悪事は許さず


『フハハハハハ! そこまでだよ! 今すぐ武器を捨て、その場にひれ伏すがよい! 我がアメリカ合衆国が誇るオメテオトルの主砲が、貴様らが逃がしたに向けられているッ!』


「っ!? なんだ!?」


「ぐ……ぐぐ……っ……おの、れ……勇者……っ」


 再び灯った奏汰かなたの虹。そしてその輝きを纏ったなぎ吉乃よしのの一撃によって散々に打ちのめされた超魔王オミクロン。

 これにて万事解決かと思われたその時、江戸市中全域に禍々まがまがしい声が響いた。


「あれを見るのじゃ奏汰! あれは――――黒船に乗っておった二人ではないか!?」


「それに、その横にいるのは――――!?」


 夜空の下に広がったのはその声だけではなかった。いかなる技術かは不明ながら、広大な夜空の半分ほどの領域に海岸側から眩い閃光が放たれ、色鮮やかな映像を映し出したのだ。


『ぐふふふ……! 聞けい皆の者! 余は徳川将軍家となる徳川家貞とくがわいえさだである!』


「新筆頭……!? 伯父上は一体何を言って……」


 その映像に映し出されたのは、恐らく黒船の司令室であろう場所で姿

 そしてその前に立つもう一人のアメリカ海軍司令官のテスカトリポカと、暗褐色あんかっしょく袖袴そではかまを着た中年の偉丈夫いじょうふ――――吉乃の伯父である徳川家貞の姿であった。


『鬼との戦いで醜態しゅうたいを晒し、後継選びでも現将軍家晴いえはるはもはや征夷大将軍せいいたいしょうぐんの器にあらずっ! 鬼との戦が終わった今、今後の日の本は海外列強との覇権争いこそが肝要! こちらにおわすテスカトリポカ殿とグランドアメリカ合衆国の後ろ盾を得て、大清帝国、大英帝国の脅威を討ち果たすべしッ!』


 正に得意満面といった様子で語る家貞の姿が夜空一面に映し出される。しかしその背後で二者を睨み付けるココペリは、吐き捨てるように口を開いた。


「テスカトリポカ……! 貴方はなんということを……っ! 力によるアジア支配を推し進め、の愚を、私たちの祖国に犯させるつもりですかっ!?」


「フン……英国だと? あのようなこざかしい詐術さじゅつと、に頼る雑魚と同じてつを我らアメリカが踏むことなどない。ましてやこのような相手に、我らが敗れるとでも……?」


「お、おい貴様!? なんだその口ぶりは!? 我らはあくまで対等の条件っ! この後に発行される条約でもそのように記されているであろう!?」


「ああ…………? ああ~……そういえばそうであったな? ほれ、今はそのようなことより貴様の腕の見せ所であろう? せいぜい人心を掌握せしめてみせるが良い」


 そしてそんなやりとりの最中。傷つき、倒れ伏した超魔王オミクロンの巨大な姿が崩れていく。みるみるうちにその身を縮めた超魔王は、奏汰たち三人の前で膝を突くと、しかし嘲るようにして笑みを零した。


「フ……フハハハ……! ……! 妾の言ったことが早くも現実となりおったわ! 命とは、願いとは決して他者とは交わらぬが定め! どのような危機に陥ろうと、勇者がどのような輝きを見せようと、獅子身中の虫は決して消えることはないっ!」


「くそっ! こんな大変な時だっていうのに!」


「のじゃー! かくなる上は、この私が虚空輪壊之一矢こくうりんかいのいっしであの黒船ごと吹き飛ばしてやるのじゃっ!」


「ま、待って下さい凪さん! さっきの言葉が本当なら、小田原に避難してる町の皆さんが危険ですっ! それに、他国の軍艦を一方的に沈めたりしたら色々問題もあるかもしれませんっ!」


「なんじゃと!? ややこしいのう……!」


 超魔王オミクロンの笑い声はとりあえず横に置き、すぐさま破神弓はじんきゅうで黒船を消し飛ばそうとする凪を止める吉乃。

 吉乃の言う通り、この状況下で全てを灰燼かいじんしてしまってはテスカトリポカの不当な示威行為じいこういを証明することもできなくなってしまう。


 かといって時間を与えれば、黒船に備えられた巨砲の照準は江戸から避難した民を正確に捉え続けるだろう。

 まさに八方塞がりとなったこの状況下、上空から江戸を睥睨へいげいする家貞は醜悪な笑みを浮かべて声を発した。


『さあ! 江戸に迫る悪鬼を滅ぼした忠臣たちよ! 今までお主らを騙し続けた将軍家晴を討つのは今をおいて他に無し! お主らを鬼との決戦で率いた家晴の長子𠮷晴よしはるも、その実は女子の吉乃であった! 我らは皆家晴に騙されておったのだ! ましてや隻腕せきわんとなった家晴に、海外列強と戦う気力は最早なしッ!』


 江戸市中に響く家貞の声。大声で怒鳴るような家貞のその呼びかけはしかし、それに応えようとする歓声も鬨の声も


「な、なんかあれだな……? 吉乃の伯父さんって、俺たちが真皇しんおうと戦ってる時に? 吉乃が最後まで立派に戦って、しかも四位冠の一人を倒したっていう話も、今の江戸の皆ならだろうに……」


「ほむ……あの大戦でを上げた吉乃に、今さら女子がどうのと言う者など見たことも聞いたこともないのじゃ。というより、今では町民からも大人気になっておるしの?」


「いやぁ……そのぉ……実は伯父上は、江戸への鬼の襲撃が激しくなった今年の春先から三河に拠点を移されてて……あまり江戸の現状には詳しくないんじゃないかなぁ……なんて……」


 必死の形相で叫ぶ家貞の顔がみるみるうちに真っ赤になり、叫びすぎたのかその顔に汗がだらだらと流れ落ちる。

 そのあまりにもあまりな姿に、奏汰たちも呆然と空を見上げることしかできなかった。そして――――。


「な、なぜだ!? 何故誰も余の言葉に応えぬ!? 隻腕の家晴と、軟弱な女子に過ぎぬ新九郎しんくろうが、この家貞よりも人望があるというのかっ!?」


「フン……やはりこの程度か。万が一にでも成功すれば、その後の統治がやりやすくなるかとも思ったが。であったな」


「て、テスカトリポカ殿……っ!? 何を!?」


 その家貞の様子に、後方で悠々と推移を見守っていたテスカトリポカが蔑むように嘆息する。

 テスカトリポカはそのままゆらりとその鍛え抜かれた肉体に瘴気を漲らせると、周囲の空間を歪ませながら、焦る家貞へとその一歩を踏み出す。


 醜悪なる仲間割れの様相を呈した黒船の司令室。だがその時である――――相対する両者を共に射貫く、決然たる声が響き渡ったのだ――――!



「そこまでだ――――貴様らの悪事、許すわけにはいかんな」


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