元祖・勇者商売~異世界から帰ってきたら江戸時代だった。なのでそのまま鬼退治する!~

ここのえ九護

第一部

第一章 帰れなかった勇者

勇者、家に帰る


「みんな、元気でな!」


 大きくて明るい、はつらつとした声がその場に響いた。


 ここは大空に浮かぶ天空神殿。

 この剣と魔法に満ちた異世界の女神が住む神聖な場所だ。


 その神殿の奥でたった今大声を発したのは、旅装束に身を包んだ精悍せいかんな顔つきの一人の少年。


 癖のある黒い髪に、同じく黒い瞳。

 自信に満ちた眼光は鋭く、それでいて深い優しさと強さを感じさせた。

 

「寂しくなるね……カナタが元の世界に戻っちゃうと……」


「……いいかカナタ、たとえ元の世界に戻ろうが、貴様を殺すのはこの俺だということを忘れるな。貴様との決着は、まだついていないのだからな!」


「心配するな! お互い生きていれば、またどこかで会えるさ!」


 カナタと呼ばれたその少年は、大勢の仲間たちに囲まれていた。

 互いに軽口を言い合っているが、その口ぶりからは彼らが強い信頼と絆で結ばれていることがうかがえた。


「さあ、名残なごり惜しいでしょうが別れの時間です。超勇者カナタ・ツルギよ――――こちらへ」


「ああ! 女神様にも、今まで世話になったな!」


 仲間たちとの別れを惜しむカナタに声をかけたのは、神殿の奥で待つ美しい女性。彼女こそ、この世界をべる女神である。


 カナタは本来この世界の人間ではない。


 かつて、カナタはこことは別の世界にある日本という国に住んでいた。

 だが、カナタが十歳の時に大きな事故に巻き込まれ、女神の力でこの世界へと跳ばされてしまったのだ。


「いいえ……お礼を言うのは私たちの方です。この世界を滅ぼそうとする大魔王を倒せたのは、全て貴方のおかげ。本当に、よく最後まで戦い抜いてくれました……」


「そんなことないさ。もし女神様に助けられてなければ、俺はあの事故の時に死んでたんだ。ちゃんとその恩返しができて良かったと思ってる。どうか、元気で!」


「カナタ……」


 神殿中央の祭壇さいだんで待つ女神の前に立ったカナタは、自身をまっすぐに見つめる女神の青い瞳に向かって迷いなくそう言った。


 カナタのその言葉に女神の瞳がわずかに潤み、カナタをこの世界に引き留めたいという想いに揺れる。

 だがその迷いも一瞬。心の中に生じた迷いを振り切るように瞳を閉じた女神は、次の瞬間には見る者全てが見惚れるほどの美しい微笑みを浮かべ、カナタの前に手をかざした。


「私はこの世界の万物をつかさどる女神として、私たちを救ってくれた勇者の願いを聞き届けます。大魔王を倒せし超勇者カナタよ。貴方が戻るべき世界への道を、今ここに――――!」


 女神の言葉と同時にカナタの周りに目もくらむ程の光が集まっていく。

 カナタはその光に包まれながら、最後にもう一度だけ、自分のためにこの場に集まってくれた仲間たちの方を振り向いた。


「――――今までありがとう! この世界のこと、よろしくな!」


 その言葉とカナタの笑みは、そのままあふれる光の中に消えた。

 全てを救うまで戦い抜いた超勇者カナタの異世界での日々は、こうして終わりを告げたのだった――――。


 

 ――――――――

 ――――

 ――



「――――っ!? いきなり空かっ!?」


 光を抜けた先でカナタを待っていたのは、どこまでも広がる満天の星空と、はるか眼下で輝くいくつもの家の明かりだった。

 さすがのカナタもこれには驚き、どこか掴まる場所を求めて夜空の中を泳ぐようにもがいてみるものの、もちろんそんな物はどこにもない。


 全身を包む凄まじい浮遊感と、耳元で鳴るうるさいほどの風の音。

 並の人間なら、翼でも持っていない限り死はまぬがれない高さからの落下だった。


「落ち着けっ! こういう時は偶数を数えて落ち着くんだ! えーっと、2……4……5? ……7? 9だったか? ――――よしっ!」


 何が「よしっ!」なのか全くわからないが、自信満々の笑みでうなずくカナタ。


 そもそもカナタは火を噴く竜も、山よりも大きな巨人も簡単に真っ二つにする超勇者だ。たとえ宇宙空間から地上に落下したとしても、カナタが傷一つ負うことはない。


 なんとか落ち着きを取り戻したカナタは、星明かりとわずかな街の光を頼りに足下の夜景に目を向ける。


「おかしいな。俺の記憶では東京ってのはもっとこう、どかーんと明るかったような……」


 ほのかな明かりが点々とつくその光景は、カナタの記憶にある日本の街とはあまりにも違いすぎた。これではむしろ、彼が今まで暮らしていた異世界の町のような印象が強い。


「……俺は本当に日本に帰れたのか?」


 カナタは自由落下するままに身を任せ、腕を組んだ直立不動の姿勢でふむふむと首をかしげて考えたが、すぐに面倒になって考えるのをやめる。だが――――。


「――――町が、!?」


 カナタが目をこらした先。大きく広がる町の一角から、いくつかの火の手が上がっていた――――。


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