第55話
自然と目が覚めた。
体を起こすと8時を過ぎたあたりだ。
隣で寝ているひとみを起こす。
「ひとみ、朝だよ。」
「え、あー、うん、、、」
二度寝の魔力に抗えず、眠りに落ちそうになるひとみ。
「寝るんじゃない!!!!」
「うぉっ!!!」
ぐずるひとみを起こした霧島は、ひとみをベッドから引きずり出し、顔を洗わせ、自分は普段着に着替える。
顔を洗ったあたりでひとみもようやく目が覚めたらしく、身支度を始めた。
身支度が済むと、今度はひとみを連れてベネチアンマカオの朝食会場へ向かう。
「ここの朝食食べて感想ちょうだいよ。」
「まかせろ。」
2人は席に着くと、各自好きな朝食を持ってくる。
サラダに始まりデザートまで完食した後、ひとみは感想を述べる。
「なんというか、感想がないっていうのが感想。
普通のホテルと比べれば美味しいんだろうけど、値段相応とまではいかないかな。
感動が無い。ここにくる人は非日常の感動を求めてきてると思うんだけどさ、
良くも悪くも普通なんだよね。」
「なるほど。ちょっとマネージャー呼ぶね。」
私は給仕をしていた顔見知りのスタッフを呼び、料飲部門で今出社している中で一番偉い人を呼んでくるように伝えた。
スタッフに告げてからものの数分で息をつかせながら中年の男性が急いでやってきた。
「お待たせしました、料飲部長のロバートです。」
「霧島です。こちらは私の補佐をしてもらってる結城ひとみさん。
ちょっと料理について気になることがあったので来ていただきました。
結城さんお願いできますか?」
ひとみは突然仕事モードになったあきらに驚きながらも先ほどよりもより詳しい感想をロバートに伝えた。
ロバートはだんだんと顔つきが険しくなり、最後にはひとみに謝罪をした。
「申し訳ありません結城様。この件に関しては、私のプライドにかけても解決します。
つきましては3ヶ月、いや、1ヶ月時間をください。
1ヶ月で見違える朝食を提供させていただきます。」
私は先ほどよりも詳細に、的確にアドバイスするひとみをみて思わず抱きしめたくなった。
ひとみは自分が思っている以上にもっともっと優秀ですてきな人なんだと知ることができたからだ。
私がそんなことを考えている一方ひとみは
「私みたいな若輩の意見を真摯に聞いてくださりありがとうございます。
期待しています。」
とロバートと難しい話をしていた。
ロバートが席を辞すと、ひとみに感謝をした。
「ありがとう、ひとみ。
これでまた少し本物に近づくことができるよ。」
「まぁ私もあきらくんの目標に協力したいと思っただけよ。
これからもビシバシ行くからね!」
「頼もしいね!」
こうして2人、朝食を終え、部屋に帰ると、ゴルフウェアを着てゴルフ用のサンバイザーを付けて、すでにグローブまで装備したやる気満々な格好でエマが待っていた。
「ゴルフウェアを持ってまいりましたのでこちらから好きなものをお選びください。
道具は既に車に積んでありますので、ご心配なさらず。」
そういって眼前に並べられたウェアはランバンスポールやパーリーゲイツ、アンパシーなど、私も名前は知っている高級品ばかりだったが、ひとみのチョイスで着る服を選んだ。
ウェアを選んだところで、エマはそれでは向かいましょうと、2人を先導してエントランスに向かった。
エントランスには、マカオ出国前に注文したメルセデスベンツG63AMGが停車していた。
運転席にはエマが乗り込んだ。
「マカオゴルフ&カントリークラブまでは私が案内しますね。
選手に怪我でもされると大変ですから!」
「あ、ありがとう。」
私はあまりのやる気に少し引き気味。
「流石の気遣いです、エマさん。」
ひとみは盲目的にエマをほめる。
「ありがとうございます、ひとみ様。」
道中、車の中でやんややんやしているとゴルフ場に着いた。
マカオG&CC《ゴルフ&カントリークラブ》はシーズン中ということもあり、芝が非常に綺麗で、心の高ぶりを抑えきれないでいた。
エントランスで二人と別れ、案内されるがままゴルフ場の更衣室で着替え終わった。
サイズはエマチョイスだったが、怖いくらいにちょうどのサイズだった。
きちっと着替えて準備をして外に出るとそこには準備万端のひとみとエマが待っていた。
「俺の方が先に更衣室入ったのになんで2人の方が出てくるの早いの…」
「それでは向かいましょう。」
「俺の話は無視かい…」
「あきら君、プロは気持ちの切り替えが大事だよ。」
そんな世間話をしていると、今日私をしごいてくれるプロがやってきた。
「こんにちは霧島さん、今日はよろしくお願いしますね。」
コーチの方を見た。
もうため息しか出なかった。
「霧島さんのコーチを務めさせてもらいます、デビッド・ブラックベターです。」
ブラックベター氏といえば、元々はメジャーで活躍したプロ選手で、プロ選手からティーチングプロに転向した後は何人もの選手を世界一に押し上げてきたことで有名だ。
世界の名だたるトッププロが彼の指導を受けたいというが、彼自身がその依頼を受けることは稀である。
「お会いできて光栄です、ブラックベターさん。
いきなりで申し訳ないのですが、なぜ僕のような三流どころか五流のゴルファーの指導を受けてくださったんですか?」
「私としては、若いゴルファーを育てる方が面白いということですよ。
それと、たまたまマカオにしばらく滞在する指導の予定があったのですが、その予定が立ち消えになってね。
私としても渡りに船の依頼だったのさ。」
「なるほど…。
このようなまたと無い幸運を感謝します。
今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく頼むよ。」
2人はガッチリと握手をした。
エマの先導で、ブラックベター氏と私とひとみを乗せたカートはコースに向かう。
思い返せばその日は、人生で一番ゴルフをした。
マナーから始まり、ティーショットの打ち方からバンカーの抜け方、ラフからの打ち方、グリーン上の処理、マーカーの置き方、ゴルファーとしての基本のキを全て一通りブラックベター氏から教わった。
ブラックベター氏は霧島のことを、こう評価した。
「彼は運に愛されている。彼には惜しいという感想を抱くことは全くなかった。
最高か最悪しかないという珍しいタイプ人間だったよ。
とても面白かった。私も知った気になっていたが、まだまだだと思い知らされたね。
彼は吸収も早いから、私が教えれば、きっとすぐにトップアマに上り詰めるだろう。」
もちろんそれを聞いていたひとみとエマはあきらにブラックベター氏からの高評価を伝えてはいないが。
夕方を過ぎ、指導が終わると、次回の指導は明日ということで調整がつき、明日もよろしくお願いしますということになった。
明日の指導は室内練習場で行うようだ。
「明日も練習か、楽しみだな!」
霧島は全身ボロボロに近かったが、目に見えて1秒1秒上達していることが実感でき、疲労よりも楽しさが勝っていた。
ゴルフ場でブラックベター氏と別れた三人は、車に乗ってホテルに帰った。
私は車に乗る前くらいから記憶がない。
疲れ果ててほとんど寝ていたからだ。
ホテルに着くとひとみに起こされる。
「あきらくん、家ついたよ!起きて!」
「んぁぁあ?あぁ…家か…」
ひとみはあきらを引きずって部屋に戻り、エマに伝えてマッサージ師を手配してもらった。
部屋でマッサージ師に体をほぐしてもらいながらまた寝ていた。
熟睡していたが、マッサージが終わるとひとみに起こされ、風呂に入って寝た。
これを約3週間ほど繰り返し、終わるころにはゴルフの腕はかなり上達した。
ブラックベター氏は、1か月足らずでまさかここまで伸びるとは思わなかった。
と絶賛していた。
そうしていよいよ市民ゴルフ大会が目前に迫ったある日。
「大会の会場を下見しておきましょう。」
エマが唐突にそう言い始めた。
ひとみも
「それはいいアイデアだわ、エマさん。」
と同調する。
こうなったらもう私には止められない。
エマはすぐにどこかへ連絡し始めた。
漏れ聞く話を着ていると飛行機を手配しているようだ。
「飛行機を手配して、会場のゴルフ場も抑えましたので、明日から大会の日まで日本です。」
毎度のことながら行動が早い、と心の底から関心していた。
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