激突、超魔王!


 黒船来航からちょうど二日後の夜半。


 ついにその時は訪れた。


 深まった秋の夜空、肌寒い乾いた風が吹き抜ける江戸の町上空に、凄まじい炎の尾を引いた巨大なほうき星が襲来したのだ。


「女子供と町民、商家の避難は終わってる! だがな――――だからって訳の分からねぇ奴らに好き勝手させていいわけじゃねぇ! テメェら、気合入れろぉ!」


「こちら、第二征伐艦隊旗艦オメテオトルのココペリ。目標は射程内。そちらの連絡があり次第、戦闘開始します」


 はるか上空から迫る新たなる脅威を前に、討鬼衆大番頭から将軍直下の江戸近衛大番頭となった四十万しじまと、からくりによる有線連絡でつぶさに状況を報告するアメリカ艦隊のココペリの声が響く。


「い、いよいよですね皆さんっ! 僕もちゃんと剣の修行は続けてましたから、まだまだ役に立って見せますよ!」


「うむ! こっちも準備万端なのじゃ!」


「ああ! 俺も勇者パワーはもうなくなっちゃったけど、やれるだけやってみる!」


 江戸各地に配された各備えのうち、神田近くの町民街から上空を見上げる奏汰かなたたち。

 どこに超魔王がやってくるかわからない以上、かつての江戸城決戦のように一カ所に戦力を集中させることは出来ず、このように備えを分散させているのだ。


「しかし奏汰よ、お主は手ぶらで大丈夫かの? なんなら私の棒をやるのじゃ!」


「そうでした! それなら僕の刀の予備もありますよ!」


「ははっ! 大丈夫、実は勇者パワーはなくなったけど、こいつだけは――――」


 相変わらず手ぶらの奏汰を心配するなぎ吉乃よしのに向かい、奏汰は自信満々の笑みを浮かべて手を上空にかざした。


 するとどうだろう。漆黒の夜空から一条の光芒が奏汰めがけて降り注ぎ、かつてとは若干姿勇気の聖剣リーンリーンが奏汰の手の中に収まったのだ。


「ええええっ!? 奏汰さんの剣ってまだ残ってたんですかっ!?」


「そうなんだよ! れんさんと戦ってから後はずっと使ってなかったんだけど、久しぶりに試してみたらちゃんと来てくれてさ!」


「にゃるほどのう。その剣は勇者パワー由来ではなく、ただ奏汰の持つ勇気が形になった剣。ゆえに今でも奏汰と共にあるというわけじゃな」


 凪は奏汰の手に再び握られた聖剣をしげしげと眺める。


 それはかつての無骨な西洋剣然とした見た目とは異なり、どこか太古の日の本に伝わるとなっていた。


 その、叩くならばともかく物体を切り裂くという用途には全くもって使い物にならない――――そういう剣に見えた。


「なんか前と形も変わってるから武器になるのかもよくわかんないんだけど、とりあえず持っておくよ!」


「うむうむ…………私はとても良いと思うのじゃ。あの八つの光もそうじゃったが、奏汰の心も常に移り変わるもの。きっとその剣も、また奏汰の役に立てて張り切っておる事じゃろうの!」


「それに、もし奏汰さんがやられそうになったら僕や凪さんがすぐに援護しますっ! ――――えっと……そのぉ~~…………奏汰さんの恋人……として…………えへへ…………てれてれ」


「にょわー!? 肝心なところで小声になってどうするのじゃ! 奏汰のことは私と吉乃で守るのじゃ! 恋人どころかのじゃからな! いきなり私と吉乃を未亡人にするのは許さぬのじゃ!」


「わかった! 俺も二人を守るから! いつもみたいにばっちり三人でやろう!」


 そういっていつもの円陣を組み、三人共に気勢を上げる奏汰たち。

 そして迫り来るほうき星――――超魔王は、ついにその場所へとやってくる。


「――――クククッ。随分な歓迎ではないか。たとえどれほどの軍勢を集めようと、この超魔王オミクロンに蹂躙される結末は変わらぬというのに」


「あれが超魔王かっ!」


 超魔王オミクロン――――その姿は果たして実体だろうか?


 豪奢な白と黒、そして紫の布が幾重にも重ねられた禍々しくも美しい衣を纏い、地につかんばかりの覚めるような純白の髪。


 その姿は一見すると女性のように見えたが、全身から放つ押し潰されそうな圧は男性的な威圧感を感じさせた。


 しかしその双眸は黄金に輝き、本来瞳孔が存在しているはずの部分にはどこまでも深い漆黒が穴をあけていた。


 そしてなにより一同を驚かせたのは、その巨大さ――――。


「どうした? 斯様かように軍勢を集めておいて、妾の姿に動くことも出来ぬか? 忌々しい神が長年にわたり秘匿していた地があると聞いてやってきてみたものの、他と大して代わり映えせんな――――」


「む、むちゃくちゃデカイっ!」


「大きすぎて距離感がよくわかりませんよっ!?」


「にょわー! これは、あのあめりかの黒船よりもでかいのじゃ!」


 そう。超魔王オミクロンは大きかった。江戸上空へと飛来した超魔王は、その場にただ滞空するだけで夜空の明かりを覆い隠し、月も星も遮ってしまった。


 その強大な力と相まって、超魔王の持つ威容は奏汰たちに鬼や大魔王ラムダとはまた違う脅威をひしひしと伝えていた。


「フ……まあ良い。妾がここへ来たからにはもはやこの地も闇に呑まれるが定め――――どれ、手始めにがいるというこの町を消し飛ばして――――」


「待て――――ッ! そんなこと、この俺がさせるわけないだろっ!」


 超魔王がその巨大すぎる両手を広げる。周囲の空間が湾曲し、膨大な力が収束。江戸めがけて放たれようとしたその時。

 超魔王の巨大な肉体に比べればあまりにも小さい。しかし確かにその耳に届く決然けつぜんとした声が響いた。


「ほう――――? まさか貴様――――名を名乗れ、小僧」


「俺は剣奏汰つるぎかなた――――江戸を守る超勇者だッッ!」


 瞬間、裂帛れっぱくの叫びと共に聖剣を構えた奏汰が飛翔する。


 一条の光芒と化して遙か上空へと昇った超勇者は、今再びと対峙した――――。




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