勇者の風呂
「これはっ!? ――――お風呂だっ!」
ぬらり
あやかし通りで
薄暗い赤い光に照らされた板張りの脱衣所で服を脱ぎ、渡された
奏汰が七年間
火山地帯の街や、王族の一部にそのような趣向を持つ人々が
つまり、奏汰にとってたった今目にしている湯船は正に七年ぶりの光景だったのだ。そのあまりにも日本的な作りと懐かしさすら覚える浴場に、奏汰は興奮気味に自身の体に湯をかけると、そのまま何も考えずに湯の中へと飛び込んだ。
「うおおおおぉぉぉ…………ふう…………ぶくぶくぶく…………」
熱く感じたのも一瞬。実に適度な湯の温度と、どこか深い森の中を思わせる落ち着いた香り。そして体どころか心にまで染み入るようなとろみを帯びた
「――――奏汰よ、湯加減はどうかの?」
「っ!?」
湯船のある浴場と、たった今凪の声が聞こえた脱衣所はたった一枚の木の板で仕切られているだけだ。そんな間近から突然かけられた凪の声に、
「凪!? なんでここに!?」
「なんで? 私も入るからじゃぞ」
「ぬおおおおおおお!?」
押しとどめることも、逃走することも出来なかった。
「なに、奏汰にはまだまだ聞きたいことや話したいことが山ほどあるのじゃ。丁度良いと思って――――って、なぜ背を向けておるのじゃ?」
「あ、いや! その……この時代だとそれが普通なのか?」
「ほむほむ?」
「だからその……男と女が一緒にお風呂に入るのが……」
奏汰は最後に残されたせめてもの抵抗として凪に背を向けると、なんとか彼女の
しかし凪はそんな奏汰の気持ちも全く意に介さず、不思議そうに首を
「さてのう、私は普段風呂屋を使わんのでよくわからんっ! 奏汰はどうなのじゃ?」
「お……俺のいた異世界とかでは、男と女は別々だった。お風呂じゃなくて、水浴びとか、そういうのだけど……」
「にょにょ? いちいち別にせんといかんとは。面倒じゃの?」
赤面し、背後に感じる凪の気配にガチガチに緊張する奏汰。
当初は奏汰の様子も気にせず湯の心地よさを楽しんでいた凪だったが、そもそも彼女は奏汰と話すためにこうして同じ湯に浸かりに来たのだ。
「むむぅ……! つまらんのじゃ……!」
にも関わらず黙りこくって一言も喋らず、自分の方を向こうともしない奏汰に、凪はやがてむむむと頬を膨らませると、不満げな様子で奏汰の背後へと忍び寄っていく。そして――――。
「おい奏汰よ、戦い通しで疲れておるのじゃろ? 私がもんでやろうか?」
「ふぁっ!? い、いきなり何言って……!?」
「ほれほれ、遠慮するでない! せっかくの湯じゃ!」
「ぐわーーーーっ!?」
瞬間、奏汰の緊張しきった
「……まったく、何を気にしておるのか知らんがの。そう固くしていてはせっかくの
「はわ……」
「奏汰はもっと自分の体を大事にするのじゃ。せっかく親から貰った立派な体じゃろう……」
だが、緊張と警戒はそこまでだった。
凪はその小さな手で
それは、決してなにかしらの力が込められたものでもなく、
しかしその穏やかな感触は、奏汰の心そのものにえもいわれぬ心地よさをもたらした。自分自身でも全く予想していなかったその心持ちに、奏汰はいまだに頬を赤らめつつも抗うことが出来なかった。
「ありがとう……なんか、ごめん……」
「何を謝っておるのじゃ? まったく、おかしな奴じゃのう!」
奏汰はまだ背を向けたままだったが、当初のような緊張はすでにどこかに消えていた。そして、今この時も直に奏汰の体に触れている凪にもそれは伝わった。
「奏汰は皆を守るゆうしゃなのじゃろ? 皆を守るにはの、まずは自分がちゃんと休んでおかないとの。いざという時動けんのじゃ」
「うん……わかった」
「にゃはは! わかれば良いのじゃ!」
すっかり大人しくなってされるがままの奏汰の様子に凪はにっこりと笑みを浮かべると、そのまま飽きるまで湯に浸かり、奏汰の体をよしよしと撫で続けるのであった――――。
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