あやかし御殿


「そうか、そうか。それはまた難儀なんぎなこっちゃのう?」


「そうなんだよ! むちゃくちゃ難儀なんぎしてるんだ!」


「ねぇねぇ! これみてみて! 一本つむりってできる?」


「ギャハハハハ!」


「ワハハハハハ!」


 あやかし通りの入り口で玉藻たまもによって出迎えを受けた奏汰かなたなぎ

 二人は玉藻に案内されるまま、通りの一番奥に建てられた四階建ての壮麗そうれいな木造の建物――――あやかし御殿ごてんへと通された。


 この時代、二階建ての建物ですら大通りに面する商家宅の店舗兼自宅に限られていた。そんな中、四階建ての巨大建築は凄まじいまでの威容いようほこっており、その上どこか周囲の風景からうわついた構造と意匠いしょうは、遠くから見ても一際異彩いさいを放っていた。


 そしてその内部はと言えば、広々とした吹き抜けの大広間から各部屋へと赤い敷物しきものの引かれた無垢材むくざいの通路と無数の階段が伸び、外から見た際に感じる不可思議な印象をより一層深めるような光景が続いていた。


「ほむほむ。相変わらずここはにぎやかじゃの。どうじゃぬらりおう、先日の鬼共から受けた被害はなんとかなりそうかの?」


「心配無用じゃて姫様。雑魚鬼ごときにやられる儂らあやかしではありませぬ。それにほれ、こちらのつるぎ殿が目にもとまらぬ速さでまとめて片付けてくれたのでな。儂も見ておったが、もしや酒天しゅてんが帰ってきたのかと勘違いしたほどじゃったぞ」


 あやかし御殿ごてんの二階。奥の広間へと案内された二人は、そこで早速あやかし衆の長――――歓待かんたいを受けていた。


 ぬらり翁は実に気さくで人当たり良く、半ば歪んだ顔と、大きく伸びた後頭部が奇異きいなことを除けば特になんということもない好好爺こうこうや然とした人物であった。


 凪と奏汰はふるまわれた茶と、とろけるような甘さのを口にしながら、三人の周囲で所構わず遊び回るあやかしの子供たちの相手もしつつ、ぬらり翁に事の次第を説明する。


玉藻たまもには話をつけておるんじゃが、ああ見えて奏汰はなかなかに厄介な深手を負っておるのじゃ。主らの力でなんとかできんかの?」


「ほほう。聞いてはおりましたが、こうして改めて見ても到底そうは見えぬ剣殿の壮健そうけんぶり。もしや……じゅたぐいで?」


「うおおおお! 勇者トルネードオオオオ!」


「キャハハハハ!」


「もっとやって! もっとー!」


 その全身に六人ほどの子供たちを貼り付けたまま超高速回転する奏汰をみやりつつ、それでも至極深刻しごくしんこくといった表情で言葉を続ける凪。

 ぬらり翁は腕を組み、片手を自身のかくばったあごに当てて思案するように両眉りょうまゆを寄せた。


「いや、じゅではない。話せば長くなるが、うちの影日向かげひなたから受けた傷じゃ。それにの、本人は気付いておらんがしんの方も相当にへたっておる。出来ることなら、一度腰をえて奏汰を休ませてやりたいのじゃ……」


「ほっほ……相変わらずお優しい。わらべの頃から儂らあやかしにも大層良くしてくださった姫様が、こうして今もあやかしを頼りにして下さること、このぬらり大層嬉しく思いますぞ」


「そうか? それはお互い様というやつじゃの!」


 幼い頃から一人神社を抜け出し、このあやかし通りであやかしたちと無邪気にたわむれていた凪。

 ぬらり翁はそんなかつての凪の姿と、今の美しく成長した彼女の姿を重ねて目を細めると、何度かうなずいてぱんぱんと両手を叩いた。


「まあ、休息といえばまずは湯治とうじになりましょうな。神霊しんれいから受けた傷をやすには、同種の気の流れを整えるが定石じょうせき。すぐに薬湯やくとう薬膳やくぜん支度したくをさせますでな。数日ここで寝泊まりして頂き、効き目を見てみるとしましょうて」

 

「なるほどの。主の言う通りじゃ。ならば、ついでに私もしばらくこっちで世話になっても良いかの?」


「なんとなんと。それは皆の衆も喜びましょうて。これは大宴会の用意がいりますな」


 ぬらり翁の提案を受けた凪は顔をほころばせて喜ぶと、自身も奏汰と共に滞在したいと申し出る。当然歓迎の意を示すぬらり翁だったが、ふと首をかしげて凪にたずねた。


「しかしどういう風の吹き回しで? そう心配せずとも、剣殿も我らにとっては大恩人。取って食ったりはしませんぞ?」


「んーにゃ! 取って食ったりしそうなおる。ちゃんと私が気を張っておかんと、奏汰がゆっくりできんのじゃ!」


 凪はそう言いながらうなずくと、ふんすふんすと鼻を鳴らして自身の小さな胸を張った。


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