第67話
旅行4日目
ザーッザーッ
雪山の肌を削る音が軽快に響いていた。
その音の主は霧島あきら。
ヘリーハンセンのスキーウエアに身を包み、オークリーの偏光ゴーグルを身につけている。
安定感のある滑りで不安を感じさせない。
「おー!すごいすごい!」
「スノーボードって意外とできるね。」
「なんかあきらくんの滑り見てたらできそうな気がしてきた!」
最初に、こけ方など、出来る限りの知識をひとみに教えると、すぐに出来るようになった。
リフトに乗るために片足をボードから外して滑るという最初の難関も難なくクリアした。
ある程度できるようになったところで
すると、ひとみがお手本を見せてほしい、
と言うので、
「できるかどうかわからないけど。」
と、ハードルを少し低くした上で滑ってみたのだった。
ここはウィスラーマウンテンの中でも初心者向きのスノーボード専用コースだ。
傾斜は緩やかで、周りも、滑ると言うよりはスノーボードに慣れるということを目的とした観光客が多い。
「じゃあ次はひとみも一緒にいってみよう!」
「ついていきます先輩!」
詳しくわかるわけではないのだけど、周りに習って、スノーボードの片足を外し奇妙な歩き方でリフトに乗る。
慣れない2人には案外ここが1番怖い。
毎度毎度予想外に速いスピードでリフトが襲いかかる。
ボードを進行方向と並行にしていないと足を折ることがあるらしいと係員の人に脅されたので、2人ともそれに注意して、えいやっという気持ちで乗る。
乗れば数分は気持ちを落ち着ける余裕がある。
問題は降りるところだ。
このウィスラーブラッコムだけかもしれないが、リフトを降りたところから突然かなり傾斜のきつい坂になっており、いつもこけそうになる。
ひとみも案の定こけそうになり、しがみついてきたので、必死にバランスを取り、少し進んだところの安全地帯まで滑る。
「リフトが1番怖いよな。」
「うん、1番怖い。スキーはなんとか両足使えるけど、スノボはなんか違う。」
「うん、わかる。一応使えるっていうレベルだよな。」
「あー怖かった…」
「じゃあ気を取り直して!滑りましょう!」
「はい!」
両足をボードに一部の隙間も無くきっちりと固定すると、2人はコースの真ん中の1番滑りやすそうなところからそろりそろりと滑り始める。
スキーでは邪魔にならないように端っこで滑り始めたが、逆に滑りにくく怖い思いをしたためだ。
真ん中で滑れば、もしこけても、出来る人は避けてくれるだろうし、こけてる人にぶつかるのはぶつかってくる方が悪いという唯我独尊的な思考も入っている。
「おぉ!!!
滑れてる!!!」
ゆっくりとではあるが、ひとみは確実に自分の力で進み始めた。
「ひとみって運動神経バツグンだな。」
と思いつつ、ひとみに指示を出す。
「下は見ないで、遠くの方を見てバランスとって!」
こんなやりとりを数時間もすると2人はヘロヘロになっていた。
「お腹減った。のどかわいた。」
「ちょっと休憩しよ。」
コースの近くにある、スノーボードを抱えて持ち込めるカフェに入った2人。
「あー!気持ちよかった!!!」
「ひとみって飲み込みほんと早いよね。」
「あきらくんの教え上手には頭が下がる思いです。」
「いやはや、恐縮です。」
恐らくはロレックスのおかげでなんと無くどこをどう直したらいいのかわかるのが理由だが、あえて黙っておく。
そもそもスノーボード初体験の私でさえあれだけ滑れたのだ。
プラシーボ効果によるものもかなり大きいのだろうが、ますますロレックスが手放せなくなる。
2人はカフェで軽めのランチをとり、午後からの第2戦に向かう。
「俺もひとみもだいぶ滑れるようになったからもう少し難しいコースに行こうか。」
「お、挑戦的ですねぇ。」
ひとみも乗り気なので、係員の人にもう少し難しいコースへの行き方を訪ねるとどうやらすぐ近くにあるらしく、滑っていくといいと、方向だけ教えてくれた。
着いた先は、先ほどのコースがお遊びに思えるほどの急斜面。
しかし子供も滑っていることからあまり難しくないコースなのだということがうかがえる。
ただし現地の子供っぽいので多分腕はプロ級。
「斜面、急だね。」
「う、うん。」
「とりあえず一回滑ってみようか。」
「う、うん。」
2人は先ほどと同様にやっとの事でリフトに乗り頂上を目指す。
上に立つと、下から見上げるような傾斜は感じられなかったので割と安心だ。
「さぁ、行きましょう!」
ひとみの恐怖心も少し薄れたようで、元気よく返事を返して滑り始めた。
こちらのコースは先ほどよりも滑りに重点を置いている人が多く、もちろん先ほどよりも滑れる人が多い。
合間合間でウィスラーブラッコムの絶景を写真に収めつつ、何度も何度も斜面を滑り降りて行く2人。
だんだんと人影もまばらになり、2人もそろそろ帰るかといった雰囲気となってきた。
「そろそろ帰りますか。」
「そうやね。かえろ。」
2人は滑り降りたところで、係員の人にボードの返却場所を訪ね、バスに乗ってホテルに帰った。
ホテルに着くと、汗を流そうと思い2人でスパに向かってジャグジーに入ることにした。
受付でジャグジーの説明を受け、水着を借り2人でジャグジーに入る。
ジャグジーは思ったより広めで、先客に品のいい老夫婦がいた。
挨拶をされたのでこちらも挨拶を返す。
「旅行かい?」
「ええ、日本から。」
「そうか!日本か!私も日本は大好きだよ。
若い頃は日本にいたこともある。」
「そうなんですね!
カナダは地元ですか?」
「あぁ。生まれも育ちもずっとカナダだ。
働き始めてからは色んな国に赴任したがね。」
「それはすごい。有能な方なんですね。」
「そんなことはない。ただ単に人が足りなかっただけさ。」
霧島とご老人が盛り上がっていると、ひとみもひとみで老婦人と話が盛り上がっていた。
「旅行に来たの?」
「はい、日本から。彼が連れてきてくれました。」
「あら、素敵な彼ね。
スキーを滑る姿はとてもかっこよかったんじゃなくて?」
「えぇ、とっても。
惚れ直しちゃいました。」
「それはいいことね。女は常に恋をしていなくちゃ。」
「私もずっとそうありたいと思っています。」
霧島はふと視線を感じ、ひとみの方を見ると老婦人とひとみがこちらをニヤニヤしながら見つめていた。
すると、老人は
「若者め、やるじゃないか。」
と言いながら霧島の肩をつついてきた。
なぜか照れ臭くなって顔を赤くしていたが、老婦人が
「長湯しちゃうとのぼせちゃうわ」
と、言うと、老人は
「そうだな。あとは若い者に。」
と言い、ジャグジーを後にした。
「何話してたん?」
「え~?あきらくんのこと。」
「教えてよ。」
「え~?惚れ直したよっていう話。」
「うん、もう大丈夫。」
自爆して照れ臭くなったので早急に話を変えようとするが、それを見てさらにニヤニヤしながら話を続けるひとみには勝てなかった。
何が素晴らしいのか、どこに惚れ直したのかなど、顔から火が出そうな話を長々と聞かされたて撃沈したが、その日の晩にはしっかりと仕返しを果たしたとか、そうで無いとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます