鬼無き世の形
「ガッハッハッハ! どうだ餓鬼共ォ! この
「あんた誰……? あ……そういえば数年前に死んだおばあちゃんが、昔そんな名前の鬼がいたって言ってた気が…………どっちでもいいけど、あんまり尊くない…………」
「ワッハハハ! 久しぶりじゃのう
「んだとこのぬらり野郎ッ! 俺がいた頃にはこんな小せぇ餓鬼だった癖に、随分と言うようになったじゃねぇか!?」
将軍
すっかり日の暮れたあやかし通りの最奥、あやかし御殿の大広間では、五百年振りに帰還した酒呑童子を主役に据えた大宴会が開かれていた。
「はははっ。ここでご飯をご馳走になるのも久しぶりだな!」
「うわぁ……凄いご馳走ですねっ! こんなご馳走、父上の回りの皆さんでもきっと食べてませんよっ!」
「あやかし衆には様々な力を持つ者がおるからの。魚を捕えたり、畑の実りを豊かにしたり、雨が足りねば雨を降らせることも出来る――――」
江戸前で穫れる豊富な魚貝は元より、日の本各地で丁寧に処理された保存の効く食材の数々。
それらはどれも豊かな江戸の民の食事を更に数段上回るほどの豪華さであり、将軍の子息として長く暮らしていた
「かつてのように好き勝手ばらばらに暮らしておった頃とは違い、今はあやかしも互いに力を合わせる時代。そうなれば、人とは比べものにならぬ力を持つあやかしの生活が豊かにならぬわけがないのじゃ」
「そういえば……さっきのアメリカの方の口ぶり。少し人を下に見ているというか……そういう印象を受けました」
あやかしの持つ、人類が持たぬ異能の力。その力を存分に生かした結果として振る舞われるその豪勢な食事の数々に対し、
「ガッハッハ! その通りだ餓鬼共ォ! アメリカじゃ初代大統領ケツアルコアトルを筆頭に、ココペリやテスカトリポカみてぇな強え奴が上に立つッ! 弱肉強食! 自己責任! それがアメリカの習わしよォ!」
「ああ! さっきはいきなり悪かったなっ!」
「オーケーオーケー! 俺様は謝らねぇが、それでもテメェが一人前の戦士だってのはよーっく分かった。人の癖にやるじゃねぇか!」
突然現れた酒呑童子に手を上げて挨拶する奏汰。酒呑童子はそんな奏汰に豪快な笑みを浮かべて頷くと、どっかとあぐらをかいて三人の前に座った。
「その……酒呑童子さん、さっきのお話ですけど――――アメリカでは日の本みたいに人とあやかし……精霊や神といった方々は対等ではないんですか?」
「対等? 対等っつーよりも平等だなァ! 要は強けりゃいいのよ! もしくはクッソ頭がいいとか、誰にも負けねぇ技があるとかだッ! アメリカに有益ならいくらでも良い暮らしが出来るッ! 役に立たねぇなら死ぬ! 人も精霊も同じだァ!」
「なんともかんとも……
「なーに、弱いからって殺すわけじゃねぇさ。そいつらにだってちゃんと良い暮らしはさせてやってる! だがまぁ、国の中枢には入れねぇってこったな! 俺たちあやかしはつぇえ! アメリカのトップにそういうのが多いのも、当たり前の事よォ!」
「なるほどなぁ……やっぱり国ごとに色々あるんだな」
どこか誇らしげにアメリカ独特の習わしや国家構造を語る酒呑童子。
特に頭の回転が速いほうではない奏汰もなにやら思い当たる節があるのか、ふむふむと興味深くその話を聞いていた。
「日の本もいつかはそうなるんじゃねぇのか? すぐ死んじまう人なんかより、どうやったってあやかしの方が強えだろうによォ!?」
「ホホホ……馬鹿いっちゃいけませんよ酒呑さん。そもそも、貴方がその弱いと見下している人に討たれて死ぬ寸前だったのをお忘れになったので?」
「ゲゲーーーーッ! 玉藻……ッ!?」
「こんばんは玉藻さんっ! こんな大宴会に呼んでくれてありがとうっ!」
そう言ってニヤニヤと笑う酒呑童子の背後。突然その場に現れた玉藻が酒呑童子をたしなめるように声をかけた。
「今だってそう――――現在この地で最も強い力を持つ存在は、我々あやかしではなくこちらにいる
「ぐぐっ……確かにこいつは強かったけどよォ……! だがそこまでかよ……? 俺はともかく、さすがにこいつらよりも玉藻の方が強えんじゃねぇのか……?」
突如として現れた玉藻の前で、まるで悪戯を叱られた子供のようにそわそわと落ち着かぬ有様となる酒呑童子。
玉藻は一度酒呑童子から視線を外して奏汰たち三人ににっこりと微笑んでみせると、そこからは穏やかな口調となって言い聞かせるように言葉を続けた。
「どちらが強いかではないのですよ…………この私もまた、剣様や姫様の力の一部なのです。もちろん、私にとってもそれは同じ。剣様や姫様がいらっしゃるおかげで、より楽しい日々を過ごせております」
「にゃっははは! たまには良いこと言うではないか玉藻よっ! 私もそう思っておるぞっ! 玉藻も遠慮せず、私の力を持っていくがよいのじゃ!」
玉藻のその言葉に大変気をよくしたのか、凪はその小さな腕をぶんぶんと振り回して喜びを露わにする。
凪の左右に座る奏汰も吉乃もそんな凪の腕から身を退きながらも、同様に笑みを浮かべていた。
「フフ…………私は見たのです。
「チッ……そうかよ」
酒呑童子はそう言うと、穏やかに注がれる玉藻の眼差しに頬を染めてその顔を逸らした――――。
――――――
――――
――
同時刻――――。
どことも知れぬ闇の中に、二つの影が蠢いていた。
「それで……そちらの段取りは整っているのであろうな?」
「無論だッ! それどころか家晴は鬼との戦いで片腕を失いおった。もはやかつてのような剣の腕は望むべくもない。剣の腕だけはあった跡取りの
それに対するもう一方の声には、明らかな焦りの色が滲んでいた。
「よかろう……ならば、蜂起の時は貴様に一任しよう。我々はその混乱に乗じ、この辺境の島国に介入を開始する」
「承知した。だがわかっておろうな……? その後に将軍となるのはこの儂じゃぞ!?」
「――――ああ、保証してやるとも。まずはせいぜい計画遂行に励むが良い」
欲に取り憑かれたようなその声に、威厳ある声はどこか蔑むようにして応えた。
あるいは、かつての彼であればそのような蔑みの声にも気づけたのであろうか。
二つの影はやがて分かれ、江戸の闇の中に消えた――――。
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