美少年、つっこむ


 破神弓はじんきゅう――――。


 それは、かつて異世界を支配する寸前まで歩みを進めた大魔王ラムダが、神々を抹殺するために魔界の名工に命じて作らせた異世界最強の弓である。


 この弓の持つ特性は二つ。


 どのような力を持つ存在が使っても決して壊れないこと。そして使用者の持つ力を純粋な破壊力に変換して矢を放つことである――――。


なぎっ! 助けてくれてありがとう、でもその弓っ!?」


「にゃはは! これは家の倉庫に眠っておった影日向かげひなたの弓じゃ。わらべの頃に興味本位で触った時はになってしまったのじゃが、今なら使えるかと思い引っ張り出してきたのじゃっ!」


 窮地を脱し、そのまま遙か上空から凪の立つ境内の一角に着地する奏汰かなた。凪はにこにこと笑みを浮かべて得意げにその小さな胸を張ると、すぐさま二の矢を陽禅ようせんめがけてつがえる。


「影日向が使っておった頃はなんでも壊すじゃじゃ馬だったらしいがの。千年もここで祓い清められたおかげでとなったのじゃ! 先も奏汰ごと巻き込んでも平気じゃったろ?」


「そ、そういえば……! むちゃくちゃ便利だなそれっ!?」


「なるほど――――その弓の記録は私たちの所にも残っているよ。当時の大位が為す術もなく消滅したと。これはまた厄介な物が出てきたものだね」


 番えられた破神弓の照準が自身に向いているにもかかわらず、陽禅は未だその余裕を崩さない。

 しかし先ほど凪が放った虚空輪壊之一矢こくうりんかいのいっしは、奏汰が勇者の赤を使っても弾かれた陽禅の不可視の力を軽々と粉砕しているのだ。そして――――。


「奏汰さん――――っ! お待たせしましたあっ!」


 凪と奏汰、二人の立つ側とは丁度反対となる敷地から二刀を構えて新九郎しんくろうが現れる。新九郎はすぐさま陽禅の瘴気と不可視の領域の圧にやや怯む様子を見せたが、もはやかつてのように怖じ気づくことはない。


「気をつけろ新九郎、そいつの周りに見え辛い壁があるんだっ! それをこっちに飛ばしてきたりもする!」


「なるほど――――壁ですか。っていうか奏汰さん、その手――――っ?」


「え?」


 後からやってきた新九郎に注意を促す奏汰。油断なく二刀を構えて陽禅を見据えながら、新九郎はちらと奏汰の聖剣を握る手のひらを見る。


 先ほどの陽禅との激突。その衝撃に晒された奏汰の手は再び裂け、聖剣のつかを伝って今も赤い血が地面へと滴り落ちていた――――。


「さて――――どうしようかな。私はどうしても六業ろくごうを連れて帰りたいんだけど。しかしわからないな、どうして君たちは私の邪魔をするんだろう。六業は君たちが鬼と呼ぶ仇敵きゅうてきじゃないか。とても人里に置いておけるような存在じゃないと思うんだけどね?」


「うっ……お、俺は……」


「お兄ちゃん……っ? 大丈夫……?」


 そしてそんな奏汰達に向かい、心底わからないとばかりに首を傾げて見せる陽禅。その陽禅の問いに真っ先に反応したのは、傷ついて僅かに意識を失っていたはずの六郎ろくろうだった。


「俺は……戻れねぇ……! 俺は、アンタのこと、……感謝してるけど……! それでも無理なンだよォ……! もうほっといてくれ……! 俺は……んだよ……! 俺はもう、誰も殺したくないんだよぉ……っ!」


「六業――――……」


 途切れ途切れに紡がれた六郎のその言葉は、あまりにも深い悲哀と痛苦に満ちていた。六郎のその言葉を聞いたその場にいる全ての者がその表情を曇らせる。しかし――――皆の胸に去来した想いは同じではない。


「六業――――やはり決めたよ。たとえ不利な状況であろうと、私は必ず君を連れて帰る。、私が絶対に君をこの地獄から救い出すッ! たとえ、ここで私の身が朽ち果てることになろうとも!」


「ぬっ! こやつ、この状況でやるつもりかっ!?」


「どうもそうみたいだな!」


 瞬間、陽禅の感情の高ぶりに呼応するようにして周囲に空間が大きく歪んだ。それは陽禅が再び戦闘態勢に入ったことを意味する。


 この時、奏汰は迷った。先ほど奏汰が放った青百連と勇者の赤の組み合わせは、奏汰が一切の負担なく放てる最も強力な連携の一つだった。


 それが陽禅に通用しなかった以上、もし奏汰がこの場を力で押し切ろうとすれば、それは否応なく奏汰の身に大きな負担となってのし掛かる。

 しかも陽禅の全力が未知数な以上、さらに陽禅が余力を残していれば奏汰達は確実に窮地に陥るだろう。


 ならば、この状況で奏汰がやるべき事は何か。それは――――。

 

「凪っ! さっきの弓矢、撃つまでにどれくらいかかるんだっ?」


「にょ? 範囲を絞ればすぐ撃てるのじゃ! ただし、今の私では撃つ前に一呼吸せんと狙えんが!」


「わかった! なら、俺は凪の援護とまち達を守るから、凪はその隙にあいつを頼む! あいつの壁みたいなの、俺じゃ壊せないんだっ!」


「ほむ……! 任されたのじゃ!」


 先に凪の放った破神弓は陽禅の障壁を容易く粉砕している。それがどのような原理による物かは不明だったが、少なくともすでに陽禅に通じる力はあるのだ。

 

 奏汰は僅かな思考の上、自身は凪の援護に回ることを決断。その力をそしてへと変換し、陽禅一人に定められていた視界を戦場全てに広げた。だが、その時――――!


「よし! 行く――――」


「――――はあああああああああっ!」


「にょ!?」


 奏汰と凪が各々の役割を確認し、いざ陽禅へと対峙しようとした、その時である。

 裂帛れっぱくの気合一閃。二人から僅かに離れた場所でなにやら考え込んでいた新九郎が、目にもとまらぬ加速で陽禅めがけ突っ込んでいったのだ。


「し、新九郎っ!? お前なにしてっ!?」


「奏汰さんと凪さんはその作戦通りでお願いします――――! いいですか奏汰さん――――今からこのっ! でありあなたのでもある僕が! 奏汰さんに手本を示しますっ! よーーーーーーっく、その目で見てて下さいッッ!」


 言いながら新九郎は神域の加速で疾走。その清流の静けさを宿し、陽禅の不可視の領域めがけ、銀閃ぎんせんの軌跡を描いた――――。



 

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