第二章 太平は一日してならず

結ぶ者、壊す者


 江戸に迫る超巨大ほうき星。


 その存在を察知した将軍家晴いえはるは、急ぎ江戸の学術者たちやあやかし衆と共に調査を開始。その迅速な行動により、ほうき星の正体はすでに判明していた。


、ですか……鬼と同様、この地に災厄をもたらす脅威――――」


「ええ、そうです。鬼との戦いの果て、長きにわたり閉ざされ、秘匿ひとくされていたこの世界は、今や数多の別世界の知るところとなりました。物珍しさかそういう性分なのかは知りませんが、ならばとこの地を目指す不届き者も現れましょう」


 玉藻たまものその話を聞き、幼いながらも精悍で知的な顔に、物憂げな色を浮かべるココペリ。


 超魔王――――それは、かつての大魔王ラムダのように異世界で神々に対して反旗を翻していた恐るべき反逆者の肩書きだ。


 今やほぼ全ての異世界の実情を把握する玉藻の話では、超魔王が支配する異世界に送られた勇者はその全てが敗れ去り、神すらも近づくことの出来ぬ闇の領域になっていたのだという。


 そして始原の神が消え去った今、神すら恐れる超魔王の道行きを止める者は誰もいない。どこぞで泡沫うたかたの世界の存在を知った超魔王は、多元宇宙征伐の手始めとして、この地を選んだというのだ。


「わかりました――――その超魔王なる存在がこの地へと向かっているというのなら、我々もお力添えをさせて頂きます。元より、我々はそのような脅威に軍事力をもって対抗し、各地にアメリカ合衆国の実力を示すこと。そして友誼ゆうぎを示すことを目的としておりました」


「無論、それだけではなかろう? 貴国との交易が可能な物品の目録は後日こちらから送らせる故、実部分の外交交渉は超魔王への対処の後に段取らせてもらおう」


「感謝します、将軍様。構いませんね? テスカトリポカ」


「フン……孤島の主が、わ。しかしその超魔王とかいう輩、放置すれば我が祖国の民まで害を被るであろうからな。早めに潰しておくが良かろう……」


「うむ。自由とまではいかぬが、この地に滞在する間の不便はさせぬつもりだ。共にこの地を脅かす者と対峙できること、嬉しく思う」


 使節団の二者は互いに頷くと、双方に用意された超魔王対応までの艦隊の権利、及び軍事力の行使条件、その後の段取りなどの仔細しさいが表記された書状にサインを記した――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「いやー、俺にはさっぱりわからなかったけど、とりあえず丸く収まったみたいで良かったよ!」


「しかし超魔王とはの……奏汰かなた影日向かげひなた双方のパチモンのようでなんとも気分が悪いのじゃ!」


「でもでも、今まで神様の力で閉じ込められていたおかげで、逆にそういう変な人からは目をつけられずに済んでた部分もあったんですね。今の日の本も表向きは鎖国してますけど、そういうのを知ると一長一短なんだなって思いましたっ!」


「こちらを立てればあちらが立たずというやつじゃな。まあ、今はそのようなことを考えても仕方あるまい。私らはいつも通り、その超魔王とやらをけちょんけちょんにしてやれば良いのじゃ!」


 会談が終わり、江戸城殿中でんちゅうを進む奏汰たち三人。


 すでに何度も訪れたせいか、殿中ですれ違う幕臣たちもそのような三人の姿に慣れたもの。全くの部外者である奏汰ですら、すれ違う何人かの旗本と手を振って挨拶している。

 真皇しんおうとの戦いを潜り抜けた者にとって、奏汰は紛れもない戦友であり、奏汰にとってもそれは同様であったのだ。 



 しかし、その時――――。


「おお、ではないか! 久しいのう!」


「あ……どうも。叔父上おじうえ


 殿中を進む三人の前に、暗褐色あんかっしょく袖袴そではかまを纏った見事な体躯の男が現れる。


 年の頃はまもなく四十に成ろうかという外見であろうか。


 満面の笑みで声をかけるその男に、しかし吉乃よしのは僅かに頭を下げるだけで、すぐにひきつった笑みを浮かべて奏汰の影に入ろうとする。


「――――あんた誰だ?」


「なんだ貴様は? 将軍家晴の兄であるこの儂、徳川家貞とくがわいえさだを知らんと申すか。ここは貴様のような子供が易々と立ち入れる場ではないぞ。たとえ新九郎の知り合いであろうとな。おい、誰かこの餓鬼を――――!」


 自身に身を寄せる吉乃を庇うように前に出る奏汰。


 男は自らを家晴の兄と名乗るが、そのような二人の態度にあからさまに機嫌を損ね、奏汰をつまみ出そうと声を荒げた。しかし――――。


「お待ち下さい叔父上っ! こちらの二人は先の鬼との大戦で真皇を討ち果たした勇者、剣奏汰つるぎかなた様と神代凪姫命かみしろのなぎひめ様でございます。決して怪しい者ではございません!」


「なんだと? このような餓鬼が……」


「そうじゃぞ――――んじゃ、私らは先を急いでおるのでな。行くぞ、奏汰、吉乃」


 しかしそこで吉乃は奏汰の前に飛び出すと、家貞をたしなめるように強い口調で指摘する。そして家貞が呆気にとられている間に、凪は自身の頭の後ろに両手を回して目を細め、二人を伴って家貞の横をすたすたと歩いて行ってしまった。


「チ……生意気な餓鬼共が……」


 去り際、家貞はそう呟く。

 そして殿中の廊下の角を曲がると同時、奏汰は隣を歩く吉乃を気遣うようにして声をかけた。


「……大丈夫か吉乃? 今会ったったばっかりだけど……なんかあの人ヤバいな?」


「いやぁ……まあ……その……あははは~~……って、よッ! 僕からすると叔父に当たるのであまり正面切っては言えませんが、はっきり言って僕は苦手ですっ! 奏汰さんと凪さんが居てくれて良かったぁ……」


 吉乃はほっと緊張の糸が切れたようにため息をつくと、そんな奏汰の手を握ってにっこりと笑みを浮かべる。


「ほむ……あからさまにじゃったからの。そう気にするな吉乃よ、人といっても千差万別。考えの合う者もおれば合わぬ者もおろう」


「叔父上は僕や父と同じ天道回神流てんどうかいしんりゅうの皆伝なんですが、どうしても父に剣で勝つことが出来なかったらしくて…………自分はそれで将軍になれなかったと、今でもあまり仲が良くないんです」


「そうなのか……あの将軍様に剣で勝てる奴なんてだろうし、気にしなきゃいいのになっ!」


「のじゃのじゃ! 何があろうと私と奏汰は吉乃の味方じゃ! 何も気にすることはないのじゃ!」


「はいっ! ありがとうございます、奏汰さん、凪さんっ!」


 励ますような二人のその言葉に、吉乃はさらにさらにその笑みを深くして喜びを露わにするのであった――――。


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