第五章 勇者の理由

勇者の銀 巫女の御柱


「――――わかったぞ。あいつのやってることが!」


 塵異じんいが炸裂させた翡翠色ひすいいろの輝きを帯びた火の粉に照らされ、まだ全身から白煙はくえんを上げて片膝をつく奏汰かなたが目を見開いて叫んだ。


「なんじゃと!? 奏汰には奴の不死身のカラクリがわかったのか!?」


「わかった! そんでもって、俺なら多分なんとか出来る!」


 奏汰はそう言いながら聖剣を支えにして立つと、その全身にまとい、大きく深呼吸してによる反動を無理矢理回復させる。


「……あいつの相手は俺が引き受ける! けど、俺は多分あいつの力を押さえ込むので精一杯になると思うんだ。一撃であいつを叩き潰せるようなの、頼めるか?」


「一撃でじゃと? ――――わかった。多少時間がかかるが、大丈夫かの?」


「ああ! 頼む!」


 奏汰となぎは互いにそう言ってうあずき合うと、迫り来る塵異と再び相対する。


「――――どうしたね? 小生はまだこうして傷一つ、息一つ乱していないのだが。まさか、もう怖じ気づいてしまったかな?」


「勇者ってのはな――――怯えないから勇者なんだよ! 凪、頼んだぞ!」


「がってんじゃ! 抜かるなよ、奏汰!」


 その背に翡翠色ひすいいろの後光をまとい、三度あやかし御殿に迫る塵異。奏汰は凪をその場に留め、今度は単独で塵異へと斬りかかる。


玉藻たまもよ、わらべ達と共に下がっておれ! 奏汰の望み通り、一つどでかいのをやるのでな!」


「はいはい。塩漬けになった影日向かげひなた様がちゃんと助けて下さることをお祈りしてますよ私は」

 

 飛び出した奏汰とは別に、その場へと残った凪は手に持った赤樫あかがしの棒をおごそかに三度天に向かって振りはらい、渾身こんしんの力を込めて大地へと突き刺す。

 そしてその場でゆっくりと二度うやうやしくこうべを垂れると、突き刺した棒に向かって七度の拍手を行った。そして――――。


掛介麻久母畏伎かけまくもかしこき 影日向大御神かげひなたおおみかみ 黒州乃日向乃くろすのひむかの 異地乃先原爾いちのさきはらに 御禊祓閉給比志時爾みそぎはらへたまひしときに――――」


 あやかし御殿前。すでに交戦を再開し、激しく打ち合う奏汰と塵異には目もくれず祝詞のりと奉上ほうじょうする凪の周囲に、降り注ぐ火の粉すらはね除ける清浄な白銀の結界が展開される。


(奏汰よ――――! 信じておるぞ!)


 凪はその心を神への祈りで染め抜きつつも、閉じたまぶたの裏に、奏汰への必死の願いを込めていた――――。


「うおおおおおお! 勇者腕ひしぎ十字固めええええええ!」


 そして、奏汰と塵異の攻防はその苛烈かれつさを増していく。


 。あらゆる傷をし、全ての状態異常を解除するリリースの力を使って瞬間的な活力を取り戻した奏汰は、空中に飛び上がって塵異の腕にまとわりつくと、そのまま一気に塵異の腕をへし折りにかかる。


「何でもやるな君は! しかし――――!」


 だがしかし、塵異は奏汰が腕をへし折ろうと体を反らせると同時にその方向へと自らも高速回転。逆に腕にしがみついた奏汰をぶんぶんと振り回すと、そのまま凄まじい勢いと遠心力を乗せて地面が陥没かんぼつするほどの威力で大地へと叩きつける。


「がっ…っ! こん……のおおおおおおお!」


「なんとっ!?」


 しかし奏汰はそれを意に介さない。意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けながらも、奏汰は塵異の腕を放さず、そのまま凄まじい力で塵異の肉体も大地に引きずり込む。

