第五部

第一章 捨てられた勇者

女神はいつも唐突に


「あの~……そろそろ私をこの結界から出して頂けないでしょうか?」


「駄目じゃ」


「駄目です」


「駄目だな」


 三人で楽しく夜祭りを楽しんだ日の翌朝。神代神社の境内けいだいのほぼど真ん中に、八本にも及ぶ御柱みはしらによって構成された強力無比な多重結界が展開されていた。


 その結界は常時金色と銀色に明滅し、外から触れても害はないが、内部に封じられた者が僅かでも触れようものなら、激しい火花を上げて外部への接触を完全に遮断するという絶対的な牢獄であった。


 そしてその結界の内部。


 純白の薄衣で編まれた法衣を纏い、まるで清流の輝きをそのまま写し取ったような流れる青い髪に、慈愛に満ちた白銀の瞳。

 この世に存在する全ての者が、どの角度から見ようとも美しいと捉えるよう設計された肉体のバランスを持つ、しかし今はやや弱気にその顔を曇らせる異界の女神――――オペルが浮遊していた。


「おはようございます女神様っ! 昨日はいきなりで驚いたけど、とりあえず俺はまた女神様と会えて嬉しいよ!」


「ああ……! 超勇者奏汰かなたよ、私も会えて嬉しいです! 何を隠そう、私は貴方を今度こそ母の元に送るためにこうして――――っ!」


 結界の外部からオペルに向かって大きな声で挨拶する奏汰。

 そんな奏汰の姿に、困り果てた様子で結界内を漂うオペルは手を伸ばした。


 だがそんな奏汰の左右には、天をも焦がすほどの怒りに燃えたなぎ新九郎しんくろう、そしてドーナツ大魔王が鎮座していたのだ。


「なぁあああああにを言っておるかこのお人好しのボンクラ勇者がッッ! 貴様はこの目の前の女によって無理矢理に勇者の力を植え付けられ、死ぬまで戦わされた挙げ句に用無しとなれば捨てられたのだぞッッ! 今さらそのような奴の言うことに価値があると思うかッッ!?」


「許せん――――ッッ! 全てが許せぬのじゃ! まだ幼い奏汰をに遭わせて母様と引き離し、その上今でも残るあのような惨い傷を――――! 奏汰は私と会った時にはすでに身も心もボロボロじゃったっ! あの時の姿を見れば一目で分かる。奏汰はずっと一人で戦っておったのじゃ! たった一人でっ! その様な過酷な戦いの宿業しゅくごうを手前勝手に奏汰へと背負わせたこの者は、絶対に許すわけにはいかんのじゃーーーーッ!」


「僕も……っ! もしかしたら今までの人生で、今が一番怒ってるかもしれませんッッ! 世界が大変で、それで奏汰さんの力を借りた――――それも納得できませんが、戦わせるならせめて戦わせ方ってもんがあるでしょう……っ!? 奏汰さんだって生きているんです、お勉強だって、人との手の繋ぎ方だって覚えないといけなかったはずなんですっ! それをただ力だけ与えて放り出すような――――っ! あまりにも無責任すぎます! 僕は――――それが一番許せない……っ!」



 ――――なんということでしょう。これこそが激怒。正しく激怒である。


 大魔王はそのドーナツ状の頭部から禍々しい雄山羊おやぎの角をにょきにょきと生やし、凪は怒り狂った猫のようにその黒髪をぞわりと逆立て、新九郎に至っては奏汰が翠の力を使っていないにも関わらず、なぜか虹色に輝く勇者のオーラを纏い始めている。


 元々オペルと因縁のある大魔王ラムダはともかくとして。普段は怒りを口にはしてもその表情には出さない凪も、そもそも奏汰や凪と出会ってから一度も怒りという感情を表に出したことすらない新九郎までもが、怒髪天どはつてんの勢いで怒りの炎を激しく燃やしていたのだ。


「ひッ! こ、殺される……!?」


「あわわ……っ! ちょ、ちょっと待ってくれ! えーっと――――そうだ! まずは女神様の話を聞こうっ! 理那りなさんが言ってたことが本当なのかとか、真皇しんおうがなんなのかとか、そういうのも女神様なら知ってるかもしれないだろっ?」


 その三人の余りも激しすぎる怒りに、あの脳筋の奏汰が抑えに回るという異常事態。今にも恐怖から涙を零しそうな女神を庇うようにして、奏汰はその頭をかつてないほどに回転させてそう叫んだ。


「チッ! 今すぐ積年の恨みを晴らしてやりたいところだったが――――まあそれは確かにそうだ。おい駄女神よ、死にたくなければ洗いざらい知っていることを全て吐くのだなッッ!」


「――――そうじゃな。にしておいてやるのじゃ!」


「あ! それなら僕、父上に頼んでを持ってきますねっ!」


「だから待てって! 普通に俺が聞くから! それでいいよな!?」


 尚も物騒極まりない発言を繰り返す三人に奏汰は冷や汗をかきつつ静止すると、結界の中ですっかり怯えきってガタガタと震える女神オペルに向き直る。


「とまあ、そういうわけで――――女神様が知ってることで構わないから、俺たちに教えてくれないかな。実はちょうどこの前、この世界がだとか、真皇っていう悪い奴もしたとか、そういう話を聞かされててさ――――俺も結構びっくりしてて――――」


「――――そうだったのですね。それなれば、私がこのような対応をされても仕方ありません――――」


「じゃあ、やっぱり俺たちが理那さんから聞いた話は――――本当なのか?」


 奏汰のその言葉を聞き、未だに困惑の表情を浮かべながらも、どこか納得がいったように頷いて見せるオペル。そのオペルの様子を見た奏汰は、また一歩結界へと踏み出して彼女の答えを待った。


「そうです――――あなた方がどのようにその事実を聞かされたかはわかりませんが、それらの認識は恐らく大きくは間違ってはいません――――ですが信じて欲しいのです。私がそれを知ったのは、奏汰を元の世界へと送り返して暫く後のことだったのです」


「じゃあ、こんな場所があるって女神様も知らなかったってことか?」


「はい――――私は貴方を送り返した後、無事に貴方が元の世界に戻れたかを確かめようと遠見の術式を使いました。しかし、そこに映ったのはどこまでも続く闇だけ――――私は驚き、他の神々の元に赴いて助けを求めました。しかし――――っ」


 女神オペルはそこまで言うと、自身の艶のある桜色の下唇を僅かに歪め、悔恨の表情を浮かべて呟いた。


「――――私のような女神として日の浅い者は知る由もありませんでした。しかし最上位の神々は皆、全ての事実を知っていたのです。そして、今この時もどこからか私たちのことを見ているはずです。 ――――超勇者奏汰、そして大魔王ラムダ。――――」


 オペルは言うと、光り輝く結界越しに奏汰とドーナツ大魔王をその銀色の双眸そうぼうで見据えた――――。

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