刻の迎え


「ぎゃああああ! 勇者強えええええっ!?」


「ぎゃああああ! 巫女様強ええええっ!?」


「ぎゃああああ! 美少年強ええええっ!?」


 終わることなく打ち上げられる花火の下。

 煌々こうこうと灯る橙色だいだいいろ街灯まちあかりの中に、大きな人だかりができていた。


 江戸の夜祭りでは恒例となっていた腕倒うでだおしの催しに参加した奏汰かなたたちが、とてつもない強さで百人、二百人という挑戦者たちをなぎ倒し続けていたのだ。


 奏汰はもちろん、大魔王の血を引くなぎもまた純粋な腕力なら家一つ軽々と放り投げる怪力の持ち主である。


 ならば新九郎しんくろうに挑めば良いかというとそうでもなく、新九郎は新九郎でやはり常人離れした力点の見極めで相手に力を込めさせず、あっさりと屈強な男衆の腕をぱたりと倒していった。


 力自慢の職人から巨漢の力士。果ては祭りに訪れていたあやかしまでにも打ち勝つと、奏汰たち三人は未だ打ち終わらぬ花火の音を背に受けながら、大量の賞品をその手に抱えて神社への帰路についた。


「にゃっははは! なにやら色々と頂いてしまったのじゃ!」


「なんか悪いことしちゃったかな? まさかこんなに一杯貰えるなんて思ってなかったから……」


「それなら大丈夫ですよ奏汰さん。あのお店の方、僕たち見たさに集まった町の皆さん相手にしっかり商売してましたから! もし本当に迷惑なら、別れ際になんて言ったりしませんっ! たぶんっ!」


「そっか! それなら良かった!」


 ニコニコと笑みを浮かべ、新調した赤樫あかがしの棒の先に提灯ちょうちんをぶら下げて歩く凪と、絶妙なバランスで凄まじい量の品を抱えてみせる奏汰。


 新九郎は首から背に掛けて大きな風呂敷にできる限りの品々を詰め込み、えっちらおっちらと三人で肩を並べて夜道を歩いていた。


「僕――――今日のことは一生忘れません。朝から本当に色々ありましたけど、どれも凄く素敵で、とっても楽しかったです――――」


 ふと――――新九郎は歩みを止めぬままそう呟いた。それは改まって口に出されたものではなかったが、彼女のありのままの本心が込められた声だった。


「ほむ……それは私もそうじゃ。今日だけではない……奏汰と会い、新九郎と会い……私は今のこの日々がとても楽しいのじゃ。二人には、心から感謝しておる――――」


「俺だってそうだよ。俺だって、最初に凪に助けて貰ってなかったら――――その後新九郎に色んな戦い方を教えて貰ってなかったら。きっと今みたいに笑ったりしてなかったと思う。そういうの抜きでも、俺もいっつも楽しくてさ――――」


 新九郎のその言葉に、奏汰も凪も同じような思いを込めてそう返した。


 凪の心の中で決して癒やされることはないと思っていた喪失の寂しさは、奏汰との出会いから今日までで随分と軽くなったように感じた。


 奏汰は事あるごとに凪の小さな手を握り、自分が傍にいると伝えてきた。奏汰もまた、それは本来凪が奏汰に対して見せた優しさの形だということを知っていた。

 全ての始まりは凪が奏汰を癒やし、その癒やしによって再び他者を思いやれるようになった奏汰が凪の手を握ったのだ。


 しかしもし凪と奏汰の二人だけならば、それは一歩間違えばどこか悲壮感のある、互いの傷を埋め合うような関係になっていたかも知れない。


 そこに現れた新九郎という存在は、互いにあまりにも直線的すぎて力みすぎてしまう二人の関係を程よく解きほぐした。


 二人が向かうべき先を穏やかに、しかし確かに支え、その力が逸れてしまわぬように気を配る。それは全て、新九郎なりの優しさと思いやりのなせることだった。


「ありがとうございます……っ。僕も……! 毎日とっても楽しいです……奏汰さんのことも、凪さんのことも……大好きで……っ」


「うん……俺もそうだよ、新九郎」


 自分の中にある願いと想い。

 その双方を、もっとも理解して欲しいと願う相手に伝え、受け入れられている。

 

 拒絶されることはなく、迷惑だと思われることもない。

 ありのままの自分の願いを、ただ自然体で受け入れて貰えたことの多幸感。


 今日の一日を経てようやく至った奏汰や凪とのその関係を思い、新九郎は思わずその双眸そうぼうに涙を浮かべていた。


「だから――――この先何が待っていても、俺は絶対に諦めない。何があっても、俺は絶対に二人のいるこの場所に戻ってくる」


「うむ! これほどまでに楽しくて幸せいっぱいの生活、骨までしゃぶらねば勿体ないのじゃ! 私がになって死ぬまで、決して終わらせたりせぬのじゃ!」


「はい……っ! 僕もっ! 僕も守ります……っ! 奏汰さんと凪さんと一緒に、もっと楽しいこと一杯したいから……っ!」


 それは――――かつていつの日か真皇しんおうを倒すと三人で声を上げたあのとはまた違う、三人の切なる願いを乗せた誓いだった。


 彼らはまだ年若く、強力な力を持つと言ってもやはりただ一人の人間。


 三人はその力でも、知識でも――――全ての局面で様々な限界へとぶつかり、己の無力を何度となく思い知らされてきた。


 しかしそんな彼らだからこそ、今のこの三人で笑みを浮かべ合うことの出来る日々の尊さを誰よりも知っていた。大切な何かを失ってきた三人だからこそ、この日々を守りたいと誓うことが出来た。


 決して勝てずとも。逃れることができずとも。それでも彼らがこの日々を諦めることはもはや最後のその瞬間までないだろう。


 花火と月の明かりに照らされた夜道の下――――互いに支え合うようにして歩く三人の前途は、確かな決意の光に照らされているかに見えた。しかし、その時――――。



「――――ようやく、見つけることができました」


「え……?」


 突如、神社への帰路を進む奏汰たちを閃光が照らした。


 その神々しい銀色の光――――しかしその光が帯びた色と力に奏汰は覚えがあった。


「迎えに来ました、超勇者奏汰よ――――今度こそ、貴方を元の世界へと帰還させます。女神オペルの名に賭けて――――っ」


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