天下太平、世は事も無し


 超魔王降臨と黒船来航。

 

 真皇しんおうの闇を晴らした日の本に訪れた二つの転機は、将軍家晴いえはると超勇者奏汰かなた、そして江戸に集う大勢の力ある者たちの活躍によって平定された。


「この度は我が国の侵略にも等しい行為に申し開きの機会を頂けたこと、心から感謝します。この地で皆様から受けたご厚意は、必ず大統領に伝えるとお約束します」


「うむ――――鬼無き今、我らも鎖国体制の見直しは自ずと進めることとなろう。此度の出会いは幸と不幸の入り交じる物であったかもしれないが、これを始まりとして、より良い関係を構築できることを願っている」


 江戸湊えどみなとから出航する黒船の前、深々と頭を下げて謝罪するココペリに、将軍家晴は力強く頷きながらそう言った。


 日の本侵略を企んだテスカトリポカは将軍の刃によって命を拾ったものの拘束され、このまま太平洋を横断する黒船と共に祖国へと送還。そこでしかるべき処断を受けることになる。


「ウェッヘッヘッヘ! じゃあならテメェら、俺が戻ってくるまで死ぬんじゃねぇぞ!」


「ああ、またな酒呑しゅてんさん! でも五百年先に帰ってきても多分俺は死んでるから、もし戻ってくるならもうちょっと早く帰ってきてくれよ!」


「ホホホ……せっかく日の本に帰ってきたのにまたアメリカに戻られるなんて、もしかして酒呑さん、あなたあちらでので?」


「チッ! そんなんじゃねぇよ……! だが、あっちのってのもなかなかキツイ役目だ。あの馬鹿が問題を起こした以上、俺もの力になってやりてぇ」


 再び旅支度を終えて黒船の前に立つ酒呑童子しゅてんどうじ玉藻たまもの言葉に顔を逸らしてそう言うと、しかし強い決意と共にそう答える。

 玉藻はその酒呑童子の表情に感心したような笑みを浮かべ、小さく頷いた。


「けど、久しぶりに帰ってきたがやっぱり日の本は良かったぜ。鬼はいなくなったが、そのせいで今は他の国も苦労してる。お前らが大変そうなら俺もまたすぐに戻ってくっからよ! それまで達者でなッ!」


 酒呑童子はカウボーイハットから覗く顔に満面の笑みを浮かべると、奏汰や玉藻と固く手を握り合った。

 

 そして異国へと旅立つ黒船――巨大戦艦オメテオトルの姿を、江戸湊に集まった大勢の人々はいつまでも見守っていた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「ハーーーッッハッハッハ! なんだ貴様!? などという大層な肩書きを持つ癖に、勇者パワーを失った超勇者にボコボコのケチョンケチョンにされるとは! なんと情けないッ!」


「おのれッ! 妾を愚弄することは許さんぞッ! 貴様こそなんだその姿は!? 大魔王などとというからさぞかし禍々しい姿をしているかと思えば、ただのドーナツではないか!? その姿で大魔王などとは片腹痛いわッ!」


「二人とも仲良くしろよっ!? お前ら同じ魔王だろ!?」


「のじゃーーーー!? 五月蠅うるさいのが二人に増えたのじゃ!」


「いやぁ、影日向かげひなた様が無事にお戻りになられて良かったですっ! でも……なんでまた姿になってるんでしょう?」


 紅葉深まる神代神社の境内けいだい

 

 無事に残された神々との会談から帰還したドーナツ大魔王ラムダは、なぜか超魔王オミクロンと早速口論になっていた。


「フン……神の中には消え去ったのだ。ここから旅立つ際に宣言したとおり、そのような輩はこの大魔王ラムダが皆わッッ!」


「けど意外と手強かったから魔力を使いすぎて元のドーナツに戻ったんだろ? お前ももう大魔王とかやめればいいのに……」


「馬鹿を言うな超勇者っ! 大魔王こそ余のアイデンティティ! たとえ神になろうと、勇者を超える力を得ようと、余は死ぬまで大魔王なのだ! ヌワーーーーハッハッハ!」


「ぐぐ……妾も数多の異世界がこのような状況にあると知っていれば大人しく一つの世界になど留まってはいなかった! かくなる上は、神も勇者も魔王も全て滅ぼし、今度こそ妾が真の超魔王となってくれるッ!」


「無理だなッッ! 貴様など所詮の中で最も格下、とは魔王の面汚しよぉぉぉぉおお!」


「貴様も負けておろうがあああああああッ!?」


 煽り煽られ、を取っ組み合いで開始する大魔王と超魔王。そんな二人の魔王の姿を眺めながら、奏汰たち三人はやれやれと笑みを零すのであった――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「奏汰よ、此度の働きも真に天晴れであった。老中や奉行衆からはという声もあるが、その考えはあるか?」


「ははっ! ありがとうございます将軍様! でもご遠慮しておきます。俺はまだ読み書きも最近できるようになったばかりだし、そういう難しい話は頭が痛くなっちゃって!」


「フ…………そうか」


 再建された江戸城、本丸御殿の上層階張り出し部分。


 平穏を取り戻した秋晴れの江戸の街並みを眺めながら、将軍家晴と奏汰は珍しく二人だけで会話を交わしていた。


「こうして来て貰ったのは他でもない……吉乃よしののことだ」


「吉乃の?」


 家晴は奏汰へと向き直ると、真剣な眼差しでそう切り出した。


「うむ……鬼の存在があったとはいえ、幕府は元来男系にて継承された組織。今回の兄家貞いえさだの謀反の企みでも明らかになったように、小数ではあるが一時的に女子の身で将軍となった吉乃の存在を快く思わぬ者もいる。江戸での吉乃の武功を知らぬ者なら尚更であろう……」


 そう言って憂慮の色をその横顔に浮かべる家晴の姿は、将軍としてでは無く、一人の父としての優しさに満ちていた。


「吉乃にはあまりにも苦労をかけ続けてしまった――――奏汰よ、この徳川家晴は父として、お主のことを吉乃を任せるに足る男だと信じる」


「将軍様…………」


 家晴はまっすぐに奏汰の目を見つめ、はっきりとそう言った。


「吉乃を頼む。どうか――――末永く娘を守ってやってくれ」


「…………わかってる。吉乃のことは、俺が絶対に守るよ」


 奏汰の肩にその大きな手を乗せ、笑みを浮かべる家晴。奏汰もまたその家晴の眼差しを正面から見据え、何よりも力強く頷くのであった――――。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る