第三章 かくして悪は白日の下に

その虹は再び


「なんだと……? その輝きは――――ッ!?」


 江戸上空。自らを照らす眼下からの光芒に驚きの声を上げる超魔王オミクロン。

 しかしその輝きは、勇者の虹とは


 勇者の虹。


 それは、勇者の持つ勇者パワーが神の想定上限まで高まったことを示す合図でもあり、それと同時に勇者の肉体が消滅しはじめるリミッターでもある。


 ならば勇者パワーの本質とは何か?


 それは


 個人の持つ願いの力を始原の神が増幅させ、それを物質世界に行使できる力として変換した力こそが勇者パワーの正体だ。


 しかし勇者の力を失った今の奏汰かなたに、自らの願いをその域まで増大させることは出来ない。そう――――


「か、奏汰さんっ!? 奏汰さんの剣が光って――――また光ってますよっ!」


「奏汰お主――――まさかまだ勇者パワーが残っておったのか!?」


「いや……これは勇者パワーじゃない! これは――――!」


 その姿を変えた鈍色にびいろの聖剣リーンリーンに、かつてとは明らかに違う虹の輝きが灯る。その輝きは明確な色を持たず、瞬きする度に色を移り変えていくに満ちていた。


「皆の願いをリーンリーンが集めてるんだ! 今までのリーンリーンは俺の気持ちだけしか乗せられなかったけど――――今は違う!」


「ほむ!? にゃるほどの!」


 奏汰はそう言ってなぎ吉乃よしのにその眼差しを向ける。奏汰から見つめられた二人もまた、そこまでの奏汰の言葉から何もかもを理解した様子で笑みを浮かべて頷いた。


「行こう二人とも! この光は――――だ!」


「にゃっははは! がってんじゃ奏汰よ! やはりお主は最高なのじゃ!」


「もちろんですっ! どこまでだって、いつまでだって僕はお供しますっ!」


 その輝きは、かつてを支配下に置いていた最強の勇者アナムの光すら足下にも及ばぬ無限の色彩だった。



 強い光もある。弱い光もある。

 中には決して美しいとは感じられない光もあるだろう。



 しかし、奏汰の勇気が形となったリーンリーンはその全てを一つに纏め、結集させる依り代となって清濁せいだく全ての輝きを結集させたのだ。


「ぬうううう――――! それはと……! だとでも言うのか!? 妾の力を上回る光を、ただの人が――――!?」


「俺たちはちょっとっ! 色んな人がいる、色んな命の願いがある! でもそのどれだって、誰かにそれを好き勝手されたいなんて思ってないっ! あんただってそうじゃないのかっ!?」


「ほざくなよ――――超勇者ァァッ!」


 奏汰と凪、そして吉乃。三つの光芒が再び超魔王めがけて飛翔する。


 超魔王オミクロンはその魔力の全てを持って迎撃の構え、周囲の空間そのものから何の前触れもなく破滅の力を撃ち放つ。


 無数の閃光と爆炎の華が咲き、江戸上空を昼のような輝きが満たす。

 眼下には超魔王が生み出した無数の魔物と戦う武士やあやかしたち。

 奏汰が取り戻した虹の輝きはそんな彼らの心も強く鼓舞し、燃え上がらせた。 


「あれが…………やっぱり尊かった。見れて良かった…………!」

 

「ぬわああああっっはっはっは! 鬼共には全く通用せんかったが、この魔物共ならば儂の妖術が面白いように効きおるわ! ドッソイドッソイッ!」


「にはははは! 相変わらずカナっちは勇者じゃんねェ!? カナっちにはいっつもどじょう獲りでお世話になってっからサァ! ここを乗り切って、またうンまーいどじょう差し入れすっからよォ!」


 一時は超魔王の力に押されるかに見えた江戸の軍勢。しかし奏汰の再覚醒を転機に、その全てが反転攻勢へと転じる。


 超魔王が支配していた異世界では勇者すら苦戦したような強大な魔物たちが次々と討ち果たされ、ついにへと達してその背にを発現させたこおりが次々と魔物の氷像を量産していく。


「貴様らは何もわかっていないッッ! 徒党は迫害を生み、軋轢を生み、新たなる憎悪の火種を生む! その定めからは! 究極の個――――それこそがその憎悪の連鎖を止める唯一の手段なのだッッ!」


「止める必要なんてない――――! なにか間違ってたってのなら、また明日変えれば良いっ! なにがあったって俺は、みんなと手を繋ぐことを止めない――――っ!」


「火事と喧嘩は江戸の華っ! 喧嘩から深まる仲もあるのじゃっ! 何も言わず、ただ黙っておってはなにもわからん! 売られた喧嘩はタダでも買うのじゃ! にゃっはははは!」


「どうも超魔王さんは思い詰め過ぎてますねっ!? この戦いが終わったら少し休んで、心の余裕を持った方が良いですっ! なんならこの天才美少女剣士で奏汰さんの師匠でがっ! あなたの師匠になってあげても良いですよっ!(ドヤッ!)」


 新たな奏汰の虹。


 そこには超光速も、全てを滅ぼす炎も、あらゆる攻撃を跳ね返す無敵の障壁もなかった。ただ移ろいながらも増大し続ける無限のエネルギーだけがあった。


 しかしそれはかつてののような、奏汰自身の肉体を滅ぼすようなものでも、悪戯に周囲を破壊するような力でもなかった。


 飛翔する奏汰たちの虹に押され始める超魔王とその軍勢。

 かつて真皇しんおうの闇すら祓った光は、確かに今この時再び江戸に現れたのだ。


「いくぞ凪! 吉乃!」 


「任せよ奏汰! いざ――――っ! 略式終乃祓りゃくしきついのはらえ――――影日向大御神かげひなたおおみかみ!」


「続きます! 天道回神流てんどうかいしんりゅう――――蒼之終型あおのつけい月虹一刃げっこういちじん!」


「ガアアアアアアア――――!?」」


 凪の放った白銀の神気が天上から全長数千メートルに及ぶ超巨大御柱を喚び、吉乃はその身に再び異形のを宿してその刃を奔らせた。


 上空から自身を上回る大質量をぶつけられ、さらにはその身に纏う膨大な魔力を切り裂かれた超魔王は、ついにその身をくずおれると、断末魔の叫びを上げた。


 再臨した虹は江戸を守る全ての人々の願いを集め、この地に迫る災厄を再び打ち砕いたのだ。




 だが、しかし――――。




「ぐっふふふふ……流石は勇者といったところか。半信半疑だったが、鬼共を滅ぼしたというのも真のようじゃ……さて、そろそろか?」


 闇の中、複数の黒い影が蠢いていた。


 超魔王が

 手を繋ぐ意志を拒む憎悪と、自らとは相反する意志の力。


 それが今、ついにその鎌首をもたげようとしていた――――。

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