悪を斬る者


「そこまでだ――――貴様らの悪事、許すわけにはいかんな」


「き、貴様はっ!?」


 幕府転覆を目論む謀反人むほんにん徳川家貞とくがわいえさだとテスカトリポカ。そして拘束されたアメリカ艦隊提督ココペリ。

 三者各々の思惑で並び立つ黒船の司令室に、決然けつぜんとした声が響きわたった。


「あれは――――将軍様っ!?」


「にょわー!? 私らが戦っておる最中に姿が見えぬと思っておったら!」


「ち、父上えええええええっ!? なにやってるんですかああああ!?」


 その光景は夜空に輝く光の放射によって江戸市中全域に映し出されていた。

 突然の将軍家晴いえはるの登場に焦り、その場で後ずさる家貞と鼻を鳴らして余裕の態度を崩さぬテスカトリポカ。


 その二者に鋭い眼光を向けた家晴は、どこまでも平静に、しかしついにその姿を露わにした悪に対しての怒りに満ちた声で告げる。


「我が兄、徳川家貞よ……仮にも徳川の名の元に生を受け、共に天道回神流てんどうかいしんりゅうの皆伝を受けた貴様が、このような民を顧みぬ所業に走るとは言語道断ごんごどうだん。ましてや、我らが庇護ひごする日の本に他国を引き入れるとは……」


「ぐっ……ググ……っ! なぜだ……なぜ儂の目論見が……こうも容易く!?」


「鬼の脅威と真皇しんおうの闇が去ったとて、。むしろ、人の世にはびこる悪との戦いはこれからが本腰――――この俺がそのような変革の時に気を緩めるはずが無かろう」


 一切の淀みなく発せられる家晴の声。家貞はすでに数歩後ずさっていたその身を更に後ずさらせると、その恰幅かっぷくの良い全身から冷や汗をどっと流し、ガタガタと震えた。しかし――――。


「ククク……随分と語るではないか蛮族の王よ。だが貴様の現状についてはここの小者から聞き及んでいるぞ? 鬼との戦いで片腕を失う重傷を負い、とな。にも関わらず単身この場に乗り込んでくるとは――――飛んで火に入る夏の虫とは正にこのこと!」


 家晴の眼光に怯える家貞とは異なり、その隣に立つテスカトリポカは余裕の笑みを崩さない。その身からすると、先ほどの超魔王が見せた物とはまた違う、を喚びだして見せたのだ。


「フハハハハハ! 我はテスカトリポカ! これぞ我に捧げられし億万の命の力よ! 光栄に思うが良い! 貴様の命もすぐにこの中に加えてやろうッ!」


「ぐぬぬぬっ! その通りだ家晴! よッ!」


「…………」


 そう言って不気味に笑うテスカトリポカ。だが家晴はその言葉に声を返さず、ただ一刀となった自身の刀をゆっくりと引き抜き――――カチャリと音を鳴らして構えた。


「っ! 来ます、奏汰かなたさん! 今度はあの人が出したお、おおお、オバケ、オバケ! オバケみたいなのがああああああっ!?」


「わかってる! なあ超魔王さんっ! あんたまだ動けるか!? もしやれるなら、よ! 俺との決着とか、話とかはその後にするからさ!」


「な、なんだと!? き、貴様……! 妾をなんだと思っている!? 妾は魔王――――それもただの魔王ではない、超魔王なのだぞっ!? しかもたった今まで殺し合っていた――――!」


「あははっ! でも俺がなぎ吉乃よしのと結婚したら、俺のお義父とうさんは大魔王になるし、もう勇者もなくなったんだから魔王も関係ないだろっ!」


「のじゃのじゃ! それによく考えてもみよ、結果的にお主はのじゃぞ? 超魔王などと大層な肩書きを名乗っておる者が、そこまで虚仮こけにされたままでよいのかのう?」


「ぬううううう――――ッ! よかろうッ! 貴様との決着はその後で必ず果たすぞッ!」


「ああ! それでいいよっ!」


 そしてそれが合図だった。黒船とそこから放たれたテスカトリポカの大軍勢。一度は超魔王打倒の為に集まった日の本の武士たちは、そのまま今度は亡者の群れとの戦闘に突入する。


「ぎゃああああ!」


「ぐわあああああ!」


「あばーーーーっ!」


 黒船内部。ついに剣を抜いた家晴への恐怖に堪えきれなくなった家貞は、脱兎の如く外へと走る。そしてその背後から迫る家晴。


 家晴は次々と目の前に現れる亡者達を一刀の元に切り伏せ、蒼い炎で浄化していく。数人倒しては前に進み、家貞の姿をみとめてはまた数人倒してゆっくりと進むを繰り返していく。


 やがて方々の体で甲板へと飛び出す家貞。しかしそこで家貞が見たのは――――。


「ば、馬鹿なあああ!? 貴様らは!?」


「よーぅ、待ってたぜ殿」


「ワーーーハッハッハ! 超忍者改め御庭番おにわばん筆頭となったこの壬生要みぶかなめ、ようやく御庭番らしい役目を果たせて満足でござる! ニンニン!」


討鬼衆とうきしゅうは解体しても、俺たちのやることはあまり変わらないね」


 混迷極まる黒船の甲板上にはすでに四十万しじまかなめ愛助あいすけの三人が群れなす亡者共を叩き伏せ、家貞がやってくるのを今か今かと待っていたのだ。


「馬鹿な……! 馬鹿な……! なぜ誰も儂に従わぬ……? 儂とて天道回神流皆伝の身――――っ! 徳川の家に長子として生まれ、将軍となるはずはこの儂のはず!」


「堕ちたな兄上――――もはやその手に剣を握る意気すら失ったか」


 そしてその背に迫る将軍家晴。家晴の剣は隻腕となっても一切の衰えを見せず、その身には傷一つ負っていなかった。


「上様――――ここは我らが」


「下がっておれ四十万よ。――――身内の処断は俺自ら下す」


「ぐ……ぐぐ……おのれ……おのれ……! 貴様さえいなければああああ!」


 追い詰められ、ついにその退路すら断たれた家貞がその腰の二刀を抜いて家晴へと挑む。

 かつては家晴に手も足も出なかったとはいえ、今もまだ家貞の剣の腕は並の剣士の比では無い。しかし――――!



「――――成敗ッ!」


「が――――っ!?」



 銀閃が奔る。


 破れかぶれに放たれた家貞の二刀を軽やかに躱した家晴の一刀が、家貞の身を袈裟斬りに切り裂く。

 家貞は苦悶の表情を浮かべて二刀を取り落とすと、その口から泡を吹いて甲板へと倒れ伏した。


「――――四十万よ、後は任せたぞ」


「は! 上様は?」


 家晴の峰打ちによって昏倒した家貞を縛にかける四十万の声に、家晴は黒船上空に広がる闇を鋭い眼光で見上げた――――。




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