勇者の挑戦


「すまん――――ろ、く――――ごう――――」


 放たれた奏汰かなたの一撃によってその身を穿うがたれ、灼熱の炎に焼かれていく零蝋れいろうを視界に映しながら、雲柊うんしゅうはついにその身を崩壊させて消滅した。


「ア――――アア――――……」


 風断かざだちも同様だった。風断は新九郎しんくろうとの交戦に気を取られすぎていた。

 によってほぼ亜光速を維持したまま迫る、奏汰の勇者の赤をまともに受けていた。


 勇者の赤はなぎが扱う神力や、新九郎の天道回神流てんどうかいしんりゅうが放つ浄化の力とは別種の、純粋な破壊エネルギーだ。

 特に対鬼に特化して放たれるわけではないが、その力は鬼だろうが不死身の化け物だろうが、なんだろうと直撃さえすれば滅ぼすことができる。


 やがて勇者の赤がその勢いを弱めると同時、赤い炎に焼き尽くされた風断はがっくりとその全身を黒く焦がし、その場にくずおれた――――。


(雲柊――――風断――――)


 闇の中に沈んでいく意識の中。零蝋は僅かに残された感覚器で同胞どうほうの命が尽きていくのを感じていた。自分自身の命が焼き尽くされていくのを感じていた。


『いいかい零蝋。この秘術を使えば、君たちに残された稼働時間は大幅に減少する。後戻りは出来ない。それでもやるというのかい?』


 零蝋の脳裏に、を施した際の大恩ある大位の言葉が響く。

 江戸各地に出現した、全く同じ零蝋達三体の小位の襲撃。それは彼ら自身の命を削り取る禁忌きんきの手段によって成されていた――――。


(他の私も――――やられたか――――)


 消えゆく自らの意識を辿れば、各地に放った自身と全く同じ存在の者達が次々と潰えていくのが分かった。


 あやかし通り、江戸城、そして今この場所。


 あやかし通りと江戸城の襲撃に関しては、零蝋も自身で語った顕現けんげんという大願のためだった。


 そして――――すでに


 しかしそうならば、なぜにも零蝋は現れたか。なぜ風断と雲柊は現れたか。


(つる、ぎ……奏汰ァァァ……ッッ!)


 それは純粋な私怨だった。夫である塵異じんいを滅ぼされ、友であり、悲しみに暮れていた自身に真っ先に手を差し伸べてくれた六業ろくごうすら奪われた。その恨みを、無念を晴らしたかった。


 雲柊も風断も、零蝋のその想いを汲み、大願と全く関係の無い剣奏汰つるぎかなた抹殺というこの私怨に付き合ってくれたのだ。


(終われない――――こんな、こんな無様な――――これでは、あの人にも、六業にも、私の身勝手に付き合い、共に死地へと赴いてくれた雲柊と風断にも、誰にも顔向けできぬ――――ッッ!)



 せめて、せめてこの憎き仇を黄泉の国への道連れに――――!


 

 この最後の時、零蝋の執念の炎がどす黒く炎上し、その命と意識――――双方を引き替えに新たなる存在へとその身を昇華させた――――。



「奏汰っ! やったのじゃ!」


「奏汰さんっ!」


 瞬く間に三体の位冠持ちを滅ぼし、自らの引いた炎を背に立つ奏汰。


 そんな奏汰の元に、傷ついた人々を守護する結界を展開し終えた凪と、ところどころ傷を受けながらも、まだまだやれるとばかりに笑みを浮かべる新九郎が駆け寄ってくる。


「いや――――っ! 二人ともまだだ! まだなんか来るっ!」


 しかし奏汰はその手を挙げて二人を制すると、再び聖剣を構えて背後へと向き直った。

 

 そこには、確かに奏汰の跳び蹴りによって致命の一撃を受けたはずの零蝋の巨躯が、未だにその身の崩壊を免れて蠢いているのが見えた。かつてない程の瘴気をその身から放ち始めているのがはっきりと見えた。


「なんじゃあれは!? あやつ、あの様な有様でまだやろうというのか!?」


「か、奏汰さんっ! 今ならまだあの鬼は隙だらけです、何かする前に斬りましょうよっ!」


「――――そうだ! もしかしてっ!?」


 勇者の赤による破滅を押しのけ、崩壊する以上の速度で全く別の異形へと変化していく零蝋。

 凪と新九郎は共に身構え、その変異が終わる前に零蝋を滅ぼしにかかろうとする。しかし、奏汰は――――。


「待ってくれ! 俺にやらせてくれ! ――――試したいことがあるんだっ!」


「試したいことじゃと……? 奏汰、お主一体なにを……」


 奏汰は何かに気付いていた。凪と新九郎に向かって一旦待つように言うと、そのまま即座に自身の聖剣を正面に掲げ、ありったけの力を注ぎ込んでに結実させた。


「これ……剣が、緑色に……」


「緑なら――――俺の全力の緑なら! もしかしたらしれないっ!」


「な、なんじゃとっ!?」


 その色は


 あらゆる毒、あらゆる支配、あらゆる力。全ての後天的異常から対象を解放するリリースの力。

 かつて、奏汰は異世界での戦いにおいて、この勇者の緑によって無数の状態異常や精神汚染の類いを跳ね返してきた。


 傷の治癒という本来の用途とは違う行使においては使い辛い力ではあったが、本来の用途である状態異常の無効化という点において、この勇者の緑が効果を示さなかったことはかつて


「そんなことが出来るんですか!? っていうかそれをしたとして、奏汰さんは大丈夫なんですかっ!?」


「――――わからない。勇者の緑は、解除する相手の力がでかくなればなるほど力を使うんだ。真皇しんおうとかいう奴の力が俺よりはるかに上なら、あの鬼はきっと人間に戻らないし、俺もどうなるかわからない」


「それでもやる――――後は私と新九郎に頼む。そういうことか、奏汰よ」


 奏汰の話すその危険すぎる賭けに、新九郎はごくりと唾を呑み、凪は厳しい眼差しを奏汰へと向けた。


「ああ。ここでやらなきゃ、きっとこの先ずっと出来ない。今、ここでやらないと駄目だっ!」


 懸念けねんを示す凪と新九郎に対し、奏汰は力強く断言した。


 凪は奏汰のその言葉に僅かだが逡巡しゅんじゅんするように目を閉じ――――しかしすぐに頷いて再びその目を見開くと、そっと――――奏汰の背にその小さな手のひらを添えた――――。


「――――ならば良しじゃ。しかし奏汰よ、これだけは忘れないで欲しいのじゃ。何があろうと、お主自身の命を一番に考えるのじゃ。私と新九郎が、ここでお主を待っておるのじゃからな――――」


「奏汰さん……お願いですから、ほんっとーに無茶だけはしないで下さいねっ! いつでもどこでも心の余裕っ! ですよっ!?」


「ああ! わかった、約束する!」


 奏汰は凪と新九郎にそう言って微笑むと、再び眼前の零蝋を見据えた。

 零蝋の巨躯はこうしている間にも膨張を続け、すでに二階建ての家屋すら優に超える大きさへと肥大化していた。


(真皇――――なんでもかんでも、お前の好きになると思うなよッッ!)


 奏汰は最後に一度大きくその呼吸を整える。そしてそれによって収束した解放の力が、奏汰の持つ聖剣の刀身をまばゆいばかりの緑光で満たした。


「勇者式清流剣――――緑一閃!」


 それは、決して破壊の力ではない。


 癒やし、解き放つための柔らかな緑の輝きが、真皇によって植え付けられた憎悪にもだえる零蝋に放たれた――――。


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