第52話
私の荷物は大きなリモワが一つと小さなリモワが一つ、さらに大きなバーキンが一つ。そして阪急で購入してきたお土産の袋が数十袋。
車の中には空のリモワとオータクロアも乗っている。
かなりの大荷物だったが、必要なものしか持って降りないので、レジスのカートにはちゃんと乗り切った。
ドアマンに連れられ12階のフロントに向かう。
いらっしゃいませの声に迎えられた。
「禁煙室でできるだけ上のフロアをお願いします。」
そう告げると、すぐに対応してくれた。
ホテルの部屋ではあまりタバコを吸わないので禁煙室をアサインしてもらった。
1泊くらいならホテルのバーで吸えばいい話だからね。
そして、案内されたのがグランドデラックススイート。
予想外に高級な部屋に案内されたが、ここに宿泊することを決めた。
ホテルマンに連れられ部屋に入ると、ベルスタッフに指示をして荷物を置いた。
ついでとばかりにベルスタッフが部屋を去る際に受け取ったばかりの四足のジョンロブを預け、靴磨きをお願いした。
部屋で一息ついて、食事をとるために、ホテルのイタリアンレストランであるラ・ベデュータに向かった。
海外では1人での食事も全く苦にならなかったが、日本ではなぜか周りの目が痛く感じる、
食事を終えると早々に店を退散し、セントレジスバーに向かった。
バーに着くとカウンターの端に座り、バーテンダーと会話を楽しんだ。
「ブラッディマリーを。」
「かしこまりました。もしかしてご存知で?」
「もちろん。」
周りから見ると意味がわからない会話である。しかし、これにはちゃんと意味がある。
知らない人も多いだろうが、ブラッディマリーというカクテルはセントレジスNYが発祥の地である。
それをどこで聞いたのか、知っていてブラッディマリーを頼んだのだ。
「霧島様はご旅行ですか?お仕事ですか?」
「いや、仕事の合間にやっと日本に帰ってきたので、郵便や宅配便の確認に。」
「なるほど。お若いのに世界中を飛び回って活躍されてるのですね。」
「いやいや、巡り合わせですよ。運だけはいいもので。」
「そんなことはありませんよ。素晴らしいことです。」
そんなたわいもない話をしていると横に1人の美しい女性が座った。
「隣よろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
怪しさは感じつつ、一応そう答えた。
「さっきちらっと聞こえてきましたけど、お若いのにご立派なんですね?」
そう言って色香が漂う笑みを私に向ける。
「いやぁ、全くそんなことはないんですが…」
話を聞かれていたことに居心地の悪さを感じつつそう答える。
なんとなく獲物を狙う目をしている、こんな女性はあまり好きではないなぁと思う冷静な部分もあった。
「なんのお仕事をされてるんですか?」
「株です。」
あえてぼかしてざっくり答える。
「まぁすごい!
その若さでこんな素敵なホテルに泊まれるくらいですから、成功なさってるんですね!」
「そんなこと言う貴女だってここにきてらっしゃるじゃないですか。
貴女は何をされておられるんですか?」
「私は飲食店を数店舗経営しております。
ぜひいらしてください。」
行かないだろうなと思いつつ、その女性が差し出してきた名刺を眺めた。
そこには北新地の高級クラブ街の住所と店の名前が書いてあった。
裏面には系列店舗の名前と住所が何店舗か書いてあり、この女性がかなりやり手であることがうかがえる。
名刺を出されたため、それを無視しては失礼にあたる。この心地よい空間を乱したくないので自身の名刺を返した。
私は自分の会社の名前で名刺を作っていないため、サンズの名刺しか持っていない。
しまった!と思った。
ちなみにサンズの名刺にはラスベガスサンズの社外取締役の肩書きとベネチアンマカオCEOの肩書きが全て英語で書いてある。
「会社に食いつかれたら嫌だな…。」と思いつつ、手渡す。
その名刺を見た女性の顔色は案の定すぐに変わった。
「サンズって、あのサンズですか?
あのシンガポールとかのカジノ大手の!」
「まぁ、そうですね…。」
「その若さで、そんなところまで登りつめてらして、素晴らしいですね!」
食いつきが良すぎてもはや恐ろしくなった。
笑って受け流していたら今から食事に行こうなどと言いだし、いよいよめんどくさくなってきたので、
「明日にはもう海外に向かうので、またの機会に。」
と角が立たない断り方をして、バーの会計を払おうとした。
するとそのやり手の女性が払うと言い出した。
「もう勘弁してくれ…。」と思いつつも、
「ではお言葉に甘えて。」と、その女性が会計を済ませている間に、
表面上は穏やかに微笑みそそくさと部屋に帰った。
ちなみに私の会計は100万円を軽く超えていたのをその女性は知らない。
あまりの品ぞろえの良さに、高級国産ウィスキーを飲みまくってしまった。
勘弁してくれという雰囲気を察したのだろう、バーテンダーが気を利かせてくれ、ホテルの裏を通してくれたのでとても助かった。
部屋に入ると、「疲れた…。」と呟きシャワーを浴びてバスローブを纏いベッドに倒れこんだ。
女性の圧力に疲れたのかすぐに眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます