勇者の剣 将軍の剣


「やめさないテスカトリポカッ! 貴方程の神格ならばわかるはずです! この地に住む精霊たちもまた、大清帝国やインドの神々に匹敵――――もしくはそれを上回るほどの力を持っていますっ! 列強諸国が互いに牽制し合っている今、日の本と戦端を開くことがいかに愚かかっ!」


「ココペリよ……ハナから私は貴様の理解を得ようなどと思ってはおらん。あの忌々しいケツアルコアトルにもだ! 私は軍神テスカトリポカ――――戦い続け、征服し続け、常に命を吸い上げることこそ本懐よッ! この地に住む者の命、全て私が吸い上げてくれようッ!」


 その背にをはためかせて飛ぶ少年――――ココペリめがけ、次々と死者の力を具現化した紫色の光弾を雨のように降らせるテスカトリポカ。


 家晴いえはるによって拘束を解かれ、すでに艦隊の指揮権を取り戻したココペリは、眼下のオメテオトルの艦砲射撃と連携しつつなんとかテスカトリポカへと迫る。だがしかし、本来彼は闘争向きの力を持ち合わせていない。


 島一つ消し飛ばす威力を持つオメテオトルの砲撃を、難なく捌いて見せるテスカトリポカの猛攻が徐々にココペリを傷つけ、窮地へと追い詰めていく。


「ふざけてんじゃねぇぞこらッ!? ――――ましてやここは俺の故郷だッ! それ以上好き勝手させるかよォ!」


 だがその時、テスカトリポカの背後からが撃ち込まれた。


 その銃撃の主――――酒呑童子しゅてんどうじは、自身の足下に目視できるほどの強烈な突風を纏わせながら夜空を飛翔すると、ココペリと挟撃する形でテスカトリポカへと迫った。


「ハッ! 誰かと思えば貴様かよ。私の方こそ、貴様のような猿と過ごす船旅は大層苦痛であったわ――――! に気に入られたからと調子に乗りおってッ!」


「てっっめええええええッ! ケツアルの奴がどれだけテメェのことを思ってたか――――ッッ!」


「やりますよ酒呑童子さんっ! 我が国の反乱分子は、僕らで始末しますっ!」


 酒呑童子はその全身を炎塊と化し、ココペリは周囲の空間から一瞬で無数の大樹を生成すると、テスカトリポカめがけて撃ち放った。しかし――――!


「馬鹿め――――ッ! 我は神! 軍神にして死の神であるテスカトリポカなるぞ! 貴様ら如きが、この私を止められるかァアアア!?」


「こ、の野郎――――ッ!?」


「く――――っ!」


 テスカトリポカは二者の放った強大な一撃を上回る力の奔流で押し返し、酒呑童子とココペリを双方共に弾き飛ばした。

 酒呑童子は遙か彼方へと、ココペリは眼下の大地へと押し返され、それぞれが戦闘不能に陥るかに見えた。だが――――!


「なに――――っ!?」


 だがその時、勇ましくも軽快な馬のひづめの音が辺り一帯に響く。


 それは、漆黒の闇を切り裂くようにして疾走する。そしてその背に跨がるは将軍家晴。間一髪その場へと到着した家晴は、落下するココペリを見事に受け止めていた。


「怪我は無いか、ココペリ殿!」


「将軍様……! 感謝します……!」


 さらにその反対側の虚空にはやはり闇を祓う一条の虹――――その手に人々の想いを乗せた聖剣を掲げる超勇者奏汰が、弾かれた酒呑童子を同じように抱きかかえて滞空していたのだ。


「大丈夫か!? 後は俺がやる――――ッ!」


「て、てめッ!? 余計な真似しやがって!」


「ほう――――! ようやく出てきたか、勇者に将軍。貴様らをここで仕留めれば、この地の統治は済んだも同然――――!」


 ついにその場へと現れた奏汰と家晴。双方の姿に醜悪な笑みを浮かべたテスカトリポカは、その身に周囲の亡者の魂を呼び集めると、更なる力を自身の肉体にみなぎらせながら構えた。


「ココペリ殿――――あの者の処断、余が行うが構わぬか?」


「仕方ありません――――非は私たちにあります」


「承知した、悪いようにはせぬ」


 家晴はココペリに何事かを伝えて自身の馬から下ろすと、再び愛馬を疾走させて直上のテスカトリポカへと迫る。


 そしてそれと同時、家晴は救援に入った酒呑童子と共に二方へと別れて飛翔した奏汰へと、のだ。


「将軍様――――? よし、わかったっ!」


「フハハハハ! 何人で来ようと同じ事ッ! 我が領域で命が傷つけば傷つくほど、その命を失えば失うほどに私の力は高まるッ! 戦場で私を倒せる者など存在せぬわッ!」


 その両手を大きく左右に広げ、眼下の家晴と虚空の奏汰めがけて無数の光弾を撃ち込むテスカトリポカ。


 家晴は隻腕とは思えぬ巧みな馬術で速度を一切緩めずに炎の中を進み、奏汰は自身の後方に虹の光芒こうぼうを引いて夜空を飛翔する。


「よしっ! 勇者の力は無くなったけど、多分は今の俺でも使えるっ! ――――将軍様っ!」


「うむ! 共に行くぞ奏汰! ――――成敗ッ!」


「なにっ!?」


 瞬間、家晴の乗る白馬の足下からが段となって生い茂った。それこそはアメリカ海軍提督ココペリの持つ豊饒の力。

 それはさながらテスカトリポカへと続く天上への道となって家晴を導くと、家晴は愛馬と共に更にその速度を上げて自身の刃を鞘から抜き放った。


 そしてそれと合わせるように、後方に虹の輝きを引き連れた奏汰が夜空の下を大きく弧を描いて旋回。その身に纏う虹の輝きを強めながら聖剣を真っ直ぐに掲げた。


「愚かな――――! 消し飛ばしてくれるッ!」


 身の危機を感じたテスカトリポカは、奏汰と家晴双方めがけてを放つが、今度はその一撃をが撃ち抜き霧散させる。


「ブラスター……!? 貴様か……この山猿があああああッ!?」


「やれッ! クソ野郎をぶった斬れぇええええッ!」


 夜空にテスカトリポカの怒号と酒呑童子の雄叫びが響く。そして――――!


「勇者式清流剣――――! 緑の型っ!」


劍之終型やいばのついけい――――経津主神ふつぬし!」




 交錯一閃。


 交わった二つの刃は、夜空を照らす緑光の輝きとなって江戸の町を包み込む。




「が、馬鹿な……!? 私の、……いく……なぜ……!」


「これが勇者の――――いや、だ! お前に捕まってた人たちの魂は、みんなっ!」


「これにて手討ちとする――――本国でしかるべき処断を受けるのだな」



 絶望と驚愕に目を見開いたテスカトリポカは、そのままゆっくりとくずおれながら眼下の江戸市中へと落下。地上で待ち構えていたココペリによって捕縛されたのであった――――。



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