日々、果てなく


 春――――。


 新しい季節の訪れを告げる春一番は吹き終わり、神代神社の境内けいだいに茂る枝葉えだはには新緑の芽生えが見える。


 うららかな日射しが縁側に射し込み、置かれたままとなっている折敷おりしきの上に、三つの湯飲みが飲みかけのまま置かれている。


 軒先のきさきには大根や椎茸しいたけが縄紐でくくられて吊るされ、そこから見える広々とした庭にはまだ乾ききっていない着物や浴衣、手拭いの類いがはためいていた。


 境内の各所には、恐らく昨晩にでも使われたのであろういくつかの火の消えた篝火かがりびの台座が見えた。


 そこから続く拝殿の横には、うずたかく積み上げられた様々な品物が片付け切れずに放置されていた。それらの品々には皆一様に徳川葵とくがわあおいの紋が刻まれ、と赤い文字で書き記されている。


 人の気配がないとはいえ、勝手にこの紋が付く品に手を出す度胸を持つ者は江戸にはいないだろう。


「にゃー?」


 もぬけの殻となった神代神社の一角に、餌を求めてやってきた三毛猫が一匹。


 三毛猫は目当ての人間を探すように一声鳴くと、きょろきょろと辺りを見回した後、日当たりの良い縁側の上で丸くなる。


 統一性も何もない神代神社の木々の中で、縁側からすぐの場所に根を張る桃の花が薄紅色うすべにいろの花を咲かせていた。


 桃の木の横では、次は自らの番とばかりに桜の木がそのつぼみを膨らませ始めている。あと数日もこの陽気が続けば、桃の花と並んで一斉に花開くのだろう。


 春の訪れを告げる桃の香りに包まれた神代神社。

 柔らかな陽光に照らされた三人の家は、どこまでも暖かな色に満ちていた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「うわあっ!? そっちに行ったぞ吉乃よしのっ! 頼む!」


「フッフフフフ! お任せ下さい奏汰かなたさんっ! このであるこの僕にいいいいいっ! あ……でもでも、もうじゃなくて、貴方様……とか貴方……とか奏汰……みたいな呼び方が良いのでしょうか……? 奏汰さんは呼び方の希望とか、ありますか……?(テレテレ)」


「なんでもいいよっ!?」


「こんな時に突然何を言い出しておるのじゃ吉乃はっ!?」


 江戸市中、神田大通りの商家街。


 晴れ晴れとした青空の下、は今日も忙しく江戸の町を駆けずり回っていた


 超高速の突風を残して一条の閃光が奔る。


 奏汰となぎの手を逃れた小さな影が、突然その思考を明後日の方向にすっとばした吉乃の横を潜り抜け、二階建ての屋根の上へと駆け抜けていく。


「ハーーーーハッハッハ! 大魔王と超魔王と真魔王を倒した無敵の勇者がいると聞いてやってきてみたが、なんということはない! このが貴様を倒し、異世界中に名を轟かせてくれるわ!」


「くっそー! 今までの魔王はみんなデカかったのに!」


「此奴はのように小さいのじゃ! 全然捕まえられんのじゃ!」


 小魔王シグマ。

 

 その尊大かつ禍々しい容貌とは裏腹に、その全長は手乗り魔王もかくやという小ささ。奏汰も凪も、当然吉乃もこのような小さな相手と戦ったことはなく、その素早さと相まって大層苦戦を強いられていた。


「ほう? あの小魔王とやら、あまりにも小さいので侮っていたがなかなかどうして。やりおるではないかッ!」


「フン……よいか小魔王よ、この地はにとっても重要な拠点。超勇者を討ち果たしたならば貴様が統治しても良いが、倒せるまでは一切傷つけることまかりならんぞ!」


「その通りだ! 超勇者奏汰よ、我ら三魔王で江戸全域には強力な結界を張っておる故、一切の手加減などせず、そのような雑魚はさっさと片付けてしまうがよい!」


 大通りの道沿いに設置された特設のやぐらには、三人の禍々しい瘴気を放つ至高の魔王が並んで座っていた。


 なんでも超魔王オミクロンの話では奏汰と真皇しんおうの戦いはすでに異世界中に知れ渡っているらしく、大勢の魔王たちが今も江戸に続々と向かっているのだという。


 はそれに対して一計を案じ、奏汰に挑まんとする魔王一人一人と交渉。以下のようなルールを設けた。即ち――――。



 一つ、挑む魔王は

 一つ、勇者を倒すまであらゆる破壊行為は禁止

 一つ、勇者商売陣営の

 一つ、負けたら大人しく元の世界に帰ること



 以上四箇条を制定し、秩序ある勇者と魔王の戦いを毎週開催。

 がっつりと自身への信仰を稼いでいた。


「フハハハハ! 我が身は全魔王において最も小さいかもしれぬが、その力は最強なのだ! 死ねいッ! 超勇者よ!」


「ははっ! 俺たちだってまだまだこれからだ!」


「そうなのじゃ! 今朝見たらもうすぐ桜の花が咲きそうだったのじゃ!」


「そうしたらお花見ですよっ!」


 奏汰たち三人がそれぞれに輝きを纏い小魔王へと肉薄する。小魔王は次々とその小さな体躯から極彩色の弾丸を放つが、奏汰たちはいつにも増してその輝きを強め、小魔王の攻撃をものともせずに突き進む。


「桜の次は草大福だっ!」


「にょわー! 実はこの凪姫命なぎひめ、去年吉乃から貰った草大福の味が忘れられんのじゃーーーーーっ!」


「もちろん今年も頂いてきますよっ! 僕も草大福大好きっ!」


「な!? こ、こやつら――――余と刃を交えながら何をッ!?」 


 三人ともがその顔に笑みを浮かべ、ここから先に待つ未来を思う。その思いが力となり、小魔王の持つ魔力を軽々と上回っていく。


「その次は夏祭りですっ! そういえば神代神社は夏祭りってしないんですか?」


影日向かげひなたが面倒がってやっておらんかったのじゃ! でも私はやりたいのじゃ! 今年は奏汰も吉乃もおるし、玉藻たまも六郎ろくろうと相談してやってみても良いのじゃ!」


「いいなそれ! 絶対楽しいやつっ!」


「ぐ、ぐぐぐ!? 貴様ら、余を愚弄するかあああああああっ!?」


 最早魔王そっちのけで盛り上がる奏汰たちに、ついに小魔王の怒りが頂点に達する。その身を金色の魔力に包んだ小魔王が、奏汰の纏う虹と正面から激突する――――!


「夏祭りの次はお月見も、焼き芋もありますよっ!」


「その次はまた正月が来るのじゃ! 楽しいことばかりじゃな! にゃはははは!」


「――――ってわけだから! 小魔王さんも良かったら、また遊びにきてくれよなっ!」


「ば、馬鹿な!? この小魔王シグマが――――このシグマがああああああッ!」

 

 奏汰の虹に包まれた小魔王の魔力が消える。


 全魔力を失ってぷすぷすと白煙を上げる小魔王をその手に乗せて地面に着地する奏汰。今は凪と吉乃も笑みを浮かべて奏汰に駆け寄った


 瞬間、周囲でその様子を見ていた江戸の人々が大歓声を上げ、万雷の拍手喝采で奏汰たち三人をたたえた――――。


「やりましたっ! 僕たち、今日もお手柄夫婦でしたねっ!」


「うむ! ちょいと手こずったが、終わりよければ全て良しなのじゃ! 帰って片付けの続きをするのじゃ!」


「ああ! 帰ろう――――俺たちの家にっ!」


 辺りを包む歓声の中、かつて望んでいた全てを取り戻した奏汰たち三人は互いに輝く瞳を見合わせると、しっかりと繋いだ手を江戸の空に向かって掲げた――――。



 三人の少年少女が江戸という街で歩んだ道。


 それは今も続いている。

 今もこうして見ることが出来る。


 彼らはいつも、その街に――――。



 


 勇者商売番外編――――今度こそ本当に完。



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元祖・勇者商売~異世界から帰ってきたら江戸時代だった。なのでそのまま鬼退治する!~ ここのえ九護 @Lueur

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