光、繋ぐ時
「――――よくぞこの世界に来てくれました。大魔王を倒すことの出来る勇者よ」
それは、
なんの説明もなく目の前に現れた異世界の女神は、まだ十歳になったばかりの小さな奏汰に向かい、神々しい輝きを纏ってそう言った。
「僕が――――ゆうしゃ? が、学校は――――お母さんはっ!?」
「残念ですが、現在この世界は恐るべき大魔王の力によって閉ざされています。大魔王を倒すまでは、貴方も元の世界に帰ることはできません――――」
女神は深い憂いを宿した表情でそう言った。それは、まだ幼い奏汰に対してあまりにも
「貴方の辛い心中は私にもよくわかります。そこで、貴方が一刻も早く大魔王を倒して元の世界に戻れるよう――――私も貴方に力を授けましょう。貴方の望みを叶えるための、勇者の力を――――」
「ちから――――……?」
それが、奏汰の勇者としての始まりだった。
奏汰はその場で全ての勇者パワーの元となる勇者の力を女神から与えられ、繰り返される強敵との死闘の中で、その力をより強力に開花させていった。
最後には、見事大魔王を討ち果たすほどに――――。
(あの時、俺は力なんて欲しくなかった――――そんなの、どうでも良かった。ただ――――母さんのところに戻してくれれば――――それで――――)
無我夢中で展開した勇者の紫によって致命傷は免れていたが、赤を上乗せされた煉凶の一撃は奏汰の傷口から黒い炎を発し、その身を焼き付くさんと燃え続けていた。
まるで全てが止まったような感覚の中、奏汰は自分の心も魂も、何もかもが散り散りになるような錯覚を覚えていた。
(俺の力って――――なんなんだっ?)
それは、自分自身の力への疑念。
初めて抱いた、十歳の頃から使っていた自分の力の得体の知れなさへの恐怖。そして、恐るべき強敵に打ち倒される無念さ。
今、それら全てがない交ぜとなって奏汰の心をバラバラに引き裂こうとしていた。しかし――――。
「――――奏汰の手は、暖かいのじゃ」
「え?」
その時。窮地に陥った奏汰の意識が別の光景を映した。
それは果たして、死に瀕した奏汰の本能が見せる、状況を打開する記憶だっだのであろうか。
――――それは、あの夏の日。
習字を終え、墨で汚れた奏汰の手を取って見つめる
「奏汰の手は、始めて会ったあの時からずっと暖かじゃった。こんなにも酷い有様なのに、それでもほれ――――こうして手を重ねると、なぜか私は凄く落ち着くのじゃ……」
「凪……」
凪は新九郎が握っていない側の奏汰の手を、その小さな両手で暖めるように握った。そうして――――その青と黒の混ざり合った大きな瞳をまっすぐに奏汰へと向け、少しだけその頬を染めて――――この世に二つとない可憐で透き通った笑みを浮かべて見せた。
「そう……そうですよね。じゃあ、こんなのはどうでしょうっ?」
「にょにょ?」
すると、今度は新九郎が何かを思い付いたようにその表情を明るく輝かせる。
新九郎は奏汰の手を取ったまま、自身のもう片方の手で凪の白い手を握った。
「ほら――――奏汰さん。わかりますか? 貴方の大切な手は――――誰かとこうして手を繋ぐためにあるんです」
「おおお……っ?」
新九郎が凪と奏汰の手をとったことで、奏汰も凪と新九郎の手を、凪も奏汰と新九郎の手を握る三角の形になった。
それはまるで
「僕も――――こうしてると落ち着きます。あ、いや……っ! 実はなんか凄く胸が苦しくて動悸もするんですけどっ! でも、やっぱりなんだか幸せな気分です――――」
「――――私は、いつか奏汰が剣など握らずとも良いようにしてやりたいのじゃ。いつまでも私や新九郎とこのように手を繋いで、奏汰が楽しく暮らせるようになって欲しいと、心からそう願っておる――――」
(凪――――新九郎――――)
それは、一見すると今のこの追い詰められた状況に似つかわしくない、全くもって意味の無い光景と記憶であるかのように思えた。だが――――。
(
時の止まった世界の中。奏汰はかつてないほどの速度で思考を巡らせていた。
そしてその巡らせた思考の果てで、たった今見た三人で繋いだ手のぬくもりが、一つの答えへと奏汰を導こうとしていた。
奏汰は自身の体を焼き尽くそうとする漆黒の炎の熱よりも、かつて自分の手を握ってくれた凪の、新九郎の、そして――――塵異の手のぬくもりを感じていた。
(そうか――――そうだったんだ。やっとわかった――――塵異さんが、なんで俺に光だけを渡したのか。それ以上、俺に何も言わなかったのか――――)
その時。奏汰は全てを見ていた。
はるか眼下。
凪が
そうだ。
力の有り様を決めるのは君自身。どのように輝くかを決めるのは君自身。
どうか、それを忘れてはいけないよ――――。
瞬間、全ての感覚が本来の時間感覚へと帰還する。
それと同時、奏汰はその目に映る全ての仲間たちに向かって必死に手を伸ばしていた。そう――――奏汰の手は、剣を握るために伸ばされたのではない。
奏汰が想う、決して代わりなどいない大切な仲間たちと繋がるために、その傷ついた自身の手を伸ばしたのだ。
煉凶の緋の力によって焼かれていた奏汰の体から、
そしてその翡翠の輝きはまっすぐに凪の、新九郎の、そして六郎の元へと伸び――――全てを繋いだ。
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