その少女は叫び


「君が来てからというもの、私たちの計画はかなりの部分で変更を余儀なくされた。塵異じんいの死、そして小位の壊滅という大きな代償も払った――――」


 夏の日射しをさえぎる木漏れ日の下。


 その背後に六郎ろくろうとまちを庇い、聖剣を構える奏汰かなた


 そしてその奏汰と対峙する、灰色の軍服じみた制服に同色のズボン。そして黒いブーツという出で立ちの女性――――黄の大位、陽禅ようせんは優雅に片腕を組み、右手を自身の白く細い顎先にそえる――――。


「たった今、初見の筈の私の力を凌ぎきったところから見ても、君を侮ればいかな大位とはいえ私も塵異と同じ運命を辿るだろう。そこで一つ提案したい」


 陽禅は言うと、顎先に当てていた手を組み替えて人先指を立て、眼前の奏汰に値踏みするような黄金の眼光を向けた。


「少なくとも、今の私には君たちやこの世界の住人に危害を加えようという意図はない。私はそこにいる同胞、六業ろくごうを連れて帰るためにやってきたんだ」


「……連れて帰る?」


 構えを解かぬまま、陽禅の言葉に怪訝けげんな表情を浮かべる奏汰。

 陽禅もまた奏汰同様警戒はしているものの、確かに殺気自体は感じさせない様子で言葉を続けた。


「実を言うと、彼は今なんだ。早く治療しなければ、今度こそ彼は本当に消滅してしまうかもしれない。私はなんとしても彼を助けたいと思っているんだよ」


 奏汰の目の前でその瞳を閉じ、やや俯きながら憂いの色を見せる陽禅。このような臨戦の場においては最早そうそう騙されぬほどに戦闘慣れした奏汰から見ても、陽禅のその言葉からは確かに虚偽の感情は読み取れなかった。


「どうだろう? ここはお互い刃を収め、私に彼を引き取らせて貰えないだろうか。実は先ほど彼と戦闘になったのも、彼が一時的な錯乱状態に陥ったからでね。彼が必死に抱えているを君が安全な場所まで引き離してくれれば、後は君たちとは一切関わらず、私が責任を持って彼を連れて引き下がると約束する」


「――――そうか。あんたの言いたいことは、大体分かった」


 奏汰は言うと、陽禅の提案の中身を反芻はんすうするようにして思考を巡らせる。しかし奏汰も彼なりに色々考えはするが、基本的にあまり考えるのは得意ではない。


 そして、そんな彼がこのような時に最も信頼する物。重視する物。それは――――!


「まち! 今のこの人の話、どう思うっ!?」


「え……?」


 それは、である。


 今この時、この場には陽禅以外にもう一方の当事者がいるのだ。それは即ちまちと六郎。二人を追っていた陽禅の言葉には確かに嘘はない。奏汰はそう確信していた。だが――――。


「ゆうしゃさま……っ。私……っ」


 だが確かに陽禅は奏汰に対して嘘はつかなかったが、あえてがある。それは、ということだ。


 凄まじい強者同士が対峙する恐るべき空間。その中にあっても、まちは傷ついた六郎から


 心臓を押し潰されそうなほどの圧迫感の中、言葉を紡ぐことも出来ずに、しかしそれでも事の成り行きから目を逸らさなかった少女に、奏汰は声を発する機会を与えていた。


「だめ……! おねがい、ゆうしゃさま……っ! お兄ちゃんを……お兄ちゃんを守ってあげて……っ! お兄ちゃんは……もうって……っ! 絶対だめだって言ってたの……!」


 まちはそのガタガタと震え続ける体からありったけの勇気と想いを振り絞り、それでもまだかすれた、今にも酸欠になってしまいそうな有様で奏汰へと助けを求めた。それは自分をではない、のだ。


「――――わかった。後は俺に任せろっ!」

 

「交渉は決裂、か――――まあいいだろう」


 まちのその声が合図だった。


 奏汰の全身から七色の閃光が奔り、陽禅の周囲の空間が不可視の力によって湾曲。陽禅の姿そのものが不透明なガラスの向こう側に存在するようにぼやける。


「勇者式清流剣――――ッ!」


 しかし奏汰は怯まない。


 先ほどの刹那の交錯。奏汰はこの陽禅を覆う不可視の領域が何らかの破壊をもたらす力の集積だと見切っていた。見たところその障壁に隙間のような物が存在しているように見えなかったが、それならば奏汰にもやりようはある。


「――――青百連ッ!」


 瞬間、聖剣の刀身を青で満たした奏汰の姿が消える。かつての戦いで一瞬にして三体の小位の鬼を葬り去った、奏汰と新九郎しんくろうが共に紡いだ新たなる力。


 凄まじい衝撃波が連続して発生し、物体が亜光速へと達する際に炸裂する高周波の爆音が断続的に周囲を震わせる。


 青百連は勇者の青のように数万もの打撃を相手に放つ事はできないが、常識的に考えれば一瞬で。そして――――。


「燃えろおおおおおおおおおッ!」


 瞬く間に空間を切り裂く青い閃光の軌跡から溢れるようにして紅蓮の炎が巻き起こり、亜光速の斬撃に全てを焼き尽くす滅殺の力が上乗せされる。


 奏汰はこの勇者の赤を乗せた青百連で、陽禅の障壁を穿ち抜きにかかった。


「やるね。これはまともに喰らえば耐え切れそうにない――――ね」


「――――うおっ!?」


 奏汰の放った青百連と、陽禅の不可視の障壁。

 双方の決着は僅か一秒未満で明らかとなった。


 陽禅めがけて振り下ろされた奏汰の亜光速の斬撃は、その不可視の領域に触れた際に凄まじい閃光と共に弾き飛ばされた。その衝撃は凄まじく、聖剣を握った奏汰の手の平が大きく裂け、鮮血の尾を引いた。


「悪いけど、私の力はそういう類いの物とは違うんだ。黄の力――――その精髄せいずいはね」


「くっそ!?」


 陽禅がぼやけた領域の向こう側でその両手を広げる。そしてそれと同時、今度は衝撃で遙か上空へと弾かれた奏汰の周囲の視界が大きく歪んだ。


「さて――――あっけないけど、力ある者同士の戦いは得てしてこういうものさ。どうやら君の戦い方と私の力は相性が良かった。少しほっとしているよ」


「やられるっ!?」


 吹き飛ばされた先、広大な夏の空の下で陽禅の領域に四方を包囲された奏汰。

 この状況下、もはや逃れる術は限られている。使えば自身が七日間の昏倒こんとうに陥る勇者の銀――――もしくは奏汰ごと消滅しかねない勇者の虹だ。


「銀で行く――――っ!」


 奏汰は僅かな逡巡を経て、勇者の銀の発動を決意する。だがその時!


「神式――――! 虚空輪壊之一矢こくうりんかいのいっし――――ッ!」


 しかしその瞬間。神代神社境内の一角を始点として、その円の直径が巨大な光芒こうぼうが奏汰の存在する空間を射貫いた。


 その光芒は奏汰を圧殺せんと迫っていた陽禅の湾曲空間を跡形もなく粉砕し、さらにその果てに見える巨大な入道雲すら木っ端微塵に打ち砕いて尚、その先まで届いていた。恐らく、地球圏を越えた宇宙空間にすら到達しているだろう。


「にゃっははは! ようやく私でも使えるようになったので試し打ちしてみたのじゃが、これはなかなか良さそうな感じじゃな! 奏汰よ、生きておるかっ!?」


「な、凪っ!? お前、その弓っ!? それってだろっ!?」


「ちっ――――やはり神代の領域で戦うのは不利、か」


 あまりの事に驚き、遙か眼下へと目を向ける奏汰。


 そこでは金色と白銀の装飾を施された、禍々しい意匠の金属製の長弓を構え、満面の笑みを浮かべた凪が奏汰に向かって手を振っていたのであった――――。




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