勇者、巫女と出会う


 夜の闇を切り裂くように、燃えさかる炎の光に照らされる町。

 火の見櫓ひのみやぐらの上で打ち鳴らされる鐘の音が、火の粉の中を逃げ惑う人々を追い立てていく。


 時は三年。江戸市中。


 部屋と部屋、家と家が密集した木造平屋もくぞうひらや長屋街ながやがいが次々と炎に飲み込まれる。

 すでに、火の手は大通りを挟んだ二階建ての商家の屋敷にも及ぼうとしていた。

 そしてその炎をぶち抜き、燃え落ちた家々を踏み砕きながら巨大な影が出現する。

 

「 グオオオオオオオ!」


 その身に炎をまとわりつかせながら出現した。それはまさに化け物だった。


 全長は五メートルを超え、太い丸太のような腕が四本生えている。頭部は岩で出来ているように見え、赤く光る一つ目が輝いている。

 それぞれの腕には決して粗末ではない精巧せいこうな作りの剣や棍棒を持ち、この化け物がただの力自慢ではなく、高い技術と知性を持ち合わせた存在であることをうかがわせた。


 そしてその巨人が大通りへと現れたのを皮切りに、一体、また一体と別々の巨人が雄叫おたけびを上げてその場へとおどり出る。


「お、鬼だああ! 鬼が出たぞおおおお!」


妖衆あやかししゅうはなにやってんだ!?」


 燃えさかる町を背に立つ五体もの巨人――――人々から鬼と呼ばれるその巨人たちは、自らの姿を見て泣き叫ぶ人間たちに無慈悲ににじり寄っていく。だが――――。


「ほいさーっ!」


 その四本の腕を振り上げ、今正に目の前で腰を抜かす一人の若者を叩き殺そうとした鬼の分厚い胸元に、鉄製のが次々と打ち込まれた。


「ギャアアアアア!」


「さっさと逃げぬか馬鹿者っ! あやかし共も神代かみしろも、今は鬼退治で手一杯じゃ!」


「あなた様は……な、なぎ様……っ」


 たった数本の小さなクナイで傷つけられただけにも関わらず、鬼は苦しみの声を上げて即座に爆発四散する。砕け散ったその肉片は、すぐさま光の粒になって天へと昇った。


 そしてその昇華の光を見上げながら、鬼から青年を庇うように前に立った一人の少女――――なぎと呼ばれた長く美しい黒髪の少女は、白と紅、さらに黒の差し色の入った風変わりな巫女装束を纏い、自身の身の丈よりも長い赤樫あかがしの棒を手に、巨大な鬼の前に敢然かんぜんと立ち塞がる。

 

「あ……ありがとう……ございます……っ」


「礼はよい! 行けっ!」


 青年は地面にひたいをすりつけるようにして礼を言うと、そのまま這いずるような姿勢で逃げ去って行く。凪はその様子をちらとうかがって確認すると、再び眼前の鬼と対峙した。


「火の手の数から見て、神田かんだから妖通あやかしどおりまで鬼であふれかえっておるな。これは流石に私一人では守り切れんかの……っ!」


 凪はその幼く可憐かれんな顔に焦りの色を浮かべると、周囲を囲む鬼の群れを睨み付け、胸元から次のクナイを取り出す。

 そして大地を踏みしめる両の足に力を込め、巨大な鬼めがけて飛びかかろうとした。だが、その時――――!


「勇者キイイイイイック!」


「ギャバアアアアアア!?」


 その小さな体を鬼めがけて跳ねさせた凪の目の前で、上空から凄まじい勢いで降ってきた少年の跳び蹴りが鬼に炸裂。直撃を受けた鬼は木っ端微塵こっぱみじんに吹っ飛んで跡形もなく消滅した。


「勇者パンチ!」


「ギョエエエエエエエ!」


「勇者頭突き!」


「アジャパアアアアア!」


「勇者腕ひしぎ十字固めえええええッ! うおおおおお! 死ねええええぃ!」


「ひでぶッ!」


 それは正に一瞬の出来事だった。突如としてはるか上空から落下してきた謎の少年は、まるで嵐のように凪を囲んでいた四体の鬼を瞬殺してしまったのだ。


「なんじゃこいつは!?」


「大丈夫か!? 俺が来るまでよく頑張ったな! 後は俺に任せろ!」


「い、いきなり空から降ってきて何を言っておるのじゃ!? まさかお主、どこぞの同業か!?」


 あまりの出来事に驚きを隠せない凪の問いに、少年は燃える炎の中でその炎よりも熱い輝きをその瞳に宿し、全身から七色の後光を放ちながら自身の名を告げた。


「俺はつるぎ奏汰かなた――――超勇者だ!」



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