 そしてそのまま馬乗りの態勢になると、塵異の傷一つない顔面に一発45トンの威力を誇る勇者パンチを連続で叩き込む。


「マウント勇者パンチ! 勇者パンチ! 勇者パンチ! 勇者パンチ!」


「ごふぁ! ごぼお! がが! げべぇ!?」


 並の人間であれば一発殴られただけで異世界転生してしまうような威力の拳を、一切の容赦なく連続して顔面に叩き込まれる塵異。

 洒落しゃれた帽子が弾け飛び、整えられたひげが折れ曲がり、その細い顔が原型すらとどめずひしゃげていく。だが――――。


「――――なんとも野蛮やばんな、まるで野獣のごとき戦い方。小生では付き合いきれんよ」


 確かにがっちりとマウントを取り、完全に逃走不可能となっていたはずの塵異が瞬時にその場から消える。

 そして先ほどと同様、再び傷一つない状態となって奏汰の後方に優雅ゆうがに降り立ったのだ。だがしかし、奏汰は塵異がそうするであろうことを


「――――やっぱりだ。お前、だろ?」


「ぬ!?」


 奏汰が発したその言葉に、塵異の表情に初めて驚きの色が浮かぶ。

 奏汰は背後に出現した傷一つない塵異に鋭い眼光を向けると、ゆっくりと聖剣をたずさえて陥没かんぼつした地面から立ち上がる。


「なんと……これはやられた。まさか、すでに小生の力に予想がついていたとは」


「俺は前いた世界でも時間を操る敵と戦ったことがある。多分、お前は自分がやられた瞬間にに戻ってるんだ。だから傷だけじゃなくて、ボロボロになった服とか帽子まで元通りになる」


 燃えさかる炎を背に、凄絶せいぜつな剣気と共にその全身から七色の光を放つ奏汰。

 その姿に、塵異は忌々いまいましげにその痩せた顔を歪めた。


「屈辱だな。似たようなやからと戦ったことがあるからわかったなどと。ね? では、君にはその打開策があるとでも?」


「――――一つ、聞かせてくれ」


「……?」


 初めて怒りの感情をあらわにして奏汰へと詰め寄る塵異。しかし奏汰は塵異を見据えたまま、呟くようにして逆に尋ねた。


「お前たちはなんで人を襲うんだ? 俺とお前はこうして話せてる。俺みたいに馬鹿ってわけでもないみたいだ。お前らになにか目的があったとして、それを話し合ってどうこうするってのは、無理なのか?」


「フム……何を言うかと思えば……」


 奏汰の発したその言葉に、塵異は呆れたように片眉かたまゆを上げ、やれやれとばかりにため息をついた。


「君やあの巫女のように優れた力を持つ者相手ならまだしも、なぜ強者にすがるしか能のない弱者と我々が対話する必要があるのかね? 元より君たち人間は我々にとってエサのようなもの。いちいち動物の肉を喰らい、草木の根をかじることに罪悪感を感じる者などおらぬよ」


「……そうか。わかった」


 塵異のその返答に奏汰は僅かに目を細めると、聖剣の切っ先を目の前の鬼に向けた。七色に輝いていた聖剣が激しく明滅し、


「実は俺も出来るんだ。時間を操るっての」


「なに?」


 その全身から銀の光を放つ奏汰。奏汰の持つ聖剣を中心に周囲の景色がぐにゃりと歪み、奏汰と塵異を包み込む。


「見せてやる――――! これが、だ!」


 瞬間。対峙する奏汰と塵異から漆黒しっこくの夜空に向かって白銀の光が昇った。そして――――!


祓閉給比清米給閉登はらへたまひきよめたまへと 白須事乎聞食世登まをすことをきこしめせと 恐美恐美母白須かしこみかしこみもまをす――――」


 その光に呼応するようにして、凪の祝詞のりとがその奉上ほうじょうを終える。

 それと同時にかっとその瞳を見開いた凪は眼前に突き刺した赤樫あかがしの棒を掴み取ると、天へと掲げて神を呼んだ。


「いざ! 神式、終之祓ついのはらえ――――影日向大御神かげひなたおおみかみ!」


 凪のまとった気が奏汰の銀の光と交わって天を貫く。


 夜の闇がその一点だけ穿うがち抜かれ、引き裂かれた闇を抜けて、光り輝く超巨大質量――――全長数千メートルにも及ぶ巨大な御柱みはしらが空から降ってきた――――。





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