牢獄


 まちや大工作業のために集まっていた男衆が家路につき、夕暮れの赤に照らされた境内。


 辺りにはヒグラシのカナカナという鳴き声が何重にも重なり、その騒々しさに似つかわしくない、どこかもの悲しい寂寥感せきりょうかんで場を包んでいる。


 後片付けを終えた奏汰かなたたちは再びなぎの家に集まり、どうしても話したいことがあるという理那りなの言葉を待っていた。


「――――私は、君たちのおかげで救われた。まだ完全に全てを思い出したわけではないけれど――――私が知っていることの中で、これだけは絶対に伝えておきたいんだ」


 理那の話を聞くためにその場へと残った玉藻たまもこおり。あやうくまちにその巨体を誤って食べられかけた大魔王ラムダも見守る前で、理那は静かに言葉を発した。


「これだけはって、どんなことなんだ?」


「私は今でこそこうして自由の身だけれど、本来真皇しんおうがその気になれば、この場にいる私を今すぐ消滅させるなんて造作もないことなんだ。だから、私が話せる内にどうしても伝えておきたいことがある。特につるぎ君、君にはとても重要なことだよ」


 理那の言う、という事実に、理那の隣に寄り添う六郎ろくろうが悔しげに奥歯を噛みしめる。

 奏汰をまっすぐに見つめる理那の本来の黒へと戻った瞳。その理知的な瞳は、これから彼女が口にする内容の重要さと切実さを如実に物語っていた。


「奏汰君――――君は。いや、君以外にも無数に存在する数多の勇者は――――異世界の神々によってこの世界に捨てられたんだ。私たちが当たり前だと思っているこの時代、そして世界は――――するために本来の時間軸から切り離された、牢獄なんだよ――――」



 ――

 ――――

 ――――――



「――――私めからのご報告は以上になります。いかがいたしましょう。皆々様」


 無限とも思える広大な闇の中に、恭しく頭を垂れる五玉ごぎょくの声が響いた。


 五玉のやや甲高い声に普段の軽薄な色は一切なく、ただただ忠実に、全てを捧げた偉大なる闇に対して役目を果たすという意志のみが感じられた。そして――――。


「そうかしこまらなくて良いのですよ。此度も、貴方はとても良くやってくれました――――五玉」


 闇の中にが灯った。その光は闇の中にあって尚煌々こうこうと輝いていたが、その色はどれも鈍く黒く、そして艶やかで、それはまるで闇そのものが光を放っているように見えた。


「――――煉凶れんぎょうの傷はどうなった? 手酷くやられたと聞いたが」


 そしてその四つの光のうちの一つ。中央に輝く黒い光が奏汰に敗れ去った煉凶の身を案じる声を発した。


「は――――煉凶の肉体そのものは一切の無傷。しかしながら、その身に授かった闇のほぼ全てを失い、核の構成が非常に不安定となっています――――今しばらくは、真皇様の中で休息が必要でしょうな」


「そうか……煉凶が探し当てた風断かざだちの治療は無事終わったというのに、娘と入れ替わるようにして父が死に瀕する――――やりきれんな」


「勿体ないお言葉……煉凶も真皇様の闇の中で、今頃喜びに打ち震えていることでしょう」


 煉凶の状態を確認したその光は心苦しい想いの込められた声をその場に響かせた。

 五玉はその言葉に再び恭しく頭を下げ、その心遣いに感謝の意を述べた。


「でも実際問題、今度の勇者は相当やるね。たしか、千年前にここまで来た大魔王――――アレを一人で倒したんだっけ?」


「ええ――――私も真皇と彼の戦を見ておりましたが、信じがたいことに、彼はすでに。間違いなく、彼は今まで廃棄された中でも最強の勇者です」


「哀れなことだ――――勇者の力が虹を成す段階まで進んでは、もはや。神の手には余る存在だ」


「で、でもでも――――っ! 良く覚えてないけど、あの大魔王ってけっこう強かったよね? それを一人で倒したんだから、きっとあの子、今まで凄く頑張ったんだと思うの。 ――――ねぇ、私たちも一度あの子とちゃんと話してさ、こっちの味方になってもらえないかな?」


「そうだな……それも良かろう。とはいえ、俺たちがそうだったように一筋縄ではいかんだろう――――彼もまた、一人の勇者なのだから――――」


 闇の中で響く四つの声。


 それは威風堂々とした、闇に似つかわしくない力強さを感じる声だった。


 黒く輝く四つの光はどこか旧友との再開を喜ぶようにして暫し語らい、やがて再び静寂と闇の中に消えた――――。



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