勇者の見る夢
「カナタっ……お願いだから、もう止めて……っ! 止めてよぉ……っ」
「勇者などと!
「まだだっ!」
少女が見上げる先。
しかし恐るべきはそれを受ける相手だ。カナタが対峙する
物理法則を完全に無視した直角の軌道を取りながら、雷雲の中で何度となく交わる青と金の閃光。使用限界である一秒をとっくに超えて勇者の青を連続使用するカナタの小さな体が
「負けない――――! 俺は家に帰るっ! 絶対に……絶対に母さんの所に戻るんだあああああああああっ!」
「青臭いガキがッ! ならば喜ぶが良い……我が光速剣で、貴様を母の元に送ってくれるッ!」
瞬間。黄金の騎士の速度がついに亜光速を超え、完全な光速へと到達する。
すでに限界を迎え、その力と反応速度を遙かに超える一撃を受けたカナタの勇者の青が、騎士の放った黄金の刃によって
最後まで聖剣を握り締めていたカナタの右腕が
「くッ……そぉおおおおおぉぉぉ――――っ!」
「我らが偉大なる大魔王様に歯向かう者に容赦はしない。それがたとえ、貴様のような子供であってもだ!」
「カナタ……っ!?」
中空でゆっくりと背を向けて去って行くその騎士の姿を見上げながら、力及ばず片腕を失い、敗れ去ったカナタは為す術もなくその意識を手放した――――。
――――――――
――――
――
「うわあ……っ!?」
大きく息を乱し、全身からびっしょりと汗をかいた奏汰は闇の中、左手を右の肩に回してさすり、自分の右腕がそこに存在していることを確かめる。
「もう、ずっと前のことなのに……」
奏汰は一人
ずっとこうだった。
異世界に跳ばされたのは奏汰が十歳の時。それ以降、奏汰が戦わずに済んだ日など
腕を失ったことなど数え切れない。心の臓を刺し貫かれたことも何度もある。
両目を潰され、
「まあ、その内忘れるか……」
奏汰はそう言って、再び寝心地の良い布団の中に潜り込む。
奏汰自身は楽観視していたが、奏汰が戦いの日々で心身に負った傷は深い。
あまりにも過酷な日々を長く過ごし続けてしまった奏汰は、自分がどれほど異常な生活を続けてきたかを理解していなかった。考えを巡らせたこともなかった。
「フフ……
「えっ?」
不意にすぐ隣から発せられた熱っぽい声に、驚いた奏汰はきょろきょろと周囲を見回した。
するとどうだろう。それと同時に完全に消えていたはずの
「
闇の中に立つ白い人影――――まるで全ての不純物を取り除いたかのような白く
まるで、自分がまだ夢から覚めていないようにすら感じる妖しく不可思議な玉藻の立ち姿に、奏汰は
「俺の夢を一緒にって……?」
「ええ……とても素敵な夢でしたよ」
玉藻はそう言うと、音もなく、室内の気も乱さずに
そしてしなだれかかるようにして奏汰のすぐ隣に腰を下ろすと、その身をそっとすり寄せた。
「そのように身構えずとも、剣様のような素敵で楽しい方を害したりはしません。私はただ、剣様ともっとお近づきになりたいだけ……貴方が暮らしていた異国の景色を、私にも見させて欲しいのです……」
玉藻は言って、その
奏汰はそんな玉藻の様子に
「それは別にいいけど……なんでこんなに俺にくっついてるんだ?」
「フフフ……つれないお方ですねぇ? その方が楽しいことになるからに決まっているじゃないですか。ほらほら、そう照れ照れせず、このまま私と一緒に楽しい夢を――――」
「――――のじゃのじゃ。それは残念じゃな。その楽しい夢とやらはお主一人で見るが良いぞ――――
「あ、やば――――」
その晩、凄まじい閃光と共に、どこからか天まで届きそうな狐の鳴き声が夜のあやかし通りに響いた。
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