第三章 その鬼の記憶
師として、人として
「いいですか
「ちょ!
「のじゃー!? 何を考えておるんじゃお主はー!?」
加速する視界。新九郎の眼前に待ち受けるのは、その正体すら定かならぬ不可視の障壁。
相手は大位の鬼。かつて新九郎が対峙した
「へぇ……。神代の巫女や
「いきますよ奏汰さんっ! こういうのは、こうやって斬るんですっ!」
完全に奏汰と凪に意識を定めていた
しかし元より陽禅の領域は彼女の周囲全方位を覆っている。彼女からすれば、新九郎一人が斬り掛かってこようが特に何をする必要もない。
「はあああああ――――ッ! 清流剣!」
その二刀に清流の静けさと流れを乗せ、疾走する新九郎。それは、かつての臆病ですぐに浮き足立つ彼女の姿からはとても考えられない、前のめりの突撃であるかに見えた。しかし――――!
「――――重ね
「なん、っ!?」
「えええええっ!?」
新九郎がその手に握る二刀双方が、寸分違わず全く同じ軌道を時間差で描く。まるでその場で舞い踊るかのような旋回と共に放たれた流麗な連撃は、奏汰の聖剣を弾き飛ばした陽禅の障壁を、いとも容易く切り裂いたのだ。
「斬れたッッ! 清流剣――――!」
「ちっ!」
完全に虚を突かれた陽禅は切り裂かれた障壁ごと、その肉体を横一文字に大きく切り裂かれていた。
障壁を含めた陽禅の間合いは遠く、踏み込みが浅かった為に完全な両断までには至らなかったが、新九郎が見せた絶人の剣は大位の鬼、陽禅をして脅威を抱かせるに充分なものだった。
「――――激流三連っ!」
追いすがる新九郎。陽禅が構える。全方位へ集中していた不可視の障壁が陽禅の周囲に凝縮。不規則な軌道を描いて陽禅を守護すると共に、新九郎の動きの隙を突いてその身を破砕しようと迫る。
「たああああああっ!」
しかし新九郎は怯まない。今までの戦いで見せた、
「なんだ――――こいつはっ!?」
「僕は
常人の目には全く捉えられない超高速剣戟。数百に及ぶ命のやりとりすらものともせず、陽禅を圧倒する新九郎。そんな今の新九郎の心を満たしているもの。それは――――。
(許せないっ! 絶対に許せない――――っ!)
それは怒り。新九郎はこの時、なぜか途轍もなく怒っていた。
その怒りの理由は明白。それはこの二ヶ月で何度となく見てきた、奏汰のあまりにも酷い戦い方に対して。そして、それ以上に――――。
(誰が……! 誰が奏汰さんにあんな戦い方を教えたんですかっ!?)
そう。新九郎は奏汰にあの無茶な戦い方を教え込んだ存在に対して激怒していた。二ヶ月の間、つきっきりで奏汰と共に稽古をした新九郎には見えていたのだ。
奏汰の戦い方。その後ろに見え隠れする、自分以外の師の存在を。
(一体、何を考えてあんな酷い戦い方を奏汰さんに……っ!)
陽禅という強大な敵を相手に、一切の
(剣の道とはそれ即ち人道なり! 人の道、天の道を征き、やがて
新九郎はその額に大粒の汗を浮かべ、さらにその心中では激しい怒りを燃やす。しかしそれでも尚、二刀を振るう新九郎の肉体には僅かな力みすら見られない。
元より新九郎は力による剛剣――――陽炎剣よりも、流麗かつ
こうして清流剣一つのみに特化した戦術をとることで、新九郎はかつてよりも数段上の領域へと進んでいたのだ。
止むことの無い
「――――なるほど。君の動きは把握した。というわけで――――ここまでだよ」
「えっ!?」
瞬間、新九郎の接地感が消えた。大地を深く深く踏み込む足が空振り、新九郎はバランスを崩して前のめりに浮遊する。
それは足下――――新九郎の足下から陽禅の不可視の領域が大地を透過しながら浮かび上がり、新九郎の肉体を軽々と跳ね上げたのだ。
「う、うわわわわわっ!?」
「いや――――流石に動くか」
しかし陽禅は新九郎へのそれ以上の追撃を断念する。刹那、青い閃光と白銀の閃光、二条の
「大丈夫か新九郎っ? 凄かった――――本当に凄かったよっ! さすが師匠っ!」
「うむうむ! 目を見張る剣じゃったぞ! さすがは天才美少年剣士、じゃの!」
「か、奏汰さん……
気付けば、新九郎はすでに奏汰に抱かれ陽禅から大きく距離を取った位置へと退避していた。そして一方の凪は陽禅めがけて致命の破神弓を撃ち放っていた。
もし陽禅が新九郎へと追撃していれば、その一撃は陽禅の肉体に風穴を開けていただろう。
「あ、あははは~――――……ありがとう、ござい……ます……ぷしゅー……(ガクッ)」
「し、新九郎おおおおおおおーーっ!?」
「にょー!? 全く、柄にもなく無茶しおってからに……っ!」
自身の置かれた状況をなんとか把握した新九郎は、そのまま燃え尽きたように真っ白になり、奏汰の腕の中で口から
「――――わかったよ。悔しいけど、ここは一度引き上げるしかなさそうだね」
「っ!?」
その場に突然放たれたその言葉は陽禅のもの。
あれほど
そこには、悲しげな表情を浮かべて六郎を見つめる陽禅の姿があった。
「はぁ……はぁ……っ! 頼む……ここは退いてくれ、陽禅サン……っ! 俺は、もうそっちには帰れねぇ……ッ! 頼む……っ」
陽禅めがけ、かつて奏汰達も苦しめられた両腕を蛇の口と化して放つ熱線の砲口を向ける六郎。
しかしすでに陽禅との戦闘で深手を負わされ、奏汰との戦闘で負った傷もまだ癒えていない六郎には、その熱線の収束すら
「わかった……わかったから、それ以上力を使うのは止めるんだ。今の君が力を使い過ぎれば、君の肉体の崩壊は早まる一方になる。 ――――頼むから、もう止めてくれ」
そしてそれを見た陽禅もまた、力なく首を降って悔しげにその眉を歪めた。
ここまで六郎に強硬な態度を取られれば、もはや彼女も引き下がるしかなかった。
「――――神代の巫女。申し訳ないが、一つ頼まれてくれないか?」
「この私に頼み――――じゃと?」
傷ついた六郎を前に、撤退の意志を示した陽禅。
しかし陽禅はその去り際、なんと事もあろうに敵である凪に対して頼みを残した。
「沈む前の陽の光と、川の流れに六業の身を浸して欲しい。この二つの因子は、僅かだが彼の肉体を癒やしてくれるはずだ。もし君たちが六業を有益と判断し、保護するというのなら――――頼む」
「お主……そこまでこの者を――――……」
「私の六業への想いに偽りはない。だからこそ、なんとしても私は彼を取り戻す。必ずね――――」
陽禅は最後にそう言うと、自身の背後に漆黒の大穴を開け、その身を闇の中に躍らせた――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます