それから――――

季節のねいろ


 冬――――。


 生い茂る木々から舞い落ちた木の葉の山を掃いては集め、掃いては集める。


「ほむ……まさしく山のように集まったのじゃ!」


 身の丈よりも長い箒を手に、巫女装束姿のなぎはこの季節、日の半分を境内けいだいの落ち葉集めに費やすことになる――――去年までならば。


「お疲れ様! やっぱり三人で集めると早いな!」


「こっちも終わりましたぁ! でもでも、この調子だとまた明日も皆でやった方が良さそうですねっ!」


 自身の身長の三倍ほどの高さの落ち葉の山。

 だが、それは凪が一人で集めたものではない。


 境内の反対側から両手一杯に落ち葉を抱えた奏汰かなたが、そして凪のすぐ傍で同じように箒を掃いていた吉乃よしのが。

 共に笑みを浮かべ、凪の前に集められた落ち葉の山をさらにうずたかく積み上げていく。


「にゃはは、二人とも感謝なのじゃ。私一人でやっていた頃は、何日経ってもなかなか終わらずに大変だったのじゃ!」


「むしろこの落ち葉の山をずっと一人で片付けてた凪さんが凄いですよ……そもそも町と神社じゃ木の数が全然違いますし……っ!」


「これからは俺も一緒にやるから! 大変なことは皆でササって終わらせるのが一番だよっ」


 言いながら、凪の手を取って頷く奏汰。

 かつて凪が一人で掃除を行ってい頃は、片付く頃には頭上高く昇っていた秋の日射し。

 

 葉を失った木々の枝から覗く日の高さはまだまだ朝と言える時分であり、これならば今から市中に出かけることも、他の用事をこなすことも出来るだろう。


 見れば凪を見つめる奏汰の瞳にも、今日これからをどのような楽しいことをして過ごそうかという思いがありありと浮かんでいた。


 そしてそんな奏汰に自身の小さな手を握られた凪は、ふと何かを思い出したようにまず目の前の奏汰を改めて見つめ、隣に立つ吉乃を見つめ――――最後に、目の前に積み上げられたを見た。


「初めて私が奏汰と出会った時も、この落ち葉のように積み上げられた鬼の亡骸の前で眠っておった――――大事そうに剣を抱えて、鬼の返り血の中で赤子のように身を丸めて――――」


「凪さん……?」


 凪は奏汰が取ってくれた自身の手をそっと握り返すと、そのまま今一度奏汰の手の平を優しく広げ、じっと見つめた。


「奏汰の手はあの時と同じく――――しかし、私が初めて見た時とは見違えるように温かくなったのじゃ。ここにあった傷も、固くなっていたヒビも、今は薄くなり始めておる――――」


「そんなところまで見てくれてたのか…………」


 自分でも気にしていなかったような傷や手の形を凪が詳細に記憶し、今との違いを明確に言い当てて見せたことに奏汰は驚きの声を上げた。

 

 凪は手の平に落としていた視線を再び上げて奏汰をまっすぐに見つめると、蒼と黒の混ざり合った大きな瞳に思い人の姿を映した。


「奏汰…………私はお主に会えて良かった。お主と出会ってから今日まで、胸が張り裂けてしまうかと思うような苦しみも、二度と立ち上がれぬかと思うほどの絶望も味わったが――――それでも私はあの夜、お主が私の元に降って来てくれたことを感謝せずにはおれぬ――――」 


「うん…………俺もそう思ってるよ」


 思えば、凪にとって奏汰と出会ってからの心の浮き沈みは全て奏汰と共にあった。奏汰が元気になれば凪も喜び、奏汰の心が悲しみに打ち震えれば共に涙を流した。


 こうして一人で過ごした時を思い出し、一人だった頃の寂しさを思う度。初めの頃の凪はぞっとするような心持ちになっていたものだ。

 

 しかし今は違う。


 どんな苦しみも絶望も、奏汰と吉乃――――そしてその縁が結んだ絆の中で日々を過ごせることが嬉しかった。


 例えいつか別れる時が来ようとも、こうして三人で同じ時間を過ごせたことが嬉しかった。そう思えるように自分をしてくれたことが嬉しかったのだ。


「無論、吉乃とのこともそうじゃ……今このように三人で笑いながら共に時を過ごせること。そのことを思うと、いつも泣きそうになるほど嬉しい――――本当に、嬉しいのじゃ――――」


 凪はそう言って吉乃の手も取ると、言葉通りに潤んだ瞳で微笑むと、奏汰と吉乃の双方を抱き寄せるようにして小さな自身の身を埋めた――――。


 そうして身を寄せ合うまだ年若い三人の傍を、冬めいた風が吹き抜けていく。

 今の三人にとって、そのような寒々しい風もまた大切な思い出だった。



 そして、初めて迎える三人の冬。



 本来であれば多くの色を失う季節でありながら、三人で過ごす日々は、そのような季節の中にあってより色鮮やかで鮮烈な記憶を三人に残した。


 寒い寒いと囲炉裏いろりを囲み、あやかしの仲間たちから送られた温かいでくっついて寝た。


 正月には皆で集まって餅をつき、塩気の強い味噌汁に浮かべて舌鼓したつづみを打った。


 珍しく降り積もった雪を三人で片付け、雪うさぎを作って遊ぶ吉乃にならい、奏汰はを、凪はを作って飾った。


 更に強まる寒さの中、つららの伸びた神代神社の本殿の奥でドーナツ大魔王ラムダと、威厳たっぷりの姿勢のまま氷像となった超魔王オミクロンをたき火の前で解凍もした。


 なんでも魔王同士、どちらが耐熱魔術に頼らずに寒さに耐えられるかの勝負をしていたらしいが、どちらも凍っていたので引き分けである。



 とても楽しい日々。

 


 これ程までに楽しい冬は全ての家族を喪ったあの時以来――――もう二度と来ないだろうと思っていた。それほどまでに楽しい日々だった。


 最初はいつ終わるかも知れないと怯えていた。

 また喪うのではないかと。


 朝起きたら全てが夢で、また一人になっていて。

 鬼との戦いも続いていて――――。


 奏汰と日々を過ごすうち、吉乃と日々を過ごすうち。

 その心配は晴れずとも、凪の中でこの日々を守り抜こうという思いは強くなった。


 奏汰も吉乃も同じだった。

 わからないことには三人で考え、誰かが辛ければ二人が支えた。



 楽しい日々は瞬く間に過ぎる。



 厳しい冬もやがて終わり、凪と奏汰が始めて出会った、全ての始まりの季節が再びやってくる――――。



 

  

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