第66話

ひとみを送ってからしばらくして部屋の電話が鳴る。




「霧島様、あと30分ほどで施術が終了いたします。」




「わかりました、ありがとうございます。」




バーに行くつもりだったのだが、部屋で今日買ったものの仕分けや、明日着る服の準備、ひとみからランドリーに出しておいてほしいと言われたものをランドリー室送りにするなど細々とした用事を片付けていたため、意外と早く終わるものだなと感じたが時計を見るとしっかりと2時間が経過していた。




「うああぁあぁあ」


変な声を出しながら背伸びをすると腰や足がバキバキと音を立てて伸びてゆく。




「さぁ、どんな仕上がりになったかな。」




ワクワクする気持ちを胸にスパまで迎えに行く。






スパの中でひとみを待っていると、神々しい光をまとってひとみが出てきた。




「あ、お待たせ!


バーにいるかと思ったら迎えにきてくれたんだね!」




「まぁ、そうやけど、なんか眩しくない?」




「それは私が美しいからよ。」




「…そうだね。」




絶対に違う。なんか物理的に眩しい。

と感じたがあえて言わないことにした。




「どんなエステしてもらったの?」




「あのね、すごかった。


まずシャンパンのお風呂とか初めて入った。


金箔肌に塗ったのも初めてだった。


なんかよくわかんなかったけどすごかった!!!」




こりゃだいぶ料金してそうだな、と思ったが、愛するひとみが素晴らしく美しくなって帰ってきたので、なんの文句もなかった。




「あ、料金払おうと思ったら大丈夫ですって言われたんだけど、もしかして部屋付け?」




「さぁ?どうだろうね?」




「え!悪いよ!私だけ気持ちよくなって!


多分料金もすごいことになってるよ!!」




「いやいや、大丈夫、大丈夫。」




「大丈夫じゃないって!」




「まぁまぁ。ね?大丈夫。」




「えぇ…。」


そんなやりとりをしつつも、そこでお金は出してくれて当たり前でしょ。といった態度を取らないところがいいところだなぁ。と毎度毎度思う。






「じゃご飯に行きますか!」




「なんかはぐらかされた気がするけど、お腹減ったからご飯行きます。」




「そうそう、諦めが肝心だよ。」




「もー!」




そんないつも通りの2人が行く店はザ・シャレー。

ザ・シャレーは冬季期間のみ営業するアルペン料理のレストランだ。




アルペン料理といえば、聞き馴染みはないが、ざっくりといえばスイス料理をイメージすると大体正解である。

フォンデュやラクレットなど、メインはチーズとパンとジャガイモの料理だ。




「ここって冬季のみの営業らしいよ。」




「ほうほう。期待が高まりますね、あきらさん!」




「そうですね、ひとみさん。」




2人はとりあえずウエイターに空いている席に案内してもらい、目に付いたものを適当に注文した。




「飲み物は紅茶で。」




ひとみは訝しげな顔をしたが


「チーズフォンデュと、ラクレットと、マッシュポテトと…」


と、驚くほど腹にたまりそうなものを次々と注文していく。


注文が終わると


「かしこまりました。」


と、一言言葉を残してウエイターは去っていった。




「あきらくんお酒飲まないの?」




「あんまり冷えたビールとか飲むと、チーズがお腹の中で固まってお腹壊すって地球の歩き方に書いてあった。」




「それほんと?」




「読んでないけど多分書いてないと思う。」




「大嘘つくやん。」




「でも溶けたチーズとキンキンに冷えたビールは人によってはお腹壊すらしいよ。」




「へぇーそうなんだね。」




その後は、エステがいかに素晴らしかったかを力説されていたが、ウエイターが紅茶とチーズフォンデュセットを持ってきたところで話が中断された。




紅茶はポットサービスで、おかわりも無料なのが嬉しい。


カナディアンブレックファストというブレンドらしく、ほんのりとメープルの香りがする。




「紅茶が美味しいね。染みるわぁ…」




「しみますなぁ…」


私もひとみも、日本で家にいるときは大体紅茶を飲んでいるので家のように気持ちが落ち着く。




そうこうしているうちにフォンデュセットが完成して、串に刺さった具もさらに乗って運ばれてくる。




「それじゃあ、食べてみようか!」




「うん!」




チーズフォンデュってなんでこんなに美味しいんだろうなぁ。


などと思いながら口に食べ物を運ぶては止まらない。




ひとみもさっきから無言で、目をキラキラさせながらフォンデュ鍋と口を手が往復している。




きっと何かを私に伝えたいのだろうが、食欲がそれを阻む。






あっという間に2人分の具が消えてしまい、鍋のチーズも底をつき、串で底に焦げ付いたチーズをこそぎ口に運んでいた。




「日本だと行儀悪いかもだけど、底のチーズまで食べて完食なのがワールドスタンダードらしいよ。」


と、ひとみが教えてくれる。




「そうだよね。こんな美味しいのに食べないわけないよな。」




「そうそう。」




無言でチーズを剥がしては食べしていると、ラクレットチーズが運ばれてきた。


どうやらガスバーナーで表面を炙るらしい。


アルプスの少女スタイルを期待していたので少し残念な気持ちだ。

よくよく考えてみれば、ガスバーナーで炙る以外の選択肢は現実的ではないということに気がつくのはら部屋に帰ってからであった。






とっくに満腹になってしまった私とは違い、ひとみはまだまだいけそうだ。






運ばれてきた料理の大半を片付けて、やっと締めのデザートで満足するひとみは明日の予定を聞いてきた。




「明日は何する?」




「スノボしてみようよ。」




「スノボはしたことあるの?」




「ない。」




「ないかぁー」


ひとみはもはや苦笑いしかできない。




「でも、ウエイクボードはできるから多分できるよ。」




「そうなんだ?そんなのいつ出来るようになったの?」




「ちっちゃいときから海だけはよく連れてってもらってたんだ。


娯楽もそれくらいしかないような田舎だったし。


その時に一緒に行ってた人がジェットスキーとか小型のクルーザーとか持ってる人だったからその流れで覚えた。」




「それは期待できますね。」




「あまり期待されるとそれはそれで…」


なまじ、できる風なことを言ってしまったことを後悔する。






「何はともあれ、明日の予定は決まったね。」




「そうですね。


とりあえず帰りにフロントでボードの予約だけしとこうか。


ウエアは今日買ったやつ2人で着て行こうね。」




「もちろんよ!」






デザートを食べ終えた2人はフロントに行って道具のレンタルを申し込む。


その際にスノーボード専用のゴーグルをまだ買っていなかったことを思い出す。




「そういえばゴーグル買ってないね。どうする?」




「スキーの時もレンタルだったもんね。


じゃあ明日の朝ボード行く前に買いに行こうか。」




「了解!」




霧島は、やっぱり女の子だから顔につけるものが他人と共用というのは少し抵抗があるよな。と納得した。


それと同時に、そのことに気づけなかったことに少し配慮不足を感じた。






2人はレンタルの申し込みをし、明日の予定も決まったところでそろそろお開きとし、部屋に帰ることにした。




「明日はウィスラーマウンテンの方に行ってみようか。途中にビレッジあるし。」




「そうしようか!


でも道具持って循環バス乗るのかな?」




「どうなんだろ?もしできるならウィスラーの方でボード受け取りたいけどね。


でも俺、昨日バス見たときはみんなボードとか持ってた気がする。」




「そうなんだ?じゃあどっちでもいっか!」




「そうだね!明日の楽しみにしておこう。」




初スノーボードということで、2人の胸は期待に膨らみ、ワクワクしながら眠りについた。

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