刹那の交錯
「よっこいしょー! っとと、ようやくこれで一段落かな?」
「ふわぁ……手伝ってくれてありがとうございました、奏汰さんっ」
神代神社の
大きく開け放たれた戸から覗くその部屋は、大体五畳から六畳ほどはあるだろうか。
その建物の周囲を満たすのは、ひっきりなしに響きわたる
首に回した手ぬぐいで額の汗を拭いながら、
「全然よゆーだよ! 異世界に居た頃は崩れた町や家を皆と一緒に直したりもしてたんだ。だから普通の勉強より、こういう大工さんみたいな仕事の方が得意になっちゃってさ」
「それにしたってこんなに綺麗に! しかも二週間とちょっとで作っちゃうなんて凄すぎますよ!」
そう言って驚きつつも、奏汰が使っていた
奏汰も新九郎も夏の暑さのために涼しげな薄手の服装になっており、奏汰は
新九郎は普段の
新九郎が神代神社に
当初その話を聞いた
『うぎゃーーーーっ!? み、見ないで下さい! き、着替えてますから! 僕! 今着替えてます! あわわわわわ!』
『い、いいいい、一緒の布団でっ!? しかもこんなに密着して寝るんですかっ!? は、はわわわわわわっ! む、無理です! いくらなんでも早すぎますっ!』
と、ご覧のような有様で、新九郎と二人との――――特に奏汰との共同生活は当初全く不可能にすら見えるほどであった。
当時、武家も町民も
しかし今年十四歳となった新九郎は現在までそのような他家奉公の経験が一切なく、
新九郎にとって、他人とここまで距離を近しくして寝食を共にするという経験は、生まれて初めてのことだったのだ。
「いきなり押しかけて、その上こんなことまでさせてすみませんでした……僕、あんな偉そうなこと言ったのに……いざこうなってみると、全然駄目で……」
「ははっ! いいっていいって! それにさ、俺の住んでたところの女の子はみんな新九郎みたいな感じだったよ。俺もここに来てすぐの頃、凪がそういうの全然気にしないからびっくりしてさ」
「あー……凪さんはそうですよね……。奏汰さんの前でも平気で着替えてますし……」
「そ、そうなんだよ……。だから……まあその、新九郎みたいな反応の方がどっちかっていうと俺の感覚に近いかな。普通のことだと思うよ」
なんだかんだ言いつつも、新九郎は将軍家の立派な一人娘。どんなに男として育てられたと言っても、そこには周囲の手心が多分に含まれていたし、男として育てなければならないという決まりが逆に新九郎への特別待遇を招いていた部分もあった。
新九郎が女性であることが知られれば大事なので、湯浴みや沐浴は全て一人。
着替えも通常であれば傍仕えが手伝うところ、新九郎はこちらも全て時間をかけて一人で行っていた。
父である将軍
「それに……俺も新九郎と朝から晩まで一緒にいられるの、凄い楽しいからさ。凪もああ見えて凄い寂しがり屋だから……新九郎がここに来てくれてから、凪も前よりももっと明るくなった気がするよ」
「凪さんも……」
押しかけておいてさらに住居の改築までさせては流石に酷いと、新九郎は当初屋根だけがついた掘っ立て小屋を自分で用意しようとしていた。
しかし凪も奏汰もそれを良しとせず、こうして中途半端な使われ方をしていた物置を改装して新九郎の住居とした――――ならば男性の奏汰をこちらに住まわせれば良いのでは? という案は、凪からそれとなく逸らされて却下された。
「よし――――これで新九郎もここでゆっくり出来るし、せっかくだから凪にも見てもらおう! それに、
「はいっ。ここでお世話になっている間も、お給金は討鬼衆分としてちゃんと頂いてるので、間違いなくお支払いさせて頂きますからっ!」
「そうだな、凪はあんまりそういうの気にしなさそうだけど――――」
言いながら、改装を終えた小屋から木漏れ日と蝉の鳴き声に満たされた境内へと出てきた奏汰と新九郎。二人はそのまま連れ立って凪のいる
「――――っ! 新九郎っ!」
「はいっ! ――――なにか来ますねっ!?」
瞬間、奏汰と新九郎はほぼ同時に大気の震える圧を感じた。
凄まじい速度と加速を持つ存在が大気中を奔り抜ける時、その動きは大きな圧力の乱れとなって
二人はその大気それ自体が発する振動を察知し、何者かの接近を感じ取ったのだ。
「新九郎は剣を! まずは俺がやる――――っ!」
「わかりました、すぐ戻りますっ!」
丸腰の新九郎を背後に庇いつつ、奏汰は即座に神社入り口の巨大な鳥居めがけて走った。その速度は百メートル一秒ちょうどという凄まじい加速。
その上奏汰が駆けだした次の瞬間には閃光と共に聖剣リーンリーンが手の中に出現。一瞬で戦闘態勢へと移行する。そして――――。
「え――――っ!?」
「うああああああっ!」
瞬きするほどの刹那。一瞬で鳥居を超えて迫る圧の発生源に肉薄した奏汰がまず見た物。それはかつて対峙し、光の中に消えた鬼――――
六業を視認した奏汰は即座に聖剣に赤い炎を纏わせ、復活した六業に狙いを定める――――しかし!
「いや――――……違うっ!」
しかし奏汰は神社めがけて突っ込んでくる六業を、そのまま交差するようにして通した。さらには瞬時にその刃の色を赤から紫へと変え、自身の前方に紫色に輝く
「へぇ? どうやら、最初からこれが狙いだったんだね」
「ぐ――――っ!」
それは正に瞬時の判断だった。奏汰の展開した勇者の紫は迫り来る何かと激しく拮抗して閃光の華を咲かせ――――しかし抑えきれずに奏汰は再び凄まじい勢いで神社の敷地内へと弾き飛ばされた。
そして、その光と衝撃波の向こう。灰色の制服に身を包んだ長髪の女性が、その身を僅かに浮遊させながら奏汰の眼前に降り立ったのだ。
「これは面倒なことになったね。私としたことが、やはり君を傷つけることに
「――――鬼が、鬼を追ってるのか」
「ぐ……ぐぐ……っ」
「お兄ちゃん……! 大丈夫……っ!?」
眼前に現れた女性に聖剣の切っ先を向けつつ、奏汰は自身の後方。その身からおびただしい瘴気を放ちつつも、必死に腕の中の少女――――まちを守ろうと倒れる六業を見た。
先の
六業がひしと抱きしめたまちの姿を見た奏汰は、即座に敵意の根源が別に存在することを見抜き、更には迫り来る破滅の気配すら読み切って勇者の紫で弾き返していた。
「私の名は
陽禅はその身を正して片手を自身の胸に当て、もう片方の腕を大仰に広げると、余裕すら感じさせる所作で奏汰に礼をとって見せた――――。
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