第89話

4月のある日、霧島家を大きな衝撃が襲った。




「ふ、ふ、ふぉおぶす……。」




アメリカの経済誌、フォーブスからの取材申し込みがあった。

リビングでゆっくりとひとみとお茶をしていたらそんな電話が。






元々は実家に連絡が行ったらしく、実家でも判断はできないということであきらに直接連絡が来た。

取材申し込みは全部断っているはずなのに、実家から連絡先を教えてもいいかと聞かれたとき、どうしてだろうかとは思ったがまさかこういう形とは。




「はい、霧島さんに取材を受けていただきたいんですよ。」




その内容は、世界で最も稼いだ20代。




私は悩んだ。

ここで受けてしまうと、間違いなく自分のことが大っぴらになる。

これまで散々ひた隠しにしていたことが世間に公開されてしまう。




「すみませんが即答はでき兼ねますので、後日連絡差し上げます。」




「わかりました。良い返事を期待しております。」






届出や税金関係をきちんとし、節税対策もきちんとしていたが故にどこからか漏れバレてしまったのだろう。


私が去年一年で稼いだ、ファイブスが調査した限りの個人収入は7億ドル。

1年間で増えた純資産は79億ドル。


実質のところは、たぶんもう一つ桁が違うと思うのだが、調べ上げただけでも大したものだ。



ちなみに、79億ドルの純資産というのは20代だけではなく、今回のランキングに限って言えば全体のランキングでも一位である。






「参ったなぁ…。」


「何が参ったの?」




「あぁ、ひとみ。実はね、フォーブスから取材申し込みが来てて…。」




「受けちゃえ受けちゃえ。」




「そんな簡単にいうなよ…。」




「顔出しNG、直接取材NG、出版前に最終チェックはこちらでってことにすればいいじゃん。」




「そんなこと出来るの?」




「私がやろうか。」




ひとみはあきらから電話番号を聞き出し直接交渉し始めた。




15分後。




「いけたよ。あとはメールで私がやりとりするから大丈夫。


なるべく目立たないようにするから。」




「頼りになるなぁ。」




「そりゃ彼女ですから。」




「ありがとうございます。」




「ねぇ。」




「ん?」




「いつまで彼女にしとくつもり?」




突然の鋭いジャブに私は固まった。

頭の中のスーパーコンピューターが高速で演算を始める。

0.002秒ほどで計算結果をはじき出した。


『腹を括れ。』



「いいタイミングだからはっきりさせましょう。

いつまで私を彼女のままで置いとくつもり?」

ひとみからの追撃ジャブが刺さる。



「そ、そりゃあ…。」




「そりゃあ?」




あきらは腹をくくった。


「今日まで!!!!」




「え?」




「ちょっと待ってろぃ。」




「え?えっ?」




私は自分の部屋に戻り、クローゼットを開けた。


その奥底に眠る一つの小さな紙袋。


紙袋に書いてある店の名前はハリーウィンストン。




ひとみは、これまでに有名なアクセサリーショップにあきらを連れて行き、延々とブライダルジュエリーを見るという趣味を持っていた。

側から見れば結婚アピールまるわかりな行為なのだが、これがよく、頻繁にあった。


ただの冷やかし半分のアピールのつもりが、ジュエリー店巡りをした際に、ひとつだけ、ひとみが本気で気に入ってしまった婚約指輪があった。


値段ももちろん周りのジュエリーより一つどころか十ほど飛び抜けていたが、とても素敵なジュエリーだった。



それがハリーウィンストンの、いまあきらの手にある指輪だ。




リングピローをポケットに忍ばせ、ひとみの元に戻る。




「え?え?」




「ひとみ。いつもありがとう。


そして、これからもずっと俺の隣にいてくれ。」




ひとみの手を取り、立ってもらう。

あきらはその前に跪き、まっすぐにひとみの目を見つめ、指輪を差し出す。




ひとみの目にはみるみるうちに涙がたまる。


「うん……。はい…。お願いします。」


そのまま感極まって私に抱きつき号泣する。




「ちょっと…指輪はめさせてよ。」

抱きついたひとみに苦笑いしながらも

なんとも締まらないプロポーズになってしまった。






泣き止んでひとつ落ち着いたところで、ひとみはあきらに聞く。




「いつ買ったの、こんな高いもの。」




「この前中村さんとご飯行ったでしょ?」




「うん言ってたね。」




「その時に、彼女さん紹介してくれるかと思ったのにって残念がられたんだよね。」




「ほぉ。」




「そんで、結婚する意思がないんだったらともかく、結婚する意思があるならしっかりとその思いを伝えてあげなきゃダメだよ。って言われてね。」




「なるほど。」




「気づいたら次の日には指輪買ってた。


ほんとはもっといいところで、ムードがあるところでやりたかったんだけどね。」




「私が急かしちゃったから…。」




「いや、多分俺ヘタレだから、なんかのタイミングじゃないと言えなかったと思う。


ヘタレでごめんね。」




「ううん、全然いい。


腹をくくった時のあきらくんの顔も見れたし、プロポーズしてくれた時のあきらくんの顔も見れたし。


プロポーズしてくれてありがとう。


不束者ですがこれからもよろしくお願いします。」




「こちらこそ宜しくお願いします。」






あきらがひとみにプロポーズをし、ひとみがそれを受けたという話は、2人のことを知る者達の間を瞬く間に駆け巡った。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜


sideマミ




私が仕事を終え家に帰るとママから霧島くんが結婚するってことを聞いた。




「へぇー、霧島くん結婚するんだ。そっか。」




やっぱり会っちゃうとダメだなぁ。


なんとかなるんじゃないかって、もしかしたら脈あるんじゃないかって思っちゃうよね。




ほら、今だって。


お祝いしてあげたい気持ちでいっぱいなのに、涙が止まらないの。


わたしも霧島くんと結婚したかったなぁ。

初恋、実らなかったかぁ。




「マミ、いいの?」




「うん。それがあきらくんの選んだ道だよ。」




「…そっか。」




ご飯に行った時に、彼女いるって言ってた。


でも、私は諦められなかった。


私は何番目でもいい。


何番目でもいいから、霧島くんの歩く道を、一緒について行きたかった。


私も連れてって欲しかった。




明日からはもう忘れよう。


でも今日だけは許してね、霧島くんの奥さん。


「あっくん。大好きだったよ。


幸せになってね。


・・・ん?」


ラインだ。

誰からだろ。

タイミングが良すぎるというか悪すぎるというか。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜




side エマ




『そうですか…それはそれは。




ご結婚おめでとうございますボス。




はい。




はい。




はい、かしこまりました。』




ボスが結婚する。


どうも実感がわかない。


私のことも娶ってくれるものと思っていたから。




いや。ここで希望を捨てるのももったいない話だ。


私はまだ諦めない。




重婚こそ法律的には許されないが不倫は許される筈だ。不倫して逮捕された話は聞いたことがない。


倫理的な問題はこの際どうでもいい。


いや、しかし私の愛するボスに不道徳者のレッテルを貼り付けてしまうのは良くない。




どうしたものか。


しかし、あの2人がもう結婚か。


私もうかうかしていると行き遅れてしまうな。


行き遅れた場合は泣き落としてボスに拾ってもらおう。


大好きなボスに拾ってもらえるなら行き遅れても問題はない。


いやむしろ僥倖でさえある。




しかし今は素直にこの言葉を送ろう。


今私の目から溢れ出ている汗をぬぐい口を開く。


「愛するボス。結婚おめでとうございます。


私の分まで幸せになるのですよ。」




今日はヤケ酒だ。

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