第三章 その鬼の記憶

師として、人として


「いいですか奏汰かなたさんっ! これから! この天才美少年剣士であり偉大なる師でもあるこの僕がっ! 奏汰さんに剣の真髄をお見せしますっ! その目でよーーーーーーっっく! 見てて下さいっ!」


「ちょ! 新九郎しんくろうっ!?」


「のじゃー!? 何を考えておるんじゃお主はー!?」


 加速する視界。新九郎の眼前に待ち受けるのは、その正体すら定かならぬ不可視の障壁。

 相手は大位の鬼。かつて新九郎が対峙した六業ろくごう風断かざだちとは、明確にその領域を異にする圧倒的格上。


「へぇ……。神代の巫女や異界人いかいびと以外にも、私に怯えぬ者がいるとは驚いたよ」


「いきますよ奏汰さんっ! は、んですっ!」


 完全に奏汰と凪に意識を定めていた陽禅ようせんが、僅かな驚きと感心を込めて新九郎をみやる。

 しかし元より陽禅の領域は彼女の周囲全方位を覆っている。彼女からすれば、新九郎一人が斬り掛かってこようが特に何をする必要もない。


「はあああああ――――ッ! 清流剣!」


 その二刀に清流の静けさと流れを乗せ、疾走する新九郎。それは、かつての臆病ですぐに浮き足立つ彼女の姿からはとても考えられない、前のめりの突撃であるかに見えた。しかし――――!


「――――重ね春雷しゅんらい!」


「なん、っ!?」


「えええええっ!?」


 新九郎がその手に握る二刀双方が、寸分違わず全く同じ軌道を時間差で描く。まるでその場で舞い踊るかのような旋回と共に放たれた流麗な連撃は、奏汰の聖剣を弾き飛ばした陽禅の障壁を、いとも容易く切り裂いたのだ。


「斬れたッッ! 清流剣――――!」


「ちっ!」


 完全に虚を突かれた陽禅は切り裂かれた障壁ごと、その肉体を横一文字に大きく切り裂かれていた。


 障壁を含めた陽禅の間合いは遠く、踏み込みが浅かった為に完全な両断までには至らなかったが、新九郎が見せた絶人の剣は大位の鬼、陽禅をして脅威を抱かせるに充分なものだった。


「――――激流三連っ!」 


 追いすがる新九郎。陽禅が構える。全方位へ集中していた不可視の障壁が陽禅の周囲に凝縮。不規則な軌道を描いて陽禅を守護すると共に、新九郎の動きの隙を突いてその身を破砕しようと迫る。


「たああああああっ!」


 しかし新九郎は怯まない。今までの戦いで見せた、天道回神流てんどうかいしんりゅうの基本に忠実な型とは全く違う。流れるような、しなやかで踊るような間断無き連撃が陽禅の領域を次々と切り裂き、その身を削り取っていく。


「なんだ――――こいつはっ!?」


「僕は徳乃新九郎とくのしんくろう! 天道回神流皆伝! そして――――奏汰さんの剣の師ですっ!」


 常人の目には全く捉えられない超高速剣戟。数百に及ぶ命のやりとりすらものともせず、陽禅を圧倒する新九郎。そんな今の新九郎の心を満たしているもの。それは――――。


(許せないっ! 絶対に許せない――――っ!)


 それは怒り。新九郎はこの時、


 その怒りの理由は明白。それはこの二ヶ月で何度となく見てきた、奏汰のあまりにも酷い戦い方に対して。そして、それ以上に――――。 


(誰が……! 誰が奏汰さんにんですかっ!?)


 そう。新九郎は奏汰にあの無茶な戦い方を教え込んだ存在に対して激怒していた。二ヶ月の間、つきっきりで奏汰と共に稽古をした新九郎にはのだ。


 奏汰の戦い方。その後ろに見え隠れする、を。


(一体、何を考えてを奏汰さんに……っ!)


 陽禅という強大な敵を相手に、一切の躊躇ちゅうちょなく踏み込みながらその奥歯をギリと噛みしめる新九郎。

 深緑色しんりょくいろの流れるような髪が舞い、透き通った美しい双眸に怒りの炎が灯る。


(剣の道とはそれ即ち人道なり! 人の道、天の道を征き、やがてしんへと至る! それを伝えるのが師の責務でしょうっ!?)


 新九郎はその額に大粒の汗を浮かべ、さらにその心中では激しい怒りを燃やす。しかしそれでも尚、二刀を振るう新九郎の肉体には僅かな力みすら見られない。


 元より新九郎は力による剛剣――――陽炎剣よりも、流麗かつ精緻せいちな所作を信条とする清流剣に対する素養の方が圧倒的に優れていた。

 こうして清流剣一つのみに特化した戦術をとることで、新九郎はかつてよりも数段上の領域へと進んでいたのだ。


 止むことの無い濁流だくりゅうのような新九郎の攻勢。下がるばかりの陽禅はその不可視の力を打ち破られ、もはや防戦一方かに見えた。だが――――。


「――――なるほど。君の動きは把握した。というわけで――――ここまでだよ」


「えっ!?」


 瞬間、新九郎のが消えた。大地を深く深く踏み込む足が空振り、新九郎はバランスを崩して前のめりに浮遊する。

 それは足下――――新九郎の足下から陽禅の不可視の領域が大地を透過しながら浮かび上がり、新九郎の肉体を軽々と跳ね上げたのだ。


「う、うわわわわわっ!?」


「いや――――流石に動くか」


 しかし陽禅は新九郎へのそれ以上の追撃を断念する。刹那、、二条の光芒こうぼうが同時にその領域を貫通したからだ。


「大丈夫か新九郎っ? 凄かった――――本当に凄かったよっ! さすが師匠っ!」


「うむうむ! 目を見張る剣じゃったぞ! さすがは天才美少年剣士、じゃの!」


「か、奏汰さん……なぎさん……っ」


 気付けば、新九郎はすでに奏汰に抱かれ陽禅から大きく距離を取った位置へと退避していた。そして一方の凪は陽禅めがけて致命の破神弓を撃ち放っていた。

 もし陽禅が新九郎へと追撃していれば、その一撃は陽禅の肉体に風穴を開けていただろう。


「あ、あははは~――――……ありがとう、ござい……ます……ぷしゅー……(ガクッ)」


「し、新九郎おおおおおおおーーっ!?」


「にょー!? 全く、柄にもなく無茶しおってからに……っ!」


 自身の置かれた状況をなんとか把握した新九郎は、そのまま燃え尽きたように真っ白になり、奏汰の腕の中で口から白煙はくえんを吐いて気絶した。そして――――。


「――――わかったよ。悔しいけど、ここは一度引き上げるしかなさそうだね」


「っ!?」


 その場に突然放たれたその言葉は陽禅のもの。


 あれほど六郎ろくろうを連れ帰ることに執着していた陽禅の発したその言葉に、驚いて目を向けた奏汰と凪の視線の先。


 そこには、悲しげな表情を浮かべて六郎を見つめる陽禅の姿があった。


「はぁ……はぁ……っ! 頼む……ここは退いてくれ、陽禅サン……っ! 俺は、もうそっちには帰れねぇ……ッ! 頼む……っ」


 陽禅めがけ、かつて奏汰達も苦しめられた両腕を蛇の口と化して放つ熱線の砲口を向ける六郎。

 しかしすでに陽禅との戦闘で深手を負わされ、奏汰との戦闘で負った傷もまだ癒えていない六郎には、その熱線の収束すら覚束おぼつかなかった。


「わかった……わかったから、それ以上力を使うのは止めるんだ。今の君が力を使い過ぎれば、君の肉体の崩壊は早まる一方になる。 ――――頼むから、もう止めてくれ」


 そしてそれを見た陽禅もまた、力なく首を降って悔しげにその眉を歪めた。

 ここまで六郎に強硬な態度を取られれば、もはや彼女も引き下がるしかなかった。


「――――神代の巫女。申し訳ないが、一つ頼まれてくれないか?」


「この私に頼み――――じゃと?」


 傷ついた六郎を前に、撤退の意志を示した陽禅。

 しかし陽禅はその去り際、なんと事もあろうに敵である凪に対して頼みを残した。


「沈む前の陽の光と、川の流れに六業の身を浸して欲しい。この二つの因子は、僅かだが彼の肉体を癒やしてくれるはずだ。もし君たちが六業を有益と判断し、保護するというのなら――――頼む」


「お主……そこまでこの者を――――……」


「私の六業への想いに偽りはない。だからこそ、なんとしても私は彼を取り戻す。必ずね――――」


 陽禅は最後にそう言うと、自身の背後に漆黒の大穴を開け、その身を闇の中に躍らせた――――。

 


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