたという話を聞いたとき「そんなことあるわけないだろう」といつも思っていたが、実はあるらしいということを実感を持って知ることができた。
その腕には先ほどもらったばかりのロレックスが輝いており、私は家路に着いた。
中村さんの電車みたいに大きなロールスロイスは遠く離れたが
それでもまだわかるくらい大きい。
この日から、私の豪運人生が始まった。
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