伸ばされた手


(なんだ、これは――――)


 閃光に埋め尽くされた視界。

 なぎの放った虹色の光に包まれながらも、陽禅ようせんははっきりと感じていた。


『なればこそ――――っ! 私は必ず、に応えてみせるっ!』


(暖かい――――神代は――――あの少女は私に何を――――)


 凪の放った虚空輪壊之一矢こくうりんかいのいっし。その膨大なエネルギーの渦に三体の分裂体全てを消し飛ばされた陽禅。


 しかし彼女は生きていた。光の中で真皇しんおうから与えられた力を砕かれ、再び一つの肉体へと戻りはしたものの、体のどこにも痛みや苦痛は感じなかった。そして――――。


(ああ……そうか。君は、――――)


 陽禅を包み、押し流していく凪の光は、で満ちていた。


 奏汰を僅かでも悲しませまいと、少しでも力になりたいと、ずっと一緒にいたいという無垢な想いに満ちていた。


 凪はあのすいの光で奏汰と繋がった瞬間、奏汰の願いを完璧に理解していた。


 かつて挑み、あまりにもあっけなく跳ね返された真皇の闇。


 それをすれば、再び自身の命を危険に晒すかもしれない。挑んだとして、それで救えるかわからない。しかしそれでも、奏汰はこの目の前で対峙する二人にも自身の手を伸ばす道を選んだ。


 凪はあの一瞬でその奏汰の意を汲み、奏汰がそうしたのと同じように、つがえた光に自分の中にある最も強い想いを込めた。破壊ではなく、救うための願いを込めた。


 たった今放たれた凪の一矢。


 それは、自らにとって最も大切なものが何かを見定めた決意と願いの一矢だった。

 それは、おとぎ話や童の夢のような、しかし確かに存在する少女の想いだった。

 それは、陽禅が六郎ろくろうに対して願う想い。否――――かつて願っていた想いだった。


(かつては私もそうだった。私も、ずっと六郎のことを――――)


 光の中、凪が奏汰を想う暖かさに触れて僅かな笑みを零す陽禅。

 しかし、彼女のその笑みはに満ちていた。


(私には――――今更そんなことを想う資格なんてない――――)


 陽禅の心を確かに照らした凪と奏汰の光。しかし、陽禅はその光を後押ししようとしなかった。と。闇の中に消え去りたいとすら願っていた。


 もしこの時陽禅が凪の光に手を伸ばし、その光を掴んでいれば――――僅かな可能性ではあったが、彼女は真皇の支配から逃れることができたかもしれない。


 しかし――――。


 しかし陽禅は――――それをしなかった。


(私は六郎も、陽那ひなも――――あれほど大切だった二人を犠牲にして、私だけが幸福になる道を選ぶような最悪の存在だ。どうかこのまま消してくれ、殺してくれ、もう――――全てを終わりに)


 奏汰にとっても、凪にとってもこれは完全なる賭けだった。


 煉凶れんぎょうと陽禅が光を掴めば日の当たる場所へ。

 反対に闇を望めば、二人の光は闇を飲み込み彼らごと浄化してしまう。


 奏汰とて、今の自分の力の限界は理解している。


 これほどまでに成長した奏汰の光でも、ただそれだけを押しつけて真皇の闇を祓うことはできない。


 だがもし――――もし二人の奥底に塵異じんい零蝋れいろうと同じ光が残っているのなら。

  

 奏汰は、その蜘蛛の糸を掴むような僅かな可能性に賭けたのだ。


 だがしかし――――確かに差し伸べられていた光。僅かでも手を伸ばせば掴むことができた光に陽禅は背を向け、闇の中へ自ら沈んだ。日の当たる場所にその身を晒すのが怖かった。


 あまりにも邪悪で低俗な自らの所業と心根こころねに怯え、後悔しているからこそそうせざるを得なかった。


 陽禅の中で一時優勢となった光が再び闇に閉ざされていく。


 しかし再び闇にその身を浸せば、この圧倒的光の力はその身を滅ぼす毒となる。その先に待つのは、完全なる闇か、光に耐えきれず消滅するか。


(それでいい――――今更許して欲しいなんて、そんなことは言えない。私は、それでいいんだ――――)


 陽禅の魂が闇に呑まれる。そうなれば最早今度こそ彼女の心が解放されることはないだろう。全てが閉ざされた、永劫の闇が待つだけ――――。



 だが、全てを諦めた陽禅がその瞳を閉じようとした――――その時。



「ダメだ――――ッッ! そんなの、俺も陽那も絶対に許さねぇ――――! 俺と一緒に帰るんだよ――――理那りなっ!」



 闇を切り裂き、に向かって力強い手が伸ばされた――――。




